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その5 赤い右手の勇者


「ご存じでしたか。私が勇者に任命されたことを」


 バルメラ・ガルデットンは、そのいかつい見た目に似合わない、丁寧な口調で言った。


「ならば、私がレーデルの抹殺指令を受けていることもご存じでしょうね?」


 バルメラは後ろに二人、冒険者風の男を従えていた。その二人が血相を変え、腰の剣に手をかける。


「やめときなって。こんな場所でやり合うなんて、他の人に迷惑だろ」


 レーデルは一歩引き下がりつつ、忠告した。

 やっと最後の日が西に没しようかという時間帯。行き交う人の数はまだまだ多い。

 バルメラたちが放つ危険な雰囲気を感じ取って、たまたま居合わせた人々はざわめき、遠巻きにし始めた。


「いいや、ここで会ったがなんとやら、です」


 バルメラの声自体は、見た目通りに野太い。


「勇者の称号を与えられ、あなたを殺せと命じられている以上、見逃すわけにはいきませんね!」

「勇者の仕事が人殺しなんて、ちょっとおかしいとは思わないのかね」

「あなたは悪魔に取り憑かれています! 猊下を害した者に神の慈悲など無用! 私は喜んであなたを殺します!」


 険しい顔つきで宣言する。


「ちょっと言いくるめるのは難しそうだね」


 ショールからわずかに顔だけ出して、ルーティは呟いた。


「昔からこいつは狂信的だったからな」


 バルメラもまた、レーデルと同じ勇者候補生だった。

 見た目に似合わず、サイナーヴァの敬虔な教徒で、「神のためなら命を投げ出すこともいとわない」などと平気で口にするような人物だった。

 敬虔、という言葉からほど遠い性格であるレーデルは、バルメラとは必要以上の接触を持たなかった。なので、バルメラについては私的な思い出があまりない。


「ですが、たしかにここで騒ぎを起こすのは、私としても不本意です。だからレーデル、私はあなたに決闘を申し込みます」


 レーデルを力強く指さしながら、バルメラは言った。

 仕方ない、とレーデルは頷いた。


「仕方ない。日取りは百年後くらいでいいかな?」

「今すぐです! 場所を変え、静かな場所で一対一で戦ってもらいます!」


 とバルメラが指定したところ、


「場所を変えるな! ここでやれ!」

「そうだそうだ! 俺たちが立ち会ったらあ!」

「やったれやったれ! ぶっ殺せ!」


 周囲の野次馬達が盛り上がり始めた。人々はざざざっと引いてレーデルたちを取り囲み、ちょうど決闘に適したフィールドを作り上げてしまう。

 この反応にはバルメラも驚いたが、結局乗った。


「……いや、この場でやりましょう! これは神の思し召しですね!」

「おいレーデル、どうすんだよ」


 セレナが顔を寄せてきた。


「とりあえず、アルケナルを頼む」


 アルケナルはレーデルの肩にもたれ、立ったまま眠っていた。


「ボクが預かろう」


 横からコールプルテが割り込んできて、アルケナルの肩を支え、レーデルから引きはがした。

 アルケナルはむにゃむにゃと意味不明の発声をしたが、目覚める様子はなかった。


「一体どういうことなのかな。いきなり決闘を申し込まれるなんて」


 コールプルテに問われて、レーデルは渋い顔をした。


「簡単に言うと、教会から命を狙われているんだ。勇者の称号を投げ捨てたせいで」

「で、受けるのかい?」

「こうなったら、受けるさ。ここで逃げたって、いずれ狙われるんだから。ただ……」


 レーデルは一歩踏み出し、バルメラを見据えた。


「いいだろう、やってやるよ。でも、そっちはいいのか?」

「どういう意味です?」

「候補生時代に何度か戦ったけど、俺には一度も勝てなかったじゃないか。今日も無様に負ける姿をみんなに見られることになるぞ? それでいいのか? おまえの信じる神様が、ここでおまえを守ってくれるとは思えないけどね?」


