その2 大魔王からのプレゼント
「認めよう。それはたしかに、ボクの作品だ」
レーデルの肩に座るルーティを見つめながら、コールプルテはそう語った。
市立美術館のエントランスホールはとても広く、その一隅には喫茶店がオープンしていた。屋内の店だが、天井は恐ろしく高く、店内と店外を区切る間仕切りもほぼないので、雰囲気は限りなくオープンテラスに似ていた。
レーデルたちはコールプルテを喫茶店に迎え、話を聞いていた。
さすがに、コールプルテには服を着てもらった。明るい灰色のトーガ――大きな一枚布で全身を覆う上衣――が、この日の彼女の私服だった。
飲み物は好まないそうで、コールプルテ側のテーブル上は空っぽ。レーデルたちだけが適当に飲み物を注文していた。
「五十年くらい前、時の大魔王の依頼によって作った物さ。もちろん、ボクが納品した時点では、こんな風に動いたりしゃべったりはしなかった。ボクはその手の魔法には疎いものでね」
「オーダーはどんな感じだったんだろう」
レーデルの問いに、コールプルテは即答した。
「大魔王陛下が自ら勇者にプレゼントしたい、だから最高の美少女像を頼む……というのが、先方の注文だったと思うね」
「大魔王が勇者にプレゼント、だと?」
意外な答えにレーデルは困惑した。
「あんた、五十年前の話だからって、記憶が曖昧になってないかな?」
ルーティが無礼な物言いで聞き返す。
しかし、コールプルテは気に障った様子をまったく見せなかった。
「君達の方が何も知らないだけだ。君達は、五十年前の勇者アマトが大魔王を倒した、と認識しているのだろう。それは正しくもあるが、間違いでもある」
「そんなことあり得るのかね」
レーデルの呟きに、コールプルテは小さく笑った。
「簡単なことだ。……魔界とは複数の魔王による連合政権であり、その代表が大魔王である、ということはわかっているかな?」
「それはもちろん」
「なら結構。帝国出身の人間は、そんな基礎知識もわかってないのが多いからね」
コールプルテはテーブルに右腕を乗せ、ずいと身を乗り出した。
「勇者アマトは大魔王を倒した。反大魔王派の一人だった、魔王カーラレギナと手を組んで。その後、空席になった大魔王の座には、カーラレギナがついた。ボクに注文を出したのは、大魔王カーラレギナだ」
「そういうことかよ。ならわかった」
「大魔王を倒した者だけが、大魔王として認められる。世襲する場合もあるけれど、その時は大魔王の座を狙う魔王を自らの手で倒し、力を証明しなければならない。……って、当代の大魔王はカーラレギナの娘だったかな」
「そういう風に聞いている。つまりルーティは、大魔王カーラレギナが勇者アマトにプレゼントするために作った物だ、と」
「その通り。魔神ベルティールをモデルにしたのはボクの案だが。……だから君はルーティと呼ばれているのか」
コールプルテはルーティを指さす。
ルーティは小さく頷いた。
「そうらしい。半年前に目覚めた時、その名前だけは唯一覚えていた」
「唯一? ……なるほど、それ以外は何もかも忘れているのか。ボクにわざわざ来歴を聞きに来たわけが分かったよ」
「ボクの記憶が欠けている部分について、何か知ってるかな?」
「いいや、知るわけがない。ボクの役目は、小型ベルティール像を造って、納品するところまでだ。その後ペンフレードが色々いじって、自由に動いてしゃべる人形に改造した、とは聞いたけど」
「ペンフレード?」
初めて出てきた名前を、ルーティは聞きとがめる。
「カーラレギナの側近だった男だよ。呪いにまつわる魔法が得意で、その応用で、命なき者に意志を与える術を操っていた。君に自由意志を与えたのは、間違いなく彼だ」
「興味深い話ね……その人のこと、もっと聞かせてもらってもいいかしら……?」
カースマイスターたるアルケナルが、やや興奮気味に言う。
「残念ながら、大したことは言えないね」
コールプルテは首を横に振った。
「彼には数度会ったきりだ。それに、五十年前に亡くなっている」
「五十年前……? ルーティを加工した直後くらいに亡くなったってこと……?」
「そう聞いている。カーラレギナが大魔王を襲名したはいいが、それに異を唱える魔王は何人もいた。勇者アマトの冒険物語は先々代の大魔王を倒した時点で終わったけれど、魔界ではその後もしばらく動乱が続いたのさ。その戦いのさなかに、ペンフレードは命を落としたと聞いている」
「おいおい、マジかよ」
レーデルが声を上げた。
