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その6 勇者(前)vs勇者(現)


 時間稼ぎに、レーデルはサラムに話しかけた。


「しばらく帝国領内に戻れてないから、色々気になるよ。カルマーダ枢機卿はお元気かな?」


 鋭い視線を叩きつけながら、サラムは答えた。


「壮健だ。おまえのことは自分の手で八つ裂きにしたいと言っていた」

「それはそれはお元気そうで。だったら自分で俺の所までくればいいのに」

「猊下のお手を煩わせるまでもない。てめーは俺が始末する」

「あ、そうだ。勇者拝命おめでとう。良かったじゃないか、夢が叶って」


 レーデルはごく適当な拍手をサラムに送った。


「サラムだけじゃなく、同時に何人も勇者になったって聞いてるけど」

「サドワやヨランも勇者に任命された」


 どちらの名もサラムと同じく、レーデルの同期の人間だった。


「あいつらもいずれおまえを殺しにやってくる。だが、徒労になる。おまえを殺すのはこの俺だからな」

「それはどうかな」


 レーデルは肩をすくめた。


「そもそも、勇者としての最初の使命が元勇者の抹殺なんて、いかがなものかな。本来の勇者の使命は、世の苦しむ人々を救うことだろう。俺一人を殺しても、この世の中は良くならないよ? むしろ、この世から善人が一人消えるから、悪しき行いということになる」

「だったら、おまえが持っている魔神像を黙ってよこせ。魔神像が無い限り、大魔王を倒すことはできねえんだよ」

「譲れるものなら喜んで譲るけどね」


 レーデルはショールに手を突っ込み、ルーティを取り出した。


「あ、こら! 命惜しさにボクを売るつもりか!?」


 ルーティの文句を無視して、レーデルは手を離し、軽く振った。しかし当然、ルーティはレーデルの皮膚から離れない。


「それが魔神像か」

「その通り。呪われていて、どうしても俺から離れない。欲しけりゃ、俺を殺すしかないだろう」


 とまで言って、レーデルは声のトーンを一段階落とし、無表情になった。


「俺は死にたくない。おまえが魔神像を欲しがるなら、俺はおまえを殺す」

「…………」


 相手の本気の度合いを探るべく、勇者と元勇者はお互いを見据えた。

 静かな川の流れが耳を聾するほどの沈黙。

 レーデルは普段の調子に戻り、沈黙を破った。


「分の悪い賭けはやめておけよ。昔一対一で戦って、俺にボコられたこと、もう忘れたのか?」

「……俺はあの時の俺じゃねえ!」


 片手で握った細身のサーベルを、サラムは小さく揺らし始めた。


(あーらら。やる気になっちまったか。強気に脅したのは失敗だったかな)


 悔やみつつ、レーデルは両手で柄を握り、刃の向こうにサラムを直視した。

 サラムの剣術の流派はレーデルとは全く異なり、乱戦に持ち込んでの戦いを得手とする。まずは遠距離でつつき合って隙を作り、しかる後思い切り接近して組み打ち等に持ち込んで、懐中の短剣で敵にトドメを刺す、というやり口だったはずだ。剣の腕で勝る相手と剣のみでは戦わない、というのが流派の哲学であるという。


(とにかくサラムを接近させないこと……!)


 そう言い聞かせ、にらみ合いに入る。

 サラムはじっくりと間合いを見極めて、不意に突きを放ってきた。

 連続の突きを、レーデルは剣を操って全て外へ流した。が、反撃に出ようと思った時には、サラムは大きく身を引いて、射程の外に逃れていた。

 わずかな間を置いて、サラムは再び連続突きで襲いかかる。

 予期した通り、決してレーデルの間合いではやらせない、という作戦である。

 事実、レーデルは反撃に出る暇を見いだせなかった。


(俺への対策は練ってきたってわけか。だが、俺には味方がいる……!)


