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その4 キノコの山のその奥に


「今取りかかっている仕事にケリがつくまで、少なくとも一週間はかかるだろう」


 と、アクモニデスは見積もりを口にした。


「君をモデルにするのはその後だ。できることならば今すぐにでも始めたいところだが、さすがに金をもらった仕事を優先しなければならん」

「当然ですね」


 レーデルは繰り返し頷いた。


「それじゃ、俺たちは一週間後にまた来ればいいんですか」

「そうしてくれ。その時に、そのベルティール像の作者も教えてやる」

「よろしくお願いします」

「モデルになるのはいいけどさ……」


 いまだ不満げな顔のセレナが口を挟んだ。


「モデルってどのくらいかかるんだよ、時間的に。あと、変な格好でもさせられるのか?」

「わしが気の済むまでやらせてもらう。とはいえ、長くても一日だ。わしが君の姿をドローイングし、その絵をもとに木に彫りつける」

「彫ってる間、ずっとモデルをしなきゃならねーわけじゃねーんだな? それならちょっと気楽だな」

「当然だ。わしが彫っている間、ご婦人を全裸で立たせ続けるわけにはいかんだろ」

「だよなー。全裸で立ち続けるなんて……全裸だと!?」


 驚いてセレナは目を剥いた。

 何を今更、とでも言いたげにアクモニデスはセレナを睨み返す。


「当たり前だろう。まずはヌード画を描かなければ、モデルの本質を刻むことはできん」

「聞いてねーぞ! ヌードだと!? おいふざけんな!」

「フッ。時間は一週間ある。その間に心を決めてくれ。何ごとも初めての体験は尻込みするものだが、実際やってみると意外になんともないものだ」

「あのな……!」

「そろそろ作業に戻らねばならん。また会おう」


 セレナの抗議を手の一振りで跳ね返し、アクモニデスはレーデルたちを追い出した。




「セレナ、本当にすまん」


 プライムリッジ夫人に別れの挨拶を交わした後、レーデルは玄関先でセレナに謝った。

 いまだにセレナは不満げな顔をしていたが、その怒りをレーデルにぶつけることはしなかった。


「色々文句は言いてーが、あたしが断っちゃ、グリンタッシュまでわざわざやって来た意味がねーものな。それに……」


 ちらり、とセレナはアルケナルを見た。


「私じゃなかった……私じゃなかった……」


 アルケナルは放心しながら、視線を宙にさまよわせ、何ごとかを呟き続けていた。


「……なんだか申し訳ねーって気分になるぜ」

「アルケナルがこんなことでショックを受けるとは意外すぎる」


 レーデルが呟いた途端、ルーティがぬっと手を伸ばして耳たぶを引っ張った。


「あいたぁ! 何しやがる!」

「レーデル、君はデリカシーというものがないね」


 ルーティは攻めるような視線をレーデルに投げる。


「自分の美しさを否定されることほどつらいことはない。アルケナルには愕然とする権利がある」

「誰をモデルに選ぶかなんて、アクモニデスの自由だろ。たしかに――」


 俺だってセレナよりはアルケナルを選ぶ、とレーデルは言いかけたが、やめた。それを口にするのはセレナに悪い、と気づく程度のデリカシーは、レーデルにもあった。


「――だったら、ルーティがアルケナルを慰めてくれ。俺にはデリカシーというものがないから、いい言葉が思いつかない」

「今度はデリカシーのなさを言い訳にするのか。君は本当にどうしようもない男だな」

「だったらどうしろってんだ! この――」


 レーデルがキレかけた時、


「……ちょっといいかしら?」


 再び屋敷の扉が開いて、プライムリッジ夫人が姿を現した。先程までのドレス姿とは異なり、庭仕事用の作業着姿になっている。農家のお母さん風の格好は、妙に似合っていた。


「あ、すいません! 立ち話に夢中になってました!」


 レーデルがセレナとアルケナルの背を押し、すぐさま立ち去ろうとしたところ、


「違うんです。言い忘れてたことがあるんですよ。あなた方、ギルド所属の冒険者ですわね?」


 と夫人は問うてきた。


「ええ。ギルド所属と言っても、グリンタッシュが本拠というわけではないんですが……」

「それなら好都合だわ。引き受けて欲しい仕事があるのよ」

「仕事ですか」


 レーデルとセレナは顔を見合わせた。

 一週間、アクモニデスの仕事が終わるのを待つ間、ギルドで仕事をとって路銀の足しにしようと考えていたところである。この申し出は渡りに船と言えた。


「お伺いしましょう。やれることなら、協力しますよ」

「ありがたいこと。でしたらちょっと、我が家の裏手に回っていただきますね」


 うれしそうに言うと、夫人は屋敷の外壁に沿うように歩き始めた。




 プライムリッジ家の裏山は、深い緑に包まれていた。

 裏庭から裏山へ登っていく細い道が一本伸びている。その道を先導しながら、夫人は語った。


「うちの裏山ではマンゲツタケというキノコが採れるんです。マンゲツタケはご存じでしょうか?」

「マンゲツタケですって……!」


 レーデルもセレナも首をひねる一方で、アルケナルがうなるような声を上げた。


