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その3 密室盗難事件の謎


「勇者様に犯人捜しをしていただけるのですか! それは助かります!」


 と、美術館長のスワンダム氏はレーデルの申し出に喜んでみせた。

 先だって、美術館前でコールプルテと言い争っていた人物である。老いた男性で、頭頂部はすっかりはげ上がっているが、側頭部後頭部の髪は豊かで真っ黒い。スーツをしっかり着こなし、背筋はぴんとまっすぐ立っている。そしてどういうわけか、埃取り用のブラシを握り続けていた。


「元勇者ですけどね」


 レーデルはしっかりと訂正した。

 一同はコールプルテの案内で美術館裏の搬入口に移動していた。美術館表側の喧噪とは対照的に、人の出入りは皆無。美術館そのものの巨大な影が、狭い裏庭から、裏庭に面する裏路地までを覆い隠している。

 静かで、密談にもってこいの環境と言えた。


「コールプルテの作品が盗まれたという話ですけど、そもそもどんな作品なんですか?」


 と質問してから、レーデルはコールプルテを見やった。


「……いや、作品についてはコールプルテに聞けばいいのか」

「高さ十五センチ強の妖精像さ。なにか書く物はあるかな?」

「ただいまお持ちします


 館長が館内にすっ飛んでいき、少ししてすごい勢いで戻ってきた。スケッチブックとペンとインクを持ってきて、コールプルテに手渡す。

 コールプルテはささっとペンを滑らせ、紙上に自身の作品を再現した。


「こんな感じの代物さ。盗まれたボクの作品は全部で三つ」


 と言いつつ、レーデルにスケッチブックを手渡す。

 そこに描かれていたのは、蝶のような羽根を背に持った少女の姿だった。短時間で描かれただけあってラフではあったが、おおよそのイメージが見て取れる。


「うーん、さすが。今さら言うのもなんだけど、絵がうまいなあ」

「大したものじゃないが、褒め言葉として受け取っておこう」


 さも自慢げに、コールプルテは微笑んだ。


「で、これが盗まれたから、代わりにコールプルテは自分が美術品になろうとしたのか。これとはコンセプトが違いすぎない?」

「ボクが妖精の羽根を背負えばいい話だろう」

「そういう問題かなあ。そもそもそんなでかい妖精、いる?」

「この世に存在しない物を形にしてみせるのが芸術だろう」

「たしかにそうかもしれないけど……」


 レーデルはそれ以上言い争うのをやめた。コールプルテを言い負かせそうになかったし、そもそも言い負かしても意味が無い。


「盗まれたのはそれだけではないのです」


 館長は付け加えた。


「他の人の作品もやられたんですか」

「はい。趣をこらしたチェスピース、美しい装飾が施された鞘を持つ短剣、数百年前に作られた銀の壺、等々といったところですね」

「へえ……小型で隠し持ちやすいものばかりが狙われた……ということかしら……?」


 アルケナルの指摘に、館長は大きく頷いた。


「そのようです。もっと高価な彫像や絵画は他にたくさんあるのですがねえ。犯人は値打ち物を見分ける目を持っていないのではないかと……」


 とまで言ってから、館長は手で口元を覆った。


「あ、いえいえ、コールプルテ先生の作品に値打ちがないと言っているのではありませんよ! ただ単純に、転売目的で盗むのならばもっといいものがあるという話であって……!」

「落ち着きたまえ。別にボクは気にしていない」


 館長を落ち着かせるべく、コールプルテは軽く手を振った。


「さすがに、過去の大家の作品よりもボクの作品の方が値打ちがあるなどと言う気はない。というか、ボクもその点は気になっていたんだ。もっと優れた作品も並んでいるのに、それらを差し置いて、ボクの作品を盗んでいくのは……」

「犯人はコールプルテのファンかもな」


 レーデルはそう言ったが、コールプルテの顔は冴えない。


「ボクの作品が欲しいのなら、ボクに直接依頼をすればいいだけの話だ。こんな、各方面に迷惑をかけるような手合いがボクのファンだなんて、あまり考えたくないね」

「もう一つ困ったことがありまして……」


 自分の手のひらにブラシをかけながら、館長が発言した。


「盗まれたのは昨晩のはずなのですが、外から何者かが侵入した跡がどこにも見つからないのですよ」

「そうなんですか?」

「毎日私が責任を持って全ての扉と窓に施錠しています。今朝ここに来た時も、異常は何一つありませんでした。なのに展示室に行ってみると、いくつかの展示物がなくなっていて……」

