その5 勇者(本物)あらわる
「しかしまあ……なんなんだよ。キノコの怪物って」
と語りながら、レーデルはサンドイッチに一口噛みついた。
レーデルたち一行はグリンタッシュの市街地に戻り、宿を決めたあと、近所の食事処で夕食を摂っていた。
「キノコの生態には謎が多いのよ……」
アルケナルはさも楽しげに答えた。
「アルケナルが妙にキノコに熱中しているのもよくわからないね」
「少しでも錬金術をかじっていれば、こうもなるわよ……。そもそもレーデル、キノコが普通の植物でないってことはご存じ……?」
「そりゃまあ。種もないのに、どこからともなく生えてくる謎の食い物だよな」
「その通り……。キノコがどこからやってくるのか、それは誰にもわからない……。プライムリッジ夫人も『マンゲツタケの素?』なんて言っていたけど、そんなものがあるのかどうか……」
「ンなもんがあったら、キノコ生やし放題だよな」
セレナが口を挟むと、アルケナルは頷いた。
「経験則として、雷が落ちた場所にはキノコがたくさん生えるってことが知られている……。だから、キノコは雷の精霊が発現した姿の一つだ、と主張する人々もいるわ……。もちろん、雷が落ちていない場所にもキノコは生えるから、個人的には怪しいと思うけど……とにかく、その謎めいた出自故、キノコは錬金術の重要素材の一つなのよ……」
「ふーん。キノコの出自なんて考えたこともなかったぜ」
そう言いながら、セレナはキノコのスープを一口すすった。
「夫人の言う、キノコの怪物は……その謎に一石を投じる存在かもね……」
「それにしたって謎すぎる。グリンタッシュの人には有名なのかね?」
レーデルは席を立ち、近くのテーブルにいた、いかにも地元民風の男達に接触した。挨拶を交わし、テーブル席について、まずは適当な話題を振ってみる。
「ここらはマンゲツタケの名産地なんだろ? 盗採で困ってたりしてない?」
「盗採? ああ、たまにゃ聞くが、なんでそんなこと聞きたがるんだ?」
「盗採で困っている人がいたら、そいつらをボコるのに手を貸そうと思って。こちとら冒険者なんでさ」
「そういうことかい。盗採者なら間違いなくよそ者だから、遠慮無くボコってくれ」
「よそのマンゲツタケに手を出す不作法な奴は、グリンタッシュにはいないのか」
「そんな奴はホワイトファンガス様が食い殺すからな!」
と男性が言った途端、同席していた地元民たちが一斉に笑った。
「ホワイトファンガス様?」
「大地を守る神様よ。グリンタッシュの大地の恵みが豊かなのは、全てホワイトファンガス様の加護のおかげなのさ。逆に、収穫物を粗末にしたり、他人の作物を横から奪い取る者には、ホワイトファンガス様が死の制裁をくらわせるのよ。あんたも気をつけろよ?」
「はあ……だから、盗採者がいるとすればよそ者だ、ってわけか」
「そういうこった。というか、おまえらこそ盗採しにきたわけじゃないだろうな」
「ご冗談。マンゲツタケの話なんてここに来てから聞いたばかりだ」
「そうかい。この時期、よそ者が増えるんだよ。もうすぐマンゲツタケの収穫ができる満月の日だから、買い付けに来る業者やら、その取り巻きやらでな。あとアレだ、プライムリッジ家の炊き出しをわざわざ遠くから食いに来る奴らがいる」
「プライムリッジ家?」
突然出てきた名前に、レーデルは驚いた。
「そこの裏山では極上のマンゲツタケが採れるって話でなあ。満月の晩の翌朝に、マンゲツタケ入りのスープを振る舞うのさ。大したボランティアだぜ、貧民ばっかり相手にして」
「へえ……そんな話は初めて聞いた」
「気になるなら行ってみるといい。食わせてくれるだろうぜ」
もう少し聞けることはないか、とレーデルは質問を続けようとしたが――
「……レーデル」
ルーティがショールの中から腕だけ出して、レーデルの耳たぶを軽く引っ張った。
すぐさまレーデルは地元民たちに背を向け、肩口を隠し、小声で告げた。
「こんなところで顔を出すんじゃないよ! 騒ぎになるだろ! また俺を変態呼ばわりさせたいのか」