 相手の冷静さを奪うつもりで挑発する。

 しかし、バルメラの反応は意外に落ち着いていた。


「忘れもしません。たしかに、剣の腕ではあなたに一度も勝てませんでした。だから新しい技を身につけたのです」


 背負っていた物を、バルメラは両腕で抱きかかえた。

 鉄の色をした筒状の物体を、バルメラは右腕に装着する。

 右腕を高く抱えて、


「……フン!」


 バルメラが気合いを入れると、その先端から派手に炎が噴き出した。

 爆音に、野次馬達が一歩退き、レーデルたちを囲む輪が一回り大きくなる。

 炎は燃えさかりながら、巨大な右手の形で安定した。

 さながら、大型のガントレットのその先に、炎の精霊の手が生えたような格好になった。


「どうです! これが私の必殺武器ですよ!」


 揺れる炎の向こう側で、バルメラは勝ち誇ってみせた。


「魔法のガントレットかな?」


 ルーティの意見に、レーデルも賛成だった。おそらくガントレットが宿している魔法の力を借りて、精霊の力を制御しているのだろう。

 となれば、あの巨大な右手は単なる炎ではない。物理的に物を掴むことができるはずだ。


「こんなの聞いてないぞ! 剣をつかまれたらどうしようもないじゃないか」


 レーデルは弱音を吐いた。が、敵も無策で挑んでくるわけがない。なんとかしてこの場を切り抜けなければならない。

 慎重に、レーデルは剣を抜いた。バルメラを睨みながら、セレナとコールプルテに声をかける。


「下がっててくれ。巻き添えを食らわないように」

「こんなところで死なないでくれよ。美術館の泥棒捜しはどうなるんだ?」


 コールプルテの文句に、レーデルは小さく笑った。


「それは安心してくれ。俺はあいつには負けないよ」

「準備はいいですか? なら行きますよ!」


 バルメラは大きく広げた手を前に突き出す構えを取った。

 すぐには仕掛けて来ないで、様子を見ながらじりじりと詰めてくる。


(厄介な……)


 内心、レーデルは焦りを覚える。

 燃えさかる巨大な手そのものが、意志を持ってレーデルを襲ってくるような錯覚を覚える。どこへ打ち込んでも、あっさりと炎の手で掴まれるような気がしてならない。

 手が巨大なせいで、バルメラの動きや表情がまったく見えないのも面倒だった。

 狙うべきは、ガントレットをはめた腕の上腕部。しかし、バルメラの隙を引き出さなければ、切っ先を届かせることは叶わないだろう。

 結果、レーデルは受けに回り、敵の仕掛けを待つ格好になる。


「……ぬうううんッ」


 果たして、バルメラが仕掛けてきた。

 炎の手の平を大きく開き、レーデルの頭上にベタンと叩きつけるように襲う。

 レーデルは剣で炎の手を払いのけ、そのまますれ違いざまにバルメラの腕を狙った。

 しかしバルメラは肘を張りだし、ガントレットの端で斬撃を受け止める。

 ガントレットの手首側は肘が自由に折れる程度に短いが、手の甲側は肩まで届くほど長い。突端で上腕を守る形状になっていた。


(このくらいは対策済みか……!)


 レーデルは大きく飛びすさり、間合いを取り直した。

 バルメラは余裕の笑みを浮かべた。


「さしものレーデルも、お手上げじゃあありませんか!?」


 炎の手を何度か閉じたり開いたりしながら、ゆっくりと間合いを詰めにかかる。

 気圧されたレーデルはじりじりと後ずさる。しかし、野次馬の輪が、野次馬達の有言無言のプレッシャーが、後退を許さない。


(……捨て身でかかるしかない……!)


 覚悟を決めたレーデルは、


「はいいィィ――ッ!!」


 素早く踏み込み、真っ向からの斬撃を繰り出した。

 神速の一撃ながら、その打ち込みには何の工夫もなく、


「この程度!」


 バルメラは炎の手で、あっさりとレーデルの剣を受け止めた。

 そのまま押し込み、炎の拳でレーデルを焼こうとして――

 不意に抵抗がなくなった。


「!?」


 次の瞬間、レーデルはあっさりと剣を手放し、バルメラの右手側に回り込んでいた。

 バルメラのガントレットの突端、肩をガードするあたりに両腕でしがみついて、


「ぬううん!!」


 全力で手前に引き寄せた。

 結果、バルメラの右肘が勢いよく内側に折れ曲がる。

 燃えさかる拳で、バルメラは自分の左肩から左顔面を殴ってしまった。


「うげあああ――ッ!?」


 つんざくようなバルメラの絶叫が広場に轟き渡り、野次馬達は一斉に歓声を上げた。


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