その10 裸のセレナ
「……逃げて下さい!」
メイドが部屋に飛び込んできて、ヌードデッサンを描いているアクモニデスと、裸のセレナに呼びかけた。
「一体何があった?」
外からの妙な物音は、既にアクモニデスたちにも聞こえていた。
「賊です! 裏口でお客の方が戦っています!」
「なんだと!」
セレナはテーブルから飛び降りた。
「あたしも出る! 多分レーデルを狙っている奴らだ!」
そのまま部屋を飛び出そうとするところを、アクモニデスが捕まえる。
「その格好で外に出るのはやめておけ。素手でどうやって戦うつもりだ?」
「……あっ」
当然、セレナは全裸だった。
「わしが加勢に行く。人の仕事を邪魔する奴は決して許さん!」
セレナを押しのけて、アクモニデスが部屋を飛び出していった。メイドがその後についていく。
「クソッ! 先に服着なきゃ……!」
と室内を振り返り、セレナは服を適当に脱ぎ散らかしたことを思い出す。メイドがまとめてどこかに置いたことまでは覚えているが、そのどこかがわからない。
「こんな時に、どこに隠しやがった!」
室内をうろうろと探し回って、自分が座っていたテーブルの真下にカゴを見つける。カゴの中に、着衣一式揃っていた。
「やっと見つけた! 急がなきゃ……!」
慌てて下着を身につける。それから上着に取りかかろうとしたところで、またも部屋の扉が勢いよく開いた。
「おせーよ! 服は見つけた……」
メイドが戻ってきたと思い込んで、セレナは叫んだ。
が、部屋に飛び込んできたのはメイドではなく――
「……こりゃ、いいタイミングだったみてえだな」
サラムだった。
レーデルが飛び退いたその直後、振り下ろされたハンマーが地面を打つ。
襲撃者の一人は、長柄のハンマーでレーデルに挑みかかっていた。ハンマーヘッドは小ぶりだが、一撃で骨を粉砕するだけの破壊力を秘めている。
その上なかなかの力自慢のようで、重そうなハンマーを軽々と操り、一方でなかなかに隙を見せなかった。
慣れない相手に、レーデルは受けばかりを強いられる。
(厄介な相手だが、こいつばかりに関わっている場合じゃない!)
柄を握る手に力を込め、レーデルは反撃の機会をうかがった。
敵手はハンマーを大上段に構え、じりじりと間合いを詰め、レーデルが一歩退きかけたところに、鉄の塊を振り下ろした。
レーデルは引くと見せかけて思い切り踏み込み、ハンマーが振り下ろされるより早く、
「そこかっ」
ハンマーを握る手を、正確に剣で捉えた。
「……ッ!!」
指を叩かれ、敵手は声にならない悲鳴を上げた。思わず右手を離してしまい、ハンマーはその威力を失う。
レーデルはその首筋に一閃を叩き込んだ。
敵手は首筋を抉られ、噴血しながらその場に崩れ落ちた。
くるり、とレーデルは身を翻す。
敵の一人は魔法使い。炎の精霊を喚んでアルケナルと対していたが、アルケナルの喚んだ氷の精霊の方が二回りも三回りも巨大で、その力も圧倒的だった。もう一人の剣士が魔法使いの援護をして立ち回っているが、なおもアルケナルの方が優勢と見えた。
その剣士が、アルケナルから離れ、レーデルに斬りかかる。
これまた凄まじい腕力の持ち主だった。凄まじい速度で、力強い斬撃を連続的に繰り出してくる。
レーデルは正確にその一撃一撃を受け止めたが、そのたびに両手に衝撃が走った。全力で握りしめていなければ、剣を取り落としてしまったことだろう。
ただ打ち込むだけでは埒が明かないと思ったか、剣士はつばぜり合いに持ち込み、レーデルに圧をかけてきた。
「大した馬鹿力だな!」
交差した剣の向こうへ、レーデルは軽口を叩いた。
