その3 木を彫る男アクモニデス
グリンタッシュは、魔界に最も近い同盟都市の一つだった。
周囲を山嶺に囲まれた街で、主産業は鉱業と、鉱業従属者に対するサービス類。自然に囲まれていて、市街地内のあちこちに緑あふれる公園が存在。街区を区切るのにも林や生け垣が利用されている。
半月以上の旅を経て、レーデルたちはグリンタッシュにたどり着いていた。
「以前に来たことがある。ここから西に行けば、すぐ魔界領域だからね」
と、レーデルはグリンタッシュの大通りの一つを歩きながら、アルケナルに説明した。
「いいところね……特に、あんな彫像なんて見たことがない……」
初めてグリンタッシュを訪れたアルケナルは、街並みを彩る彫像に目を惹かれていた。
非常に珍しい彫像だった。というのも、大木の幹の途中に大きなうろが口を開け、その内側に女神像が彫り込まれているのである。
「グリンタッシュ名物の生きている女神像だ。で、どうやらこれの作者が、俺たちが会いに行くターゲットらしい」
レーデルの言葉に、アルケナルは目を輝かせた。
「それはすごい話ね……。もしかして、頼めば私の姿もどこかの木に彫りつけてくれる……?」
「興味津々じゃねーか」
一切興味なさそうな調子で、セレナが応じた。
「こんなステキなモノを見せられたら、そんな気持ちにもなるでしょうよ……」
改めて、アルケナルは女神像を凝視する。
ただならぬ腕前の芸術家による造作であることは、素人目にもわかる。
美しく着飾り、手に剣と杖を持った女神が、慈愛の微笑みを称えている。その細工は繊細にして力強く、よほどの腕で無ければ彫れるはずがない。
一方で、セレナは芸術に心を動かされるタチではなかった。
「あたしはどーでもいいね。自分そっくりの像が街のど真ん中に立つなんて、想像しただけで気味が悪い」
「私は気味が悪いとは思わない……。さ、早く先生に会いに行きましょ……」
足取りも軽く、アルケナルは先頭を切って歩き始めた。
目的の屋敷は町外れの丘のふもとに建っていた。深い緑に囲まれ、時折鳥の鳴き声が聞こえてくる、閑静な場所だった。
屋敷の持ち主はプライムリッジ氏。下級貴族ながら、商売で財をなした人物であるという。
正門から入り、数百メートル歩いて、やっと玄関にたどり着く。
ノッカーを叩き、応対に出てきたメイドに対して、
「アクモニデス氏にお目にかかりたい。アレクトの紹介、と言えば分かってくれるはずだ」
と告げると、多少待たされた後、館の裏手の東屋に通された。
提供された紅茶をすすりながら、さらに待つこと数分。
「……おまえたちか。アレクトが言っていた客人は」
生け垣の影から、妙に逞しい男性が突然現れ、レーデルたちのもとに近づいてきた。
年寄りには違いない。豊かな髪と、顎全体を覆う髭はすっかり真っ白。顔にはこれまで生きてきた人生の苦悩が刻まれたかのごときしわが張り付いている。
ただ年の割に、筋肉質だった。半袖シャツから伸びている腕は丸太のように太く、胸回りは盛り上がってシャツがはち切れそうである。
そして魔族のあかしとして、瞳は横長の楕円だった。
「初めまして。レーデル・クラインハイトと言います」
レーデルが席を立って自己紹介すると、ルーティもショールから身体を出し、レーデルに倣った。
「ボクはルーティ。レーデルの保護者さ」
「誰が保護者だ」
小さな声で、レーデルはツッコミを入れた。
ルーティの姿を見た途端、アクモニデスの重苦しい表情が変化した。
興味を覚えたのか、いきなりルーティに思い切り顔を寄せ、じっくりとにらみつけるように観察する。
突然のことに、レーデルもルーティも言葉を失い、ただ黙って突っ立っているしかなかった。
(さっそく、ルーティの造形に何かを思いだしてくれたのか……?)