「そうしたいのはやまやまだけどね。そうじゃなくて、向こうにレーデルのことをうかがっている奴がいるよ」
ルーティの言葉に、レーデルはゆっくりと姿勢を元に戻した。
地元民と向き合いつつ、視界の隅で他の客をサーチする。
すぐに見つかった。冒険者らしい風体の男が、さりげなくレーデルに注意を向けている。
髪は長いが、どうやら男性のようだ。
「あー、色々教えてくれて助かったよ」
レーデルは小さく手を上げて、地元民に謝意を告げた。そしてもとの席に戻る。
セレナとアルケナルには、レーデルと地元民の会話がすっかり聞こえていた。
「ホワイトファンガス様だって。なんだよそりゃ」
「作物泥棒は生死に関わるものね……神罰が過激になるのも当然ってことかしら……」
雑談の調子で、二人はレーデルを出迎えた。が、すぐにレーデルが緊張していることに気づく。
「……さっそく来てやがる。俺を追ってきた勇者がいるぞ」
その言葉を告げた途端、緊張はセレナとアルケナルにも伝播した。
「そのまま、急に振り向くなよ。奥の方に髪の長い野郎の冒険者がいる。あいつだ」
「本当に勇者なのかよ」
「間違いない。あいつは俺の知ってる相手だ」
テーブルに視線を落としながら、レーデルは言った。
「サラム・エクルス。俺が勇者として選ばれた時、最終候補に残っていた一人だ」
「レーデルのお友達?」
「まさか。ライバルを蹴落とすためならなんでもやる、ろくでもない野郎だよ。一度一対一の模擬戦をやったことがあって、その時にボコボコにして以来、ずっと恨まれている」
「ふーん。で、どーする?」
「とにかく、泊まっている宿を悟られないようにしないと。まず俺が一人で店を出る。サラムが尾行に動くなら、そのあとをついていてきて欲しい。挟み撃ちにしよう。尾行してこないんだったら、二人は遠回りしてホテルへ戻ってくれ」
「私は井戸に飛び込むという手もある……」
アルケナルは付け加えた。
「ここでも井戸さえあれば自分の家に戻れるのか」
「もちろんよ……二人と離れない方が楽だから、宿で宿泊が優先だけどね……」
「そうかい。じゃ、よろしく」
レーデルは席を立ち、店の外へ出て行った。
「あいつ、尾行してるね」
ショールの中に隠れながら、ルーティはレーデルの後方をじっと見つめていた。
視界をシンクロさせるルーティの能力を借り、レーデルは前方を見据えたまま、脳裏で尾行者の姿を視認する。
間違いなく、サラムだった。かつて同じ宿舎にて、短期間ではあるが、ともに勇者としての訓練を受けた一人である。赤い髪を長く伸ばすというファッションは、昔から変わっていない。
腰に剣をさげているだけで、着衣は軽装。そしてたった一人でレーデルの後方を歩いている。
「勇者ってパーティを組んで活動してるんじゃないの?」
ルーティの問いに、レーデルは小さな声で答えた。
「一人で出歩いている最中に、偶然俺たちを見つけたってことだろうな。あいつのお仲間もグリンタッシュに来てるんだろうが、一気にケリをつけるチャンスと見て、単独行動しているんじゃないの」
レーデルは川沿いの道へ歩を進めた。川縁はすっかりレンガで舗装されていて、川の反対側は背の高い木が壁をなしている。たしか公園が広がっているはずだった。
薄闇の時間帯、人気は全くない。
適当なところでレーデルは足を止め、くるりと振り返り、川縁の柵にもたれて待った。
サラムは怯むこともなく、変わらぬ歩調で近づき、一定の距離を置いて立ち止まった。
「やはり気づいていたか」
低い声で、サラムは言った。
「やあ、久しぶり」
敢えて陽気な調子で、レーデルは応じた。
「こんな場所で会うなんて偶然だなあ。飯でも食いに行くかい?」
「飯はさっき食ってただろうが」
サラムは腰の剣を抜いた。殺気を隠そうともしなかった。
「旧友との再会だ。晩飯を二度食べてもいいじゃないの」
レーデルは柵から離れて、サラムと正対したが、まだ剣は抜かない。
セレナたちが追いつくのを待ちたかったし、できることならば他の勇者に関する情報を引き出したいところだった。




