その4 アルケナル、飲み放題の旅路
「君たちの調査活動、ボクも手を貸そうじゃないか」
とコールプルテは申し出てきた。
「こう見えて、ボクはココじゃあそれなりに顔が通っているんでね。役に立つと思うよ」
「そりゃ、有名人だろうな。有名なのは顔じゃなくて身体かもしれないけど」
ルーティのからかいにも、コールプルテは一切動じる気配がなかった。
「フッ。ボクは、裸を見られて恥じるようなヤワな精神の持ち主じゃないよ」
「いや、裸を見られて恥じるのはごく常識的な反応だと思うけど」
「とにかく、冒険者としての活動に大いに興味があるから、しばらく同行させてもらいたい。決して足手まといにはならないけど、どうかな?」
と問われて、レーデルはセレナとアルケナルに意見を求めた。
「どうしよう。個人的には、賑やかしが増えるのは悪くない」
「あんた、行った先で突然脱いだりしねーだろうな?」
セレナに問われ、コールプルテは悩むような表情を見せた。
「約束はしかねる。脱げと命じられればつい脱いでしまうのがボクのタチでね。その覚悟がなければ、ヌードモデルに脱げと命じる資格はない」
「アクモニデスのじいさんとはえらい違いじゃねーか」
「他の芸術家にボクの考えを押しつけたりはしない。脱げと言われればボクは脱ぐ、それだけのことだ」
「じゃあ脱ぐな。少なくとも、あたしらと一緒に行動している間は!」
「命令とあれば仕方が無い。……君の方から注文は?」
「私は別に……。人が多い方が、楽しいんじゃないかしらね……」
アルケナルも承諾し、かくしてレーデルたちはコールプルテを加えての活動を開始した。
結果的には大正解だった。
「おっ! おねえちゃん、また会ったな! ここじゃあ脱いでくれねえのかい?」
「美術館で騒いでたじゃねえか! 大したもんだな!」
「いいもん見せてもらった! 一杯おごるぜ!」
訪れる酒場の全てでコールプルテは野郎どもの注目を受けた。その流れで、美術館での盗難事件の情報や噂について、こちらから聞くまでもなくどんどん集まってくるのである。
「すまないが、ボクは飲めない身体なんでね。どうかな?」
受け取ったワイングラスを、コールプルテはレーデルに手渡した。
「酔っ払いながら情報集めなんて、俺には無理だ。どうぞ」
レーデルはセレナにワイングラスを手渡した。
「あたしは酒のうまさってやつがわかんねーんだ。いらねー」
セレナはアルケナルにワイングラスを手渡した。
「コールプルテについて来てもらって大正解ね……タダ酒飲みまくりなんてたまらないわね……」
アルケナルはワイングラスを一息にあおった。
既に数軒で酒を飲んでいて、アルケナルの顔は完全に真っ赤になっていた。
「飲み過ぎだろ。まだ何軒か回るつもりなのに、大丈夫か?」
心配するセレナに、アルケナルはにっこり笑って応じた。
「まだまだ飲ませてくれるのね……大丈夫大丈夫、この程度で倒れるほどアルケナルさんはやわじゃないわあ……」
右へ左へふらふらに揺れながら、自信満々に言い切って、レーデルの背中にすがりつく。
「酒臭い! アルケナル、飲み過ぎでしょ、いくらなんでも!」
「いけるいける……それより、話聞かないと……」
レーデルの肩越しに、酒を飲んでいる男達を指さすアルケナル。
既にコールプルテが弁舌を駆使し、話を引き出そうとしているところだった。
「君たちも知ってるだろ、美術館で盗みがあったことは? ボクの作品も盗まれてしまったのでね、なにか情報を知っている者はいないかと駆けずり回っているところなのさ」
「そいつは災難だねえ。幽霊にでもやられたのかい?」
「また幽霊の話か」
レーデルが口を挟む。
どこの酒場で聞き込みをしてみても、必ず出てくるのが「幽霊の仕業」という説である。
男はレーデルを酔った目で見つめた。
「だったら知ってるだろ? 美術館があった場所は昔、教会と墓地だったんだ。統廃合だかなんだかで墓地はよそに行っちまったが、幽霊が生きている人間の都合で引っ越しするわけなんてないだろ? 幽霊がゲージュツ品とやらをあの世に持って行っちまったんだ、間違いないね」