「一体何を食べればこんなパワーが身につくのか、是非ご教示願いたいね!」
「戯れ言を……!」
剣士はますます力を込め、レーデルを押す。
男の身体は縦にも横にもレーデルより一回り大きく、よってレーデルよりもパワーは上だった。
レーデルは右へ、あるいは左へ身をねじり、受け流そうとしたが、剣士はレーデルを逃さずに押しまくる。
右足を前にしてレーデルはこらえ続けたが、ついに左足が木の根元に触れた。
大木を背に、レーデルは追い詰められた。
「このまま押し潰してやる……!」
最後の力をかけて、剣士は強引に押し出してきた。
レーデルは慌てず、叫んだ。
「……ルーティ!」
応じて、東屋のテーブルにしがみついていたルーティがぱっと手を離し、レーデル目がけて「落ちた」。
数メートルを一瞬で滑り、ルーティはレーデル――との間にいる、剣士の後頭部にキックを叩き込む。
「んがッ!?」
突然の衝撃に剣士は怯む。
プレッシャーから逃れたレーデルは、剣士の喉元に正確な突きを放った。
刃が頸椎まで届いた手応えに、レーデルは勝利を確信する。
剣士が最後の反撃に出ようとした時には、レーデルは剣を引き抜き、すさっていた。
剣士はつんのめり、木にもたれるように倒れ、そのまま滑り落ちて、灰色の幹に赤い血を塗りたくった。
「アルケナル!」
振り返った時には、敵の魔法使いは氷の精霊に踏み潰されていた。
アルケナルが氷の精霊を送還したあとも、魔法使いはピクリとも動かなかった。
なんとかなった、とレーデルは胸をなで下ろした。
「やれやれ。ここのメイドに片付け仕事を増やしてしまったな」
「ボクへの感謝の言葉はどうした」
ルーティに軽く頬を叩かれて、レーデルは首を傾けた。
「はいはい。完璧なタイミングだった。ありがとよ」
と呟いたタイミングで、
「……おおおい! 敵はどこだ!?」
ハンマーを担いだアクモニデスがやって来た。
「いいタイミングの援軍だ」
と答えながら、レーデルは剣をしまった。
アクモニデスは三つの死体に視線を滑らせ、事情を悟る。
「なんだ、もう終わってしまったのか。ストレス解消に一発ぶん殴ってみたかったんだが」
「それって芸術家が言っていい言葉かなあ」
「破壊は美の一側面よ。それよりこいつら、強盗の割には随分装備が立派なようだが」
「あー、こいつら、俺の命を狙いに来たんだと思う」
断定はできない。三人とも既に事切れていて、しゃべらせることができないからだ。
「できれば、色々吐かせたかったわね……」
アルケナルはそう言ったが、レーデルは首を振った。
「仕方ない。俺たちの命が優先だ。とにかくアクモニデス、あんたは部屋に戻ってデッサンの続きを――」
言いかけた時、頭上でガラスの砕ける音がした。
全員同時に二階を見上げ、顔色を変える。
アクモニデスがセレナの絵を描いていた部屋の窓が砕かれ、誰かが落ちてきた。
「いい格好じゃないか……!」
薄笑いを浮かべながら、サラムは剣を片手に近づいてきた。
「ふざけんな……!」
手近にあったカゴ、椅子、果てはテーブルまで、セレナは手当たり次第に投げつける。
しかしサラムは余裕綽々の体で、一つ一つを払いのけた。
心中、セレナはパニック寸前だった。身につけているのは下着一枚。ガントレットもなく、素手素足で戦うしかない。
向かう敵、サラムは皮鎧など具足でしっかり身を固めている。素手で殴ったところで、痛い目を見るのはセレナの方だ。
内心の動揺を見抜いてか、サラムの笑みはますます大きくなっていった。
「この間の借り、しっかりこの場で返させてもらうぜ……!」
胸にまで垂れる長い髪を軽く撫でてから、サラムはセレナ目がけて突撃した――




