その6 窃盗プロフェッショナルの意見
バルメラが思わず取り落とした剣を、レーデルは素早く拾い上げた。
バルメラの動きを封じるべく、彼の喉元に刃を突きつけようとしたものの、バルメラはゴロゴロと転がって逃れた。
「二人とも! この悪魔を殺して下さい!」
顔面を押さえながら、健在な右目でレーデルをにらみつけ、連れの二人に命じる。
決闘を見守っていた二人は、すぐさまバルメラを守るように進み出て、剣を抜いた。
「あ、おいこら! 決闘に手を出すのかてめーら!」
セレナが見とがめ、既にガントレット着用済みの両手を掲げながら前に出る。
二対二での第二ラウンドが始まるか、という空気になりかけたところ――
「そうだそうだ! 男の決闘に手を出すんじゃねえよ!」
「助けを求めた時点であんたの負けだぜ!」
野次馬達がそれを許さなかった。決闘の輪の中になだれ込み、決闘の名誉を汚した者――バルメラとその連れに制裁を下すべく殺到する。
「ああっ……ちょっと……ひぃ――ッ!?」
地面に転がっていたバルメラは無数の足に蹴られ、踏まれた。巨大なガントレットで身を守ろうとするも、誰かが強引にガントレットを取り外し、外へ放り投げる。
連れ二人も野次馬達の波に揉まれ、すぐに見えなくなった。
あとは、ただの混乱が広がるばかり。やがて無駄に盛り上がった野次馬同士が殴り合いを始め、大乱闘が始まった。
野次馬の輪から離れていた人々も、乱闘を止めるべく、あるいは乱闘に参加するため、集まってきた。その中には、教会から飛び出してきた人々もいる。
「こりゃまずいぜ。さっさと逃げるぞ!」
セレナはレーデルとコールプルテに呼びかけた。
「なんとかしてバルメラにとどめを刺せないか」
「ここにいる人たちが勝手に再起不能にしてくれるだろ! 行くぜ!」
レーデルは粘ってみたが、人の波に押し込まれ、バルメラからどんどん遠ざかってしまう。諦めるしかなかった。
「コールプルテ! というかアルケナルは!?」
二人のことを思い出し、レーデルは首を巡らせる。
酔っ払いを抱えてされるがままになっている――と思いきや、コールプルテはアルケナルをしっかりホールドしたまま、波に打たれる岩のような強靱さを発揮しつつ、人の波の外へ確実に進み出ていた。
「ボクは大丈夫! 逃げてどうぞ!」
コールプルテの言葉を信じ、レーデルは自分のことにのみ注力した。
さんざん人波に揉まれながらも、なんとか脱出し、脇道入口へ飛び込む。
ほどなくセレナ、コールプルテにアルケナルも脱出を果たし、レーデルのそばに集まった。
「なんとか全員無事に済んだな……」
レーデルは胸をなで下ろす。
その横で、セレナはアルケナルに驚きの視線を向けた。
「おい、アルケナル! 何持ってきてるんだよ!?」
「ンフフ……拾ったのよ……」
アルケナルは相変わらずご機嫌な笑顔を浮かべ、両腕で黒い筒のようなものを抱えていた。
他でもない、バルメラが装備していたガントレットである。
レーデルも驚くしかなかった。
「あーらら。マジかよ」
「いいでしょう……セレナにプレゼントしようと思って……」
言いつつ、アルケナルは魔法のガントレットをセレナに譲り渡す。
「今すぐ装着してみてくれないかしら……? きっと似合うわよ……」
「この酔っ払いめ……。今は宿に帰るのが先だぜ!」
レーデルもコールプルテも、セレナの意見の方に賛成だった。二人でアルケナルを抱え、細道の奥にそそくさと消えていった。
「聞いたよ。教会前で決闘したそうじゃないか」
先日、酒場にて約束を交わした男性は、レーデルの顔を見るなりそう言った。
「もう話が広まってるのか。参るねえ」
レーデルが肩をすくめると、男は笑った。
「大した奴だ。今から会う男も、きっと気に入ってくれるだろうよ」
「だといいんだけど」
男に案内され、レーデルたちはとある質屋に向かった。
細い道がかなり入り組んだ街区だった。三階建て以上の住宅がみっしりと並んでいるところを見ると、計画もなく発展した旧市街地なのだろう。
