その1 変態は引かれあう
「この街のおすすめ? そりゃあ美術館ですよ」
と、宿屋の主人は意外な答えをレーデルに返した。
魔界領域に近い辺境の街、フェルデン。グリンタッシュと同規模の大きな街を、レーデルたちは訪問していた。この街に一旦腰を下ろし、しかる後コールプルテなる魔族が住むサンドクラム村へ向かう予定である。
フェルデンに到着したのは昼過ぎだった。宿屋を決めた後、どこかに食事に出かけようとして、主人におすすめを聞いたのだったが――
「美術館?」
「ええ。我が町フェルデンの誇りと言えば、何を置いても市立美術館ですよ。古今東西の美術品、芸術品が集まっているんですから。庭にはかのアクモニデスが彫ったという生木の女神像もあるんですよ」
「ああ、アクモニデスね……」
レーデルは苦笑した。
「いえ、おすすめが聞きたかったのはそういう意味じゃなくて、この辺でおいしい店はないかな、って」
「あら、そういうことでしたか。そいつはすいませんね」
主人は勘違いに気づいて、レーデルにおすすめの食事店を教えたが、それでも美術館についてはしつこくすすめてきた。
「お食事が終わったあとは、是非とも美術館に寄ってみて下さいね! 後悔はさせませんから。今、特別展とかもやってるはずですよ」
「そこまで言うなら、あとで見に行ってみますよ」
そう答えて、礼を言い、レーデルは宿屋を出る。
宿屋の軒先には、先に外に出ていたセレナとアルケナルが待っていた。
「ちょいと時間がかかったな」
セレナの言葉に、レーデルは肩をすくめた。
「主人に、やたらと美術館をすすめられてね」
「あの主人、身内に美術館関係者がいるんじゃないのかな」
ショールの中から、ルーティが言葉を付け加える。
「どうだか。本当に身内だったら、無料券の一つも配ってくれるんじゃないかな」
「で、どうするんだい? 美術館、行く気ある?」
「個人的には、ある。これから美術家に会いに行くわけだから、共通の話題を作っておくに越したことはない。それに、俺は品行方正で高潔な魂の持ち主だから、美しいものに対しては自然に身体が引き寄せられる。二人はどうよ」
問われて、セレナは肩をすくめた。
「興味はねーけど、レーデルが行くならつきあってもいいぜ」
「私は興味あるわ……美術は人の心を豊かにするものよ……」
「全員一致だな。だったら、メシを食ったら行ってみよう」
そう決定して、レーデルは歩き出した。
食事を終えた後、一同は美術館へと向かった。
美術館は街の中心部に建っているので、見つけるのは難しくなかったが――
「なんだよ。すげー人じゃねーか」
美術館入口前の広場に、幾列もの人間の層ができていた。
ただし、入館を待つ行列ではない。野次馬の群れのようで、誰もが入口前にある何かを見るために右往左往している。
「誰かが騒いでいるのかしら……?」
アルケナルは何度か背伸びを繰り返した。
野次馬の層の向こう側からは、何者かが言い争っている声が聞こえてくる。
喧嘩に野次馬が群がるのはわからないでもないが、それにしてもこの人出は尋常ではない。
「すいません、何かあったんですか?」
手近にいた男性に、レーデルは尋ねた。
男性は意外な答えを口にした。
「裸の女性が暴れてるんだって」
「裸の女性!?」
そう聞いた途端、レーデルは人混みの奥への突進を開始した。
「……レーデル。君は品行方正で高潔な魂の持ち主じゃなかったのかな?」
ショールに身を潜めたまま、ルーティが呟く。しかしレーデルは気にしない。
「服がなくて困っている人を救いたいと思う気持ち、これこそ高潔な魂の発露ってもんだろ。ここで絶対顔は出すなよ」
「はいはい」
突進するレーデルのすぐ背中に張り付き、セレナとアルケナルも人混みをかき分ける。
「あきれた野郎どもだな。いくら女の裸が見たいからって、こんな必死になるか?」
「裸の女性と言っても……どうせ期待しているものじゃないでしょ……。ご年配の女性か、もしくは裸像のコスプレをした人か……オチがあるに決まってる……」
などと勝手なことを呟きながら、二人も興味津々の体で野次馬の層を進む。
やがて三人は最前線にたどり着いて――
