その11 あんたこの魔神像をどう思う
セレナはサラムの鋭い突きをかわしつつ、隙を見て胴にキックを叩き込んだ。
サラムは吹き飛んだ――が、足裏が捉えたのはサラムが装着した皮鎧。キック自体に大した威力はなかった。
それが証拠に、サラムはすぐに立ち直り、余裕の笑みを見せた。
「そんな格好で、恐れずに挑みかかってくるとは、なかなかやる……!」
サラムは距離を詰め、大胆に斬りかかる。下着一枚の相手に、前にレーデルと対した時のような慎重さはまったく必要なかった。
セレナは受けることも叶わず、ただ避けるしかなかった。しかし狭い部屋の中では、逃げ場所にも限界がある。
ついには、セレナの頭上に刃先が飛んできて――
「……はああッ!」
咄嗟に、両手の平でサラムの剣を挟み込んだ。白刃取りで受け止める。
両腕をねじってサラムの横に回り込み、側頭部への頭突きを食らわせる。
「ッ……!!」
サラムが怯んだ隙に、セレナはサラムの長髪を掴んだ。両手で一房ずつ。
長髪を一本の紐とみなし、顎の下を巡らせ、首を締め上げる。
「んがッ!?」
慌ててサラムは剣を放り投げ、髪に手をかける。が、セレナの腕力で髪は完全に首筋に食い込んでいた。締め上げを緩める余地はない。
首元を諦め、サラムは背後のセレナに手を伸ばす。
「絶対離すか……!」
セレナはサラムを締め上げたまま、その場で回転を始めた。
ぐいんぐいんとサラムをぶん回し、遠心力でサラムの首を締め上げる。サラムの身体が壁にぶつかった時は、その反動を利用して逆回転。
サラムの悲鳴は、どんどん不気味な異音に変わっていった。
最後の一押しに、セレナは体勢を変え、サラムと背中合わせになった。髪で首を締め上げたまま、サラムの首裏をセレナの右肩に乗せる。
サラムを窓際まで引きずり、自らは窓枠を乗り越えて――
「行くぞぉぉぉ――ッ!!」
窓を破壊しながら飛び降りた。
数秒感の落下の後、セレナは片膝をついて着地。
その衝撃を、サラムは首の裏一点で受け止めた。
ゴキン、と鈍い音がはっきりと響いた。
セレナは立ち上がり、サラムを放り捨てる。
ごろり、とサラムは地面に転がった。
既に事切れ、ぴくりとも動かなかった。
「……はああ――っ」
大きく息をついてから、セレナは頭をもたげ――すぐそばにレーデルたちが揃っていることに気づいた。
「ああ、レーデル。教会の奴らは、下着一枚の相手に襲いかかるようなゲス野郎にも勇者の称号をくれるみたいだな?」
「反論のしようがないね」
サラムの死体を確認しながら、レーデルは応じた。
「勇者だからって、誰も彼もが俺みたいに高潔で品行方正とは限らないのさ」
「おっと。面白いジョークだね。君が高潔で品行方正だって?」
ルーティがツッコミを入れたが、レーデルは動じなかった。
「少なくとも、俺は裸の女性を刃物で襲うようなマネはしない。ゲス野郎にはゲス野郎に見合った最期が待っているというわけだ」
「裸の女性を君自身の武器で襲うことは?」
「それはするかも……って、下ネタを言わせるんじゃないよ」
「ボクは具体的なことは何一つ言ってないけどねえ」
二人が言い合っている間に、プライムリッジ氏がやって来た。都合四つの死体を視認してから、レーデルに声をかける。
「押し入り強盗か? 物騒な……君たちがいるタイミングを襲うとは、運が悪かったようだが」
「そのようですね」
自分を狙ってきた連中だ、と説明する気にはなれず、レーデルは適当に濁した。
「死体の始末はどうしましょうね?」
「裏山に埋めてくれないか? 前にも言ったと思うが、人体はマンゲツタケの苗床にちょうどいいんだ」
プライムリッジ氏は即答した。
「これで完成だ。素晴らしいスケッチができたぞ」