「押し入った形跡がどこにもないんですね? とすればまず考えられるのは、犯人が鍵を使って普通に侵入した、ってことなんですけど」

「市役所の方で合鍵を一つ保管していますけれど、確認したところ、持ち出された様子はないそうです。そもそも合鍵の保管室自体、ここ数ヶ月は誰も入っていないとか」

「だんだんわかってきた。つまり現状、盗みが可能なのは館長さんしかいないんですか」

「それが問題なんです。私が疑われているんですよ」


 館長はバシバシと自分の手の平をブラシで叩き始めた。


「私がこんな馬鹿な真似をするわけないでしょう! 私はここの館長職を天職と信じて働いているんです。こんなことをして仕事を棒に振るなんて、冗談じゃありませんよ。だいたい私が泥棒ならば、もっと高価なものを盗んでますしねえ!」


 勢いで言ってしまい、館長はまたも自分の口を塞いだ。


(この人は色々ぶっちゃけて言ってしまう癖があるらしい)


 レーデルはそう思った。正直すぎて、とても犯罪に手を染めるような人物には見えない。

 アルケナルが館長に質問した。


「夜間警備員は置いていないんですか……?」

「いいえ、いませんね。とはいえこれからはその必要がありそうですね」

「となるとこれは、完全に施錠されたはずの美術館から何者かが盗品を持ち出した、という密室事件なのね……」

「そんなことありえないはずなんですがねえ。不可能でしょう」

「考えられることはいくつかあるわ……」


 アルケナルは指を一本立てた。


「まず第一に……何者かが館長の鍵から合鍵を作ったという可能性……」

「合鍵ですか」

「二十四時間肌身離さず合鍵を持っている、というわけでもないでしょう……? ロウを使って、ほんの数分で合鍵の型を作ってしまうところを、以前見たことがある……」

「……むむ……」


 何か心当たりがありそうな表情を、館長は閃かせた。

 セレナがレーデルの袖を引っ張り、耳元に小声でささやいた。


「そんな機会、あるもんかよ」

「いくらでもある。公衆浴場に、わざわざ首から鍵ぶら下げて入るもんかね」

「あ、なるほどね」


 アルケナルは二本目の指を立てた。


「第二に……この美術館のどこかに秘密の出入り口はないのか、という点を確認したいわね……」

「ああ。そういや、ついこの間も廃教会に秘密の出入口を見つけたものな」


 レーデルが口を挟んだ。

 館長は眉をひそめ、少し考え込んだ。


「ないとは思いますが……確認すべきでしょうね」


 さらにアルケナルは三本目の指を立てた。


「第三に……盗品はまだ館内のどこかにある、という可能性……」

「それはどういうことでしょう? 館内は一通り調べましたけど、何も見つかりませんでしたよ」

「侵入者が人間とは限らない……でっかいネズミとかカラスとかが展示品にちょっかいを出したとしたら……?」

「なるほど! ならば、小さめな物ばかりがなくなっていることの説明にもなる! さすがに屋根裏などは調べておりませんね」

「秘密の出入口の調査も兼ねて、徹底的に調べ直すべき……」

「さようでございますね。となれば……」


 館長は空を仰いだ。晴れ渡った空の西に、太陽は傾きつつある。


「もうすぐ閉館時間です。閉館後、今日と明日とで、事務員総出の大捜索と参りますか」

「俺たちは街に出て情報収集してみますよ。泥棒が想像もつかない方法で侵入したとも限らないし」

「そちらはそちらでよろしくお願いします。それでは……」


 レーデルの申し出に、館長は頭を下げた。コールプルテからスケッチブック類を回収し、裏口から館内に去って行く。


「君はなかなか賢いな」


 コールプルテがアルケナルに言った。


「鍵のかかった美術館から美術品を盗むなんて不可能としか思えないのに、三つも可能性を思いつくなんて。大したものだ」

「どうかしら……一見不可能に見える物事も、種明かしをしてみれば、案外大したことじゃないものよ……。マジックに精通していれば、よくわかる……」

「マジック?」

「ええ……。マジックと言っても、魔法じゃなくて、手品の方ね……。もっとも、今回はなにかの魔法が使われていても不思議じゃないけどね……」

「心当たりがあるのかな?」

「心当たりはないけれど、魔法はなんでもありえるから……テレポート能力で密室に出入りできる、なんて泥棒がいたらお手上げでしょ……? というか、この美術館の中に井戸があったら、私でも密室から脱出できるわね……」


 と言ってから、アルケナルはまずいことを言ったみたいに目を泳がせた。


「……みんな、今の私の発言は忘れてくれるかしら……?」

「美術館の中に井戸なんてあるわけねーだろ」


 レーデルはアルケナルの背を叩き、励ました。

 それでもアルケナルは、普段より早口で言い訳めいたことを言い続けた。


「私が井戸から自室に戻るのは不完全なテレポート能力であって、自在に使えるものではないのよ……好きな場所に出入りできる魔法じゃないんだから……」

「はいはい」


 常にクールなアルケナルも、時にはこんな風に動転するんだな、とレーデルは愉快に思った。


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