「……マジで裸の女性じゃねーか!」
思わず声を張り上げた。
そこで暴れていたのが、全裸の若い美人だったからだ。
まさしく彫刻の裸像のような、均整の取れた身体だった。胸と尻は大きく、ウェストは引き締まり、全ての男性が夢に描くような姿である。
そんなボディの持ち主が、一糸まとわぬ姿で怒り狂っていた。
「だから、来客に申し訳ないから、ボクが展示品になると言っている!」
女性は、美術館側の人間とおぼしき男性達に怒りの声をぶつけていた。
あまりの剣幕に、男性達は女性の美しい身体を見て楽しむ余裕もないらしかった。
「いえいえ、そういうわけにはいかないのですよ! たしかにこちらの不手際ではありますけれど、なにもコールプルテ様が身体を張る必要は……!」
「……コールプルテ!?」
再び、レーデルは驚きに目を見張った。思わずセレナ、アルケナルと目を合わせる。
「確かに言った……コールプルテって……!」
アルケナルは女性の顔をじっと見つめ、確認した。
その瞳孔は涙滴の形。アクモニデスが語っていた、決定的な特徴である。
「こんなところで出くわすなんて……意外ねえ……」
「でも、こりゃ話がはえーぜ。レーデル、話をつけてきな」
セレナはレーデルの背を押したが、レーデルはためらった。
「ここで俺に行けってのか。気が引けるなあ」
「あの人は服がなくて困ってんだろ! 困ってる人を助けるのが勇者の務めってさっき言ったよな!」
もう一度、セレナがレーデルを強引に押し出した。
さすがに絶えきれず、レーデルは野次馬が注視する中、飛び出してしまった。
女性も美術館員たちも、レーデルに気づいて一旦言い合いを止めた。
「……お取り込み中申し訳ない。あなたがコールプルテだね?」
「いかにも、ボクはコールプルテだが?」
その口ぶりは、そこはかとなくルーティに似ていた。
「実は、話を伺いたくてフェルデンまで来てみたんだけど……」
「あとにしてくれないか」
コールプルテはレーデルの肩を押しのけた。
軽く押したように見えて、レーデルは大きくよろめいた。
(こんな見た目で、アクモニデス並みのパワー持ちかよ!)
と、内心で驚く。
「ボクはとても重要な話をしているんだ。製作依頼なら後日改めて承るから」
「……これを見てくれ!」
咄嗟にレーデルはショールの中からルーティを取りだし、コールプルテの鼻先に突きつけた。
コールプルテは無視しかけたが、少し遅れて気づいたか、二度見してルーティを取り上げ、凝視した。
「こんにちは、お母さん。……でいいのかな」
ルーティが義理程度に挨拶する。
コールプルテは大きく息を呑んだ。
「魔神ベルティール像。ボクの作品じゃないか」
それからレーデルを見返して、声をかける。
「何故君がこんなものを持っているんだ……? いや、そうか。君が噂の、美少女フィギュア大好き変態勇者か!」
コールプルテの声は劇場役者のそれに似て、広場によく響いた。
変態勇者という言葉の響きは、周囲を取り囲む野次馬たちにもあっという間に広まった。
「……おい、あいつが噂の変態勇者かよ!」
「変態のくせにまあまあ男前じゃないか……」
「変態と呼ばれているからには、もっと気味の悪いブ男だと思っていたが、まあまあ見られるな」
そして口々に好き放題な感想を言いまくる。本人の前で。
「うるせー!」
レーデルは絶叫した。
「俺を変態呼ばわりするのはやめろよ! だいたい、こんな場所で全裸になってる人の方が変態じゃないか!」
コールプルテを指さしながら事実を指摘したつもりだったが、
「じゃあ、変態と変態の邂逅だ!」
誰かのその言葉が、野次馬達を納得させてしまった。
「俺たちは変態同士の出会いに立ち会ってるんだぞ!」
「感動的だな! 意味がわからんが!」
「変態! 変態! 変態!」
群集心理が変な方向に暴走し、変態のシュプレヒコールが巻き起こる。
レーデルは天を仰いで嘆くしかなかったが、
「ふむ。大衆の心を騒がせ、かき立てる……これもまた一つの芸術だな。もっと騒げ、諸君!」
コールプルテはこの状況をむしろ気に入り、さらに野次馬達をあおり立て、広場を興奮の渦に巻き込んだのだった。