 何度目かのサラムの踏み込みをかわしきった後、レーデルは大きく飛び退いた。

 サラムが距離を詰めようとした瞬間、その後方から炎の玉が飛んできた。


「…………!」


 炎が放つ輝きに気づいて、サラムは軽々と炎を避けた。炎の玉は川面へ消えていく。

 わずかに後方を確認し、巨大な炎の精霊の姿と、それを操るアルケナルの姿を見いだす。


「フン、お仲間か! 仕方ない、今日はこの辺で――ッ!?」


 言いかけていたサラムの言葉が、強制的に中断される。

 セレナが投じた石が、サラムの額にクリーンヒットしたのだ。

 サラムがのけぞった瞬間、レーデルは一気に距離を詰めた。

 下からすり上げる一太刀、返しで上から一太刀。

 視界がくらんでいる状態でありながら、サラムは器用にサーベルを振り、二撃ともしっかり受け止めた。

 三撃目が飛んでくるより前に、サラムは大きく飛び退いて、間合いから逃れた。

 そして初めて、額を押さえて苦悶の表情を浮かべた。


「……つぅ……やりやがったな!」


 一方の目を痛みで閉じ、もう一方の目でセレナをにらみつける。

 セレナは、サラムを睨み返しながら口元をつり上げた。


「ハッ! 火の玉がまぶしくて、あたしの石は見えなかっただろ!?」

「あとで必ずぶっ殺す!!」


 殺意むき出しに宣言をして、サラムは道を外れ、森の中に消えていった。

 レーデルは森の向こうをのぞき込み、サラムが完全に見えなくなったのを確認してから、セレナとアルケナルのもとに歩み寄った。


「助かった助かった。完璧なコントロールだった」

「任せとけっての」

「ただ、気をつけろよ。サラムは執念深いところがある。次はきっとセレナを狙ってくるぞ」

「あんな野郎に負けるかよ。冷えてきたし、さっさと帰ろうぜ」


 セレナは小さく身体を震わせた。日没して、気温は一気に冷え込みつつあった。


「それがいいね。でも、ホテルにたどり着くまで、尾行には気をつけるように」


 ルーティがショールの中から顔を出し、付け加えた。

 それからレーデルに声をかける。


「僕を取られるくらいならサラムを殺すって言い切ったね。しびれたよ」

「そんなこと言ったかな」


 レーデルはとぼけたが、ルーティはまんざらでもないようだった。


「だから、ボクは君のことが憎めないのさ」

「だったら普段からもっと優しくしてくれよな……」

「ボクはいつだって優しいじゃないか。君が望むなら性処理だって――」

「その話は本当に変態呼ばわりされるからやめろ」




 その後、サラムもサラムの仲間も気配を見せることはなく、プライムリッジ夫人との約束の日を迎えた。


「お待ちしてましたわ、皆様。こちら、主人です」


 その日はプライムリッジ氏がレーデルたちを夫人とともに出迎えた。


「あなた方が……。よろしくお願いしますよ」


 プライムリッジ氏は五十代くらいの紳士で、細身ながらも筋肉質な男性だった。髪は既に真っ白だが、ふさふさとしている。

 ただ、恐ろしく調子が悪そうだった。ガウン姿で、左腕を布で吊り、げっそりとやつれている。少しどころでない熱があるようにも見える。


「無理なさらなくても結構ですよ」

「これでも今日は調子がいい方なんだ。変なコケ方をしてしまってね……それのせいなのか、ひどい熱なんだ」


 心底情けなさそうな調子で、プライムリッジ氏は答えた。


「君達の手を借りることになってしまって、本当に申し訳ない。これは私の務めなのだが……」


 レーデルたちから少し離れ、壁にかかっていたサーベルを手に取った。

 右手で握り、傾けて鞘を滑り落として、抜き身の剣を軽く振る。その太刀筋は明らかに熟練者のものだったが、


「……あいたたた……」


 左腕に痛みが走ったか、プライムリッジ氏は顔をしかめ、よろけた。