狭い広場に面した建物の一階に、その質屋はあった。店頭にはそろばん玉マークの看板がぶら下がっていた。
「こんにちは。いるかい、リッファー?」
男に続いて、レーデルは店に踏み込んだ。
入口同様に店内も狭いように見えたが、実際は所狭しと質草が並べられているため、圧迫感がすごいだけだった。意外に長い通路を通り抜けると、突き当たりにカウンターがあり、
「おう、ここにおるぞ」
カウンターの向こうに座っている男性が、返事をよこした。
髪は真っ赤、眼鏡をかけた初老の男性だった。言葉遣いに少々訛りがある。手がやたらと大きく、指が細長いせいで、手先が器用そうな印象を与えている。
案内者がレーデルを指さし、紹介した。
「彼だよ。あんたに話を聞きたいってのは」
「あんたか。ほう……」
眼鏡の位置を直しながら、リッファーと呼ばれた男はレーデルをまじまじと見つめ、ぽんと手を叩いた。
「これはこれは。昨日広場で決闘していた奴じゃないか」
「見てたんですかね……」
「たまたま居合わせたんじゃ。最後はうやむやになったが、あんたの勝ちじゃな。いいものを見せてもらったわい。記念に何か質入れしていかんかね? 色を付けちゃるよ」
「記念に質入れ……」
少し考えてから、レーデルはルーティを取り出そうとした。
「ちょっとレーデル! 冗談きついよ!」
慌てたルーティはレーデルの手をビシバシと叩いた。
レーデルは苦笑しながらルーティをショールに戻した。
「路銀に困った時に、改めて来るよ。それより今日は、聞きたいことがあってここに来た」
「……何じゃろね」
リッファーの声に警戒の色がこもる。
コールプルテが進み出て、話を続けた。
「ボクたちは泥棒を探している。あなたの知見に頼りたい」
「泥棒……はぁん。あんた、美術館の関係者かいな」
「よくわかったね」
「ちょいと噂になっとるからな。……なるほど、わかった。それでわしに話を聞きに来た、と」
「この人が紹介してくれたものでね」
コールプルテは案内人を指さした。
「そうかい。なら結論から言うたる。わしの耳には、誰かが美術館から美術品を盗んだという話は入って来とらん」
声は荒げず、しかし断定的な調子で、リッファーは言った。
「本当に? あんたのところに話が届いてないだけじゃないの?」
ルーティがぶしつけな疑問をぶつけると、リッファーは肩をすくめた。
「いんや、そんなことはないわい。裏稼業の世間は案外狭いもんじゃで。誰かが仕事をすれば、必ず誰かの口に上る。ま、冒険者ギルドみたいな互助会が自然にできてるようなもんだと思ってくれや」
(そしてこの人、互助会の重鎮なんだろうなあ……)
内心の焦燥を、レーデルは必死に隠していた。ルーティが更なる暴言を重ねないよう祈るばかりである。
「そもそもあの美術館に押し入るのは簡単じゃない。結構最近の建物で、弱点らしい弱点がないんじゃ。下見したこともあるが、あそこに盗みに入るなら、鍵をどうにかせんことには話にならん。あるいは幽霊を買収でもするか、な」
「幽霊……?」
「美術館が建つ前は墓地だったんじゃ。だから知らんが、あの美術館には出るっちゅう噂がいつも立っとる」
「話には聞いてますけど……幽霊が犯人だとすると、困りますよ。犯人捕縛を請け負ってるんですから」
「だったらネクロマンサーの力を借りるこった。わしゃ会ったこともないがね」
困惑の表情を浮かべるレーデルを見て、リッファーは小さく笑った。
「ま、それは冗談として……少なくとも、この店に盗まれた美術品を売りに来た奴はおらんわ。もし来たら、ちょいとそいつの身元を探ってやってもいいが、望み薄じゃろうよ」
「そうですか。だったら誰が美術品を持っていったんだ……?」
「わしに聞かれても分からんぞ。……だがたしかに、誰がどうやったのか興味はあらぁな。もし解決したら、また来てくれんか? 後学としたいのう」
(後学ねえ……)
また来る必要なないかもな、とレーデルは口に出さず思った。