「なんだその反応は。錬金術の素材かなんかか?」

「あなたたちこそ知らないの……? マンゲツタケといえば、とても珍しい高価なキノコなのよ……そう言えば、グリンタッシュはマンゲツタケの名産地だったわね……」


 うっかりしていた、とでも言いたげに、アルケナルは額に手を当てた。


「高価って、どれくらいするんだよ」


 セレナの問いに、アルケナルは夫人の顔を伺いながら答えた。


「最高級品なら……十キロも収穫できれば向こう一年は遊んで暮らせるとか……」

「そんなに!?」

「それは少し言い過ぎですわね……」


 優雅に微笑みながら、夫人は訂正した。


「我が家で採れるのはかなり質が落ちますのよ……それでも、これを横取りしにくるのがいましてねえ」

「それは許しがたい話ですね……」


 アルケナルは憤る。


「マンゲツタケは、月齢に影響を受ける不思議なキノコでしてね。満月の晩に採取すると、最高級の味になるんです」

「そのタイミングを狙って盗採者がやってくるんですね」


 レーデルが言うと、夫人は深々と頷いた。


「厄介な話なのよね。満月は三日後なのよ。いつもならばうちの主人がキノコ狩りと盗採者の撃退をするんですけど、間が悪いことに骨折しちゃってねえ。寝込んでるんです」

「だから俺たちに盗採者の撃退を頼みたい、と……」


 やがて、レーデルたちは問題の場所にたどりついた。

 ある程度開けた平地だった。地面は腐葉土と枯れ葉枯れ枝で覆われ、倒れた大木が複数朽ちかけている。

 その朽ちた大木から、白い大きなキノコがたくさん生えていた。柄は太く長く、傘は小さめで茶色の筋模様が入っている。既に十分な大きさに育っているように見えるが――


「満月の晩に傘が完全に開くんですよ」

「そのタイミングを盗採者は狙う、と」

「ええ。地面の中からモリモリっと現れて」

「あーはいはい。モリモリっと……って、地面の中から!?」


 レーデルは耳を疑った。

 あらいやだ、と夫人は自分の頬を叩いた。


「言い忘れてましたね。盗採者というのは、その辺の地面の中から出てくるキノコの怪物なんですよ」

「なんなんですかそれは!?」

「どうやらその怪物がマンゲツタケの素? をあちこちにばらまくおかげで、マンゲツタケが生えるみたいなんですよ。ただ、成長したマンゲツタケを一人で食べてしまおうとするんで……」

「その怪物を倒して、残ったマンゲツタケを採取する……と」

「怪物の身体もキノコみたいなものでできているから、食べるとおいしいんですよ」

「ははあ……」


 意外すぎる話に、レーデルはなんと応じたものか、黙り込んでしまった。

 そんな心中を気にもせず、夫人はレーデルに依頼する。


「言い忘れてましたけど、人間の盗採者が現れる可能性もあるんで、その時はそちらの撃退もお願いしたいわ。三日後の満月の日の夕方に来ていただけます?」

「喜んで……!」


 レーデルは答えるより早く、アルケナルが快諾した。


「マジかよ」

「私はとても興味がある……レーデルがイヤだと言うなら、私一人でも請け負うわよ……」

「そこまでやる気か」

「当然……このお仕事を引き受けたら、私達も少しはマンゲツタケ、いただけるかしら……?」


 アルケナルが問うと、夫人は大きく頷いた。


「もちろん。うちのメイド達が腕によりをかけたマンゲツタケ料理、振る舞わせていただきますわ」

「聞いた、レーデル……? こんなおいしい話、拒否する理由はないわよ……!」

「わかったよ。やろうやろう。俺もマンゲツタケ料理に興味はあるし」


 渋々という体で、レーデルは話を飲んだ。

 その横手で、セレナはあたりに生えている別種のキノコに目を奪われていた。傘が真っ赤な色をしたキノコを無造作に一本摘み、レーデルの鼻先につきつける。


「おいレーデル、これ食ってみてくれよ! きっとうまいぞ!」

「おいふざけんな! こんなのどう見ても毒キノコじゃねーか!」

「あらまあ。それ、おいしいらしいですよ?」


 などと夫人は言い出した。


「マジですか!? この見た目で!?」

「ええ。毒キノコはこの世のものとも思えぬ味がするものです。ただ、それは触っただけでかぶれるから注意した方がいいですよ」

「ヒエッ」


 その言葉を聞いた途端、セレナは全力でキノコを投げ捨てた。そしてルーティをつかみ取り、手のキノコと触れていた部分を思い切りなすりつける。


「いきなりなにするの!? やめてくれ!」

「ルーティならかぶれとか関係ねーだろ!」

「表面が変な化学反応とかしたらどうしてくれる!」


 突然ルーティがしゃべり出したのを目の当たりにして、夫人は驚き、少しして何かに気づいたようにはっと息を呑んで、レーデルを見た。


「あらイヤだ。あなた、美少女フィギュアを持ち歩いているって噂の変態勇者だったのね」

「……その通りです。ご存じでしたか……」


 いつものことながら、仕事をくれた雇用主に対して、レーデルは強いツッコミをいれることはできなかった。


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