「この通りなんだ……。よろしくお願いする」

「力を尽くします。というかご主人は休んだ方がよろしいですって」

「いやはや、本当に申し訳ない……」


 プライムリッジ氏はメイドの手を借りながら、屋敷の奥へ消えていった。

 レーデルは夫人に尋ねた。


「大丈夫なんでしょうか」

「お医者様には診てもらってますからね。いずれ熱は下がるそうですよ」

「ならいいんですが。……そういえば、アクモニデスの方はどうなってますかね?」

「順調でしてよ」


 夫人が主人のサーベルを受け取り、鞘に収め直しながら言う。


「もうほぼ完成とのことですわ。お話ししていきます?」


 夫人の言葉に甘え、レーデルたちは裏庭に行った。

 裏庭では、アクモニデスが椅子に腰を下ろし、大木とにらみ合っていた。その大木の幹には、女性の像が刻まれている。像は細かい模様までしっかり仕上げられていて、素人目にはmはや完成品としか見えなかった。

 レーデルたちの気配に気づくと、アクモニデスは振り返って、にやりと笑ってみせた。


「誰かと思えばおまえらか。完成にはまだ早いが?」

「別件ですよ。ここの家の人に仕事を頼まれたんです」


「盗採者」退治の件について、レーデルは説明した。


「キノコの怪物? そんなのが今晩山に出るのか」

「そうらしいです」

「そいつは面白い。どんな姿なのか興味があるぞ。ひとつ、わしも出ようか」

「手を貸してくれるんですか」

「微細な作業ばかりやっていると、ストレスが溜まるものでな。たまには何かを豪快にぶっ壊したくもなる。たしか庭師の小屋にちょうどいいハンマーがあったはずだ」

「そうですか。なら、好き放題ぶっ壊して下さいよ」


 断る理由もないので、レーデルはアクモニデスを裏山に連れて行こうとした。が、


「お待ち下さい! アクモニデス先生、何を考えているんですか!」


 裏山に入ろうとする寸前、プライムリッジ夫人に止められた。


「先生にもしものことがあったらどうするんです! せっかく作品が完成寸前だってのに! いけません、私は認めませんよ!」

「さりとて、困っているのでは無いのか? マンゲツタケを勝手に食われるなど、大問題だろうが」

「ですからこちらの冒険者方を雇ったんですよ!」


 パトロンに逆らうのはまずいと感じたか、アクモニデスはハンマーを握る手を緩めた。ゴスン、とヘッドが地面に落ちて音を立てる。


「うむむ……仕方ないな。よい鬱憤晴らしになると思ったのだが」

「それでいいんです、先生。あ、あなた方は盗採者退治、お願いしますよ。私は明朝の炊き出しの準備がありますので、この辺で。皆さんにもおいしいマンゲツタケのスープを振る舞いますからねえ」


 そう言って、夫人はアクモニデスを屋敷の方に連れていこうとした。

 が、何かを思い出したのか踵を返し、レーデルたちのそばまで戻ってきて、


「そうそう、言い忘れていましたけど、盗採者は全員こちらまで連れ戻して下さいね。キノコ狩りが終わったあとで、お願いしますよ!」


 と早口でまくし立て、レーデルたちに反問する隙も与えず、今度こそ屋敷に帰っていった。


「盗採者は全員……?」


 夫人の妙な発言に気づいたのは、夫人がすっかりいなくなってからだった。


「キノコの怪物は一体だけじゃねーのかよ」


 セレナの言葉に、しかしアルケナルは顔色一つ変えなかった。


「仕方ないわね……今さらあとには引けないわ……。敵が二体だろうと三体だろうと、最悪百体以上出てくるとしても、全員マンゲツタケ料理の犠牲になってもらうわよ……!」

「こんなにやる気のアルケナルなんて初めて見た」


 ルーティが素直な感想を口にした。レーデルも同感だった。


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