内心、レーデルは期待する。
結構長いこと見つめ続けた後、アクモニデスは身を引いて、レーデルに語りかけた。
「……アレか。おまえが噂の、美少女像を持ち歩く変態勇者か!」
「……こんな場所でも、俺の名前は有名なんですねえ」
レーデルは天を仰いだ。
「フン。勇者が持ち歩く美少女像とはどんな代物かと思っていたが、まあまあ悪くないではないか」
「まあまあ悪くない? その言い方は面白くないね」
挑みかかるようにルーティが言うと、アクモニデスは歯をむき出しにして笑った。
「フィギュアのくせに勝手にしゃべるとは面白い! 随分変わった美術品ではないか!」
「ええ、かなり変わってます」
レーデルは大きく頷いた。
「こんな変わったモノを一体誰が作ったのか、知りたいんですよ。そこで、古今多数の芸術家と交流してきたあなたならば、ルーティの作者を特定できるのではないかと思ったんですが……」
「ほうほう。言われてみれば、この作風、思い当たるところがないでもない」
「本当ですか!」
「ただし! ただで教えてやるわけにはいかんな!」
手近な椅子を引き寄せると、アクモニデスは音高く腰を下ろした。
「人にモノを頼むなら、然るべき報酬が必要だろう。わかるよな?」
「ええ、もちろん」
と答えつつ、レーデルは内心うんざりしていた。場合によってはグリンサッシュの冒険者ギルドで仕事をこなさなければならないかも、などと算段する。
ただ、アクモニデスの要求は想像とは違っていた。
「どのくらいがよろしいですかね? こういうのって、相場が分かりかねますので……」
「今わしが欲しいのは金ではない! 創作意欲をかき立てられるモデルだ!」
「モデル……?」
「いかにも! わしは今、ここの主人に雇われ、大木に奥方の姿を刻み込んでいるわけだが――」
とまで言ったところで、アクモニデスはあらぬ方向へ視線を投げた。
レーデルがその視線を追うと、一人の女性が裏口から出てくるところだった。
「あらあら、皆さん、ご挨拶が遅れましたわね。わたくし、プライムリッジの妻でございます」
プライムリッジ夫人はレーデルたちのそばに歩み寄ってくると、ていねいに挨拶した。
年の頃は五十を過ぎているか。その態度や言葉遣いには育ちの良さがにじみ出ているが、その他の点においては年相応の女性、という感じである。
「お邪魔しています。アクモニデス氏に用事がありまして」
レーデルが頭を下げると、プライムリッジ夫人は小さく笑った。
「いいんですよ。でもあまり時間は取らせないで下さいね? わたくし、アクモニデス先生が作品を完成させるのを今か今かと待ち焦がれているんですから」
「ええ、お手間は取らせないと思います」
「ならよいんですが……アクモニデス先生も、くれぐれもお願いしますね」
それだけ言うと、プライムリッジ夫人はレーデルたちに背を向け、屋敷に消えていった。
「今はあの女性の像を彫っている」
重苦しい、渋い表情で、アクモニデスは言った。
「あまり乗り気じゃなさそうですね」
レーデルが言った途端、アクモニデスは思い切りレーデルに顔を寄せてきた。
「言っちゃ悪いが年寄りだぞ! 年寄りをモデルにして何が楽しい!? 身内ならともかく、無縁の年寄り相手の仕事なんて、何一つ面白くないわ!」
調子こそ激しかったが、声は低い。夫人に聞かれるのを恐れているらしい。
「面白くないのに、なんで引き受けたんですか」
「払いがいいからだ。わしは、金より自分の美意識を優先させるほど豊かではないのだ」
「言い切りましたね……」
「優秀な美術を世に生み出すために、先立つものはなんといっても金よ。現実はわきまえねばならん。わしは、見合う金さえもらえばどんな相手とでも仕事をする。そうやって名声を得てきたところもあるしな」
「ははあ……」
意外に俗物ですね、とレーデルは思ったが、口にはしなかった。
代わりに、ルーティが口にした。
「意外に俗なことを言うね」
何を言い出すんだ、とレーデルは慌てたが、
「俗心なき美には面白みが足りん。わしは所詮俗人よ」
アクモニデスは特に怒る様子もなかった。
「というわけで、わしから話を聞きたければ、わしが思わず像を造りたくなるような美人を連れてこい」
「そういうことでしたら……」
レーデルはスッと身を引きつつ、アルケナルに手を差し伸べた。
「彼女などいかがでしょうか?」
「ふうむ……?」
アルケナルに対し、アクモニデスはまたもや顔を思い切り近づけ、にらみつけながらじっくりと観察した。
アルケナルはすくみ上がりながらも、その場に踏みとどまり、アクモニデスの視線を受け入れる。
ルーティが小声で呟いた。
「もしかしてアクモニデスって近眼なのかな?」
「そうかもしれない。ただあの顔で睨まれるのは怖すぎる」
レーデルは小さく頷いた。
ほどなく、アクモニデスは身を引いた――悄然と。
「ダメだな。たしかに美人かもしれんが、わしの美意識には今ひとつ響かんな」
「な……なんですって……」
宣告を受けると、アルケナルはふらりと二、三歩よろめいて、がくりとひざまづいた。
「結構ダメージを受けてるみたいだね」
「そっち方面には無頓着と思ってたけど、意外とそうでもないようだな……」
他人事のように、ルーティとレーデルは評した。
ふらり、とセレナが進み出て、渋い表情をアクモニデスに向けた。
「おいおい、あんたマジで言ってんのかよ? アルケナル以上の美人をそんなにホイホイ連れてこられるかっての」
「おい、セレナ――」
レーデルが制するより早く。
アクモニデスは、雷に打たれたかのような表情を閃かせた。
「……君は! 君の名は何と言う!」
がしっ、と力強くセレナの両肩を掴み、問いかける。
「セレナ! セレナ・ラス・アルゲティだよ! なんだよ突然!?」
「君だ! 君こそモデルになってくれ!」
「……は!?」
セレナだけではない。レーデルもルーティもアルケナルも虚を突かれた。
「君こそ理想のモデルだ! 是非とも君の彫像を彫らせてくれ!」
「おいおい、冗談だろ!?」
「冗談でこんなことは言わん! こんなにも彫りたいという気持ちをかき立てられたのは久しぶりだ! 構わんだろ!?」
興奮してまくし立てるアクモニデスに、レーデルは即答した。
「どうぞどうぞ。心ゆくまでやって下さい」
「おいこらレーデル! あたしを売る気か!?」
「売るも何も、アクモニデス先生に像を作ってもらうなんて、この上ない名誉じゃないか」
「あたしは恥ずかしいっての!」
あくまでもイヤがるセレナだったが、アクモニデスは諦めない。
「いや、なんとしてもモデルになってもらう。さもなくば、そっちの要求も受け入れかねる。誰がそのベルティール像を造ったのか、教えてやらんぞ」
「なんだとこの野郎!」
今にも殴りかかる勢いのセレナを、レーデルは身体で止めた。
「頼むセレナ! ここは俺のために我慢してくれないか!」
レーデルに乞われて、セレナも意地を張り続けることはできなかった。暴れることを止め、苦い顔をしながらも、
「……わかったよ! 今回だけは我慢してやる! 今回だけだからな!?」
と応諾したのだった。