そう言って、アクモニデスは自分のスケッチブックを軽く叩いた。
後日、レーデルたちはアクモニデスの自宅を訪れていた。
改めてセレナはヌードモデルとなり、無事大役を勤め上げたのだった。
「それはそれは。見せてもらってもいいかな?」
「うむ。自信作だ、是非見てくれ」
レーデルの願いに、アクモニデスはすぐさま応じようとしたが、
「おいふざけんな! レーデルには見せるなよ! 見るなつったろ!」
セレナが全力で妨害にかかった。レーデルの両腕を押さえ、スケッチブックを手に取れないようにする。
「いいじゃないか、減るもんじゃなし」
「減るんだよ、あたしの心が! とにかく見るな!」
意味の通らないロジックを押しつけるセレナだった。
代わりにアルケナルがアクモニデスのそばに寄る。
「私は見てもいいかしら……?」
「アルケナルなら……まあ、許す!」
セレナの許可を得て、アクモニデスはアルケナルにスケッチブックを渡した。
アルケナルはスケッチブックを凝視し、セレナのイラストに見入る。
「ははあ……これはとてもいいものね……なるほど、あなたが私よりセレナをモデルに選んだ理由、分かった気がするわ……」
「この絶妙な美は、彼女をおいて他には出せんというわけよ」
二人の評論にレーデルも割って入りたかったが、セレナは頑としてレーデルを離さなかった。
「せめて! せめてルーティに見せてやってくれないか!」
「視界シンクロで見るつもりだろ!? 許すかよ!」
「ボクの見る機会はなしか。ま、仕方ないね」
ルーティはレーデルのショールの中に留まり、肩をすくめた。
そのやりとりに、アクモニデスが気づいた。
「そういえば、その像の作り手の名を教えてやるという約束だったな」
アクモニデスはスケッチブックを回収し、レーデルのそばに歩み寄って、
「最後に確認させてもらおう」
ルーティを片手でわしづかみにし、じっくりと眺めた。
「あなたの目に、僕の姿はどう映るかな?」
挑発するような調子で、ルーティは言った。
アクモニデスはそれに応じず、しばらくルーティを見つめ続ける。そして、
「コールプルテ」
と言った。
「それがルーティの作者の名前ですか」
「いかにも。あの女の特徴的な癖が見える」
「あの女……女性なんですか」
「うむ。涙滴型の瞳孔をした美人だ。最後に会った時には、ここからしばらく北に行ったサンドクラム村に住んでいた」
「まあ、当然お亡くなりになってますよね。その子孫が住んでいる場所とか……」
「いや、生きておるぞ。最後に会ったのは二年ほど前だからな」
「は?」
レーデルは驚いた。
「わしらの寿命はおまえら人間族とはわけが違うのだ。コールプルテは現役としてバリバリ活動しているぞ。あの女の見た目の若さは、単に魔族というだけでは説明がつかんが……ま、会って直接話を聞けるはずだぞ。引っ越してなければ」
そう言って、アクモニデスはルーティを手放した。
ルーティはレーデル目がけて落ちていき、レーデルはルーティを空中でキャッチする。
「ボクの生みの親に会えるのか。ちょっと楽しみだね」
とルーティは心情を述べた。
「ふむ。すぐ出かけるのか」
アクモニデスの問いかけに、レーデルは深く頷く。
「ならば旅先の無事を祈るとしよう。いつか思い出したら、またここを訪れてくれ。その時には完成した女神像を見せてやるからな」
ニッと笑いながら、アクモニデスはスケッチブックを誇示してみせた。
「完成品、是非とも見たいね」
「いつか必ず、拝見させていただくわ……」
と意気込むレーデル、アルケナルに対し、
「あたしはあんまり見たくねー」
セレナはやや頬を赤らめ、視線をそらすのだった。