「ボクの作品を直接天国に納品しているというとらえ方は、なかなかロマンチックだけど……」
コールプルテの言葉に、
「どうして天国なんて決めつけるかなあ。地上をさまよう幽霊の行き先なんて地獄に決まってるだろ」
ルーティが容赦ないツッコミを入れる。
「地獄の悪魔どもには、ボクの芸術を理解できる頭はないさ。……それ以前に、地上の生者が作品を盗んでいる可能性については、どう思うかな?」
コールプルテの更なる質問。以前の店では、大した答えは返ってこなかったのだが、
「……真面目な話、聞きたいかい?」
一人、酔っている気配のない男が、声を低めて言ってきた。
「その質問に答えられそうな奴を一人知っている。でもそいつを紹介するのには条件がある」
「金かな?」
レーデルはわざと渋い顔をした。値切るための布石として。
「いや、一杯おごってくれればそれでいい。条件っていうのは……その相手っていうのは、あまり大きな声じゃ言えない仕事が得意でね。フェルデンの裏の顔をよく知っている、っていうか。そいつの仕事についてとやかく言わないんだったら、紹介してやってもいい」
「ははあ……」
おおよその想像はついた。要は、法に則って生活しているとは言いがたい、裏社会の事情通とでも言うべき人物なのだろう。
「理解した。たしかに俺は元勇者だけど、突然目が見えなくなったり耳が聞こえなくなったりすることがあるからね。多分、その人物と会ったあとは記憶の一部も抜け落ちているだろう。助かるよ」
「頼むよ。俺はあの美術館が大好きなんでね。今回の件はちょっと許せないんだ。先方と話をつけておくから、明日またこの店に来てくれよ」
「んふふふ……いい気持ち……」
すっかりできあがったアルケナルは、満面の笑みを浮かべながら夕闇の道を行く。
アルケナルの肩を支えるレーデルは、対照的に苦虫を噛み潰したような顔だった。
「なんなんだよこの人……酒飲んでただけじゃないか」
「お酒を飲むのも立派な仕事……勧められたお酒を断ってたら、向こうが気分を害して、話すことも話してくれなかったんじゃないかしら……?」
「ものは言いようだなあ。酔っ払うにはまだ早い時間だと思うけど。恥ずかしくないのかね」
「レーデルが大通りばっかり歩くから悪いのよ……」
「こういう時間に裏道を歩いてると、いつの間にか異端審問官につけられてることが多いような気がするんでね」
今は新たな勇者にも命を狙われている身。特に日没以降はできるだけ人気の無いところは避けるべき、とレーデルは自分に言い聞かせていた。
しかし、「自衛策」が、今回は裏目に出た。
「……おい、レーデル!」
セレナが鋭い声を上げ、レーデルの肩を掴む。
「どうした、突然。アルケナルが吐きそうなのか……?」
とレーデルは一瞬思ったが、セレナが前方を指さしたのを見て、顔色を変えた。
「……しまった。教会じゃないか!」
広場に面する建物の一つに、十字に欠けた輪というシンボルが掲示されている。
サイナーヴァ教会がすぐ目の前に建っていた。
ここは神聖帝国から遠く離れた地ではあるが、同盟都市であっても、大きな街にはたいてい教会がある。ひとたび帝国との間でことが起これば同盟のために命を賭けて戦う、と誓っているけれども、それとは別にサイナーヴァ教を信じている、という人は決して少なくないのである。
そして、このような教会は勇者や異端審問官の活動をサポートするという役回りも持つ。冒険者に冒険者ギルドが存在するように、勇者たちには教会が存在するのである。
「この通りはダメだ。別のルートから宿に帰るぞ」
急にレーデルは右方向に進路を変えた。全力で教会から離れようとしたが――
「……あっ! そこの!」
ちょうどレーデルが向きを変えたその先で、大きな声を張り上げた男がいた。
「レーデル! レーデル・クラインハイトですね!?」
坊主頭に、顔の下半分を覆う黄金の髭、という極めて目立つ異貌の男が、レーデルを指さしている。
やってしまった、とでも言いたげな表情を閃かせたレーデルだったが、すぐに笑顔でごまかし、努めて陽気な声で挨拶を返した。
「あー……やあ、バルメラ。風の噂で勇者に任命されたって聞いたけど、元気だったかな?」