「ルーティが身体にくっつてい離れない呪いを解くために旅を続けてるのに、呪いをかけた当人はもう死んでるのか」
「呪いを解きたい?」
「ああ。見てくれよ」
レーデルはルーティを掴んでテーブルの真ん中に差し出し、手を離してブラブラする。
コールプルテは手を伸ばし、さっとルーティを奪い取った。
「しっかり離れるじゃないか。……おっと?」
「引力」の影響で、ルーティはコールプルテの手からつるりと滑り出る。
至近距離から落ちてきたルーティを、レーデルは手を一振りしてキャッチし、肩に戻した。
「ま、こういうこった」
「ペンフレードの奴、こんなことも仕掛けたのか」
「この仕掛けを外して欲しくて、ここまで来たんだ。誰か知り合いに、この呪いを解いてくれそうな人とかいない?」
「ふうむ……」
コールプルテはしばし考え込んでから、何かを思い出したように軽く手を上げた。
「ペンフレードには子供がいたはずだ。名前は……名前は……」
「しっかり思い出してくれよ」
苦悶の表情を浮かべつつ、コールプルテは必死に記憶を絞ったが――
「……ダメだ、出てこない。家の資料を当たれば出てくるはずなんだが」
「だったら今すぐ家まで送る。資料とやらを調べてくれ」
「そうはいかない。ここでのトラブルが解決するまで、フェルデンを離れる気は無いね」
その言葉に、レーデルは美術館前でのあの騒動を思い出した。
「そういや、何があって美術館前で騒いでたの」
「ここでボクの作品が盗まれたんだ」
「美術館で展示していた作品が?」
「いかにも」
コールプルテは横手を見やる。
美術館のエントランスを、来客者達が行き交っている。盗難事件が起きたばかりではあるが、一部を閉鎖しつつ営業を行っているとのことだった。
老若男女、客層は様々だ。今から入館する客は期待の笑顔を浮かべ、出てきた客は満足の笑顔を浮かべている。
「美術は人々の心を明るく豊かにするものだ。決してマネーゲームの道具じゃない。だというのに、ボクの作品を独占しようとした奴がいる」
「だから美術館員に文句をつけていたのか」
「その通り。ボクの作品がないんじゃ、ボクの作品を目当てにやってきた客に申し訳が立たない。だからこのボク自身を美術作品として展示してくれ、と主張したのに、ダメの一点張りだったんだ」
「なるほど、たしかにそれは……『ボク自身を展示作品』……!?」
レーデルは一瞬納得しかけ、コールプルテが妙なことを言ってるのに気づくのが遅れた。
「そうさ。ボクの美が失われたという事実は、ボクの美をもって埋め合わせるしかないだろう。ボクの身体は美術品なのでね」
「いやいや……まあ、あなたの姿が美術品レベルなのは認めるけど……」
「だから裸だったのかよ……」
セレナが呆れ気味のツッコミをいれる。
しかし、コールプルテは一切恥じる様子がなかった。
「美を大衆に示すのに、恥じる必要はない。さもなくば、全裸の彫像など飾るべきではない」
「集まるのは大衆じゃなくて、エロ目的の野郎どもばかりのような気がするけど」
「エロスと美は紙一重。そんなことより許しがたいのは泥棒だ」
苛つきを隠さず、コールプルテは指でテーブルを繰り返しつつく。力がこもっているのか、妙に高い音が連続的に発せられた。
「人の作品を勝手に盗み、人々が鑑賞する機会を奪うなど、実に罪深い。なんとしても作品を回収しなければ……と、そう言えば」
コールプルテはレーデルを注視する。
「君は勇者だったよな」
「正確には元勇者だがね」
「どうでもいい。勇者には困っている人に救いの手を差し伸べる義務があると思うだろう?」
「言いたいことはだいたい分かった。俺たちに犯人捜しを頼みたいのか」
「ボクは、君が聞きたいことをあらかた答えてやった。しかるべき返礼でもって応じるのが、勇者ってものじゃないかな?」
(ルーティみたいな、妙に気に障る物言いをする奴だ。ペンフレードとやらはこいつをモデルにルーティの性格を設定したのか?)
などとレーデルは内心思ったが、コールプルテの主張にも一理ある。
「わかったよ。バーターだな。引き受けよう。犯人を捕まえればいいのか」
「犯人の扱いは君たちに任せる。作品の回収を第一に考えて欲しい」
「なるほどね。構わないよな」
レーデルはセレナとアルケナルに承諾を求めた。
「いいんじゃねーの。話を聞かせてもらった義理はある」
「美術館の方から引き受けるかたちにして、金銭的報酬もいただきたいわね……」
二人とも拒否はせず、話は決まった。




