その10 黒き異形の戦士
「ちょっと待ってくれ! なんだありゃ」
異常にはじめに気づいたのは、馬車の外にしがみついているレーデルだった。
ホルスベックの一般市民達が、道を逃げ惑っている。そして、一般市民を追いかけているのは、黒い武具に身を固めた謎の人物。黒い剣を振り回し、暴れている。
「こんな時になんの騒ぎかなあ……」
ルーティが露骨に嫌そうな顔をする。
地下室へ急行すべきか、目の前で起きていることに介入すべきか。
レーデルは短時間迷ったが、結局アンズヴィルに呼びかけた。
「馬車を止めてくれ! あの人達を助ける!」
逃げ惑う人々のせいで、馬車は既に減速を余儀なくされていた。アンズヴィルは馬車を道の脇に寄せて停車。レーデルは完全に馬車が止まるより早く馬車を飛び降り、混乱の中に飛び込んでいった。
「こんな時に手ェかけさせやがって! おまえ、何者だ!」
走りながら剣を抜き、黒い鎧へ打ちかかる。
黒い戦士はよく反応し、黒い剣を掲げてレーデルの斬撃を受け止めた。
噛み合った二本の剣越しに、レーデルは黒い戦士とにらみ合う。
その全身を覆う黒い輝きには、見覚えがあった。
「……ん!? これって黒妖鋼……!?」
黒い兜の奥で二つの光がかっと輝く。
黒い戦士はレーデルを一旦突き飛ばし、大上段から脳天へ斬撃を飛ばした。
頭上からの黒刃を、レーデルは小さく横に動いてかわしつつ、すり抜けざまに切り上げる。
手応えがあった――異常に固い手応えが。
レーデルの一撃は、黒い戦士の右腕上腕部をしっかり捉えていたが、傷一つ与えてない。
その代わり、黒い戦士の右腕が肩からまるごと吹き飛んでいた。
「なんだ……!?」
妙な事態に、レーデルは目を見張る。
断たれた肩口から拭きだしたのは、鮮血ではなく、黒い瘴気のような何か。
右腕は数メートル飛び、音を立てて石畳に落ちる。
しかし黒い戦士にとっては大したダメージではないようだ。右腕のもとに駆け寄り、左手で拾って元の場所にくっつけてやると、あっさり元通りになった。
そしてレーデルに向き直り、改めて対峙する。
「おい! こいつはどういうこった!?」
レーデルの背後からセレナの声。アルケナルとともに馬車を降り、詰めてきた。
「これ……もしかして、ブレネールが竜騎士を解放した結果じゃ……?」
レーデルが推論を口にする。マティカスがブレネールに通じ、そして裏切ったことをレーデルはまだ知らない。
「そう考えた方がいいかもね……双月の竜騎士の武具と似た波動を感じるわ……」
「間違いないよ。ご同類だね」
とアルケナル、ルーティも意見する。
「でも、これだけ……? この一体だけじゃ、宝にしても罠にしても随分貧相な……」
「いや、一体だけじゃなさそうだぞ」
レーデルは別方向を見やり、太い道の奥で黒い戦士が三体暴れていることに気づいた。
さらにセレナも、別の黒い戦士が突っ込んでくることに気づいて、
「もしかして、こいつらムチャクチャいるんじゃねーの!?」
地面を蹴り、跳び蹴りで迎え撃った。
セレナのキックは見事なカウンターとなり、黒い戦士の兜をきれいに刈り飛ばした。
首から上を失った戦士は、しかしその場にひざまづいただけだった。断面から黒い瘴気を放ちつつ、慌てて飛ばされた兜のところまで戻り、兜を両手で抱えてくっつけ直す。
くっつきさえすれば元通りのようで、黒い戦士は以前のごとく普通に剣を振るってみせた。
「しかも不死身じゃねーか! どうすんだよこいつ!?」
「ほぼ自動で動く、戦士型魔導機関というやつかしら……これは厄介……鎧をバラしても、すぐに復活するわよ……普通に戦うのは徒労で無意味……」
「無意味だろうが、戦わなきゃやられるだろうがよっ!」
近づいてきた黒い戦士三体目がけ、セレナが飛び込む。
強烈な踏み込みから、強烈な回し蹴りを胴へ叩き込む。衝撃に耐えきれず、一体目の黒い戦士は腕から足から、パーツが全て飛び散った。
セレナが着地したところに、二体目の黒い戦士が真横に斬りつける。
セレナは一気に姿勢を低くし、刃をかわすとともに足払いを放った。黒い戦士は足を取られて見事に転倒、地面に激突したショックで身体を覆う武具が一斉に飛び散る。
三体目の黒い戦士は、遅れて飛び込んできたレーデルによって叩かれ、これまたバラバラにされていた。
「これでどうなる……?」
レーデルは黒い戦士達の残骸の出方を待つ。
三体分の武具が、それぞれ黒い瘴気を放ち、再合体を試みる。
だが、お互いがお互いを別物と認識する力はないらしかった。それぞれのパーツが、瘴気を発している面同士でくっついていく――相手が正しい結合相手かどうか、まったく関係なしに。
最終的には、三体分のパーツがムチャクチャな形に合体した、巨大な鎧の怪物と化していた。
「……子供が適当に考えたお化けかな?」
化け物の姿を見上げて、レーデルは呆れた。
鎧の怪物は、身体の所々から生えている腕で三本の剣をそれぞれ掴み、高く掲げて威嚇してみせた。
「見た目がキモいだけで、多分強くはないだろう。でもキリが無いぞ。どうする?」
レーデルに問われ、アルケナルが口を開く。
「どうも、あの地下室に封印されていたのは、罠だったみたいね……」
「ある意味では宝とも言えるだろうな。この鎧どもを制御できればの話だけど」
「それ……この鎧軍団を制御する手段がなにかしらあるはず……そうでなければ、罠を仕掛けた側もこれらの犠牲になるんだから……」
「はーん? ブレネールがどうにかしてこいつらを操ってるってことか?」
「だったら話は早え! ブレネールを探し出してぶっ飛ばせばいいんだろ!」
セレナは叫んで、鎧の怪物へと突進した。
応じて、鎧の怪物はぎこちない動きで――というか、崩壊しそうになりながらも一歩踏み出し、セレナ目がけて剣を振り下ろす。三本、絶妙な時間差で。
「おっせえんだよ!」
地面を蹴り、セレナは宙を舞った。
華麗に斬撃を避けながら、右へ左へ蹴りを放ち、剣を握る腕を吹き飛ばす。
最後に鎧の怪物の胸へ渾身の一発を叩き込んだ後、反動でくるりとバク転、きれいに着地。
怪物が体勢を大きく崩しているうちに後退し、吹き飛ばした腕から剣を回収する。
「こいつを取り上げれば、とりあえず大丈夫だろ!」
「ナイスセレナ! これらは……そうだ!」
辺りを見回すと、ちょうど衛兵達が姿を現した。
レーデルは衛兵たちのもとに駆け寄り、黒い剣を提供する。
「これ、あの鎧どもが持っていた武器です! お預けします!」
押しつけておいて返事も待たず、レーデルはその場を駆け去った。
セレナとアルケナルもそのあとを追いかける。
怪物は地面でうごめき、さっきとはまた異なる異形の姿へ復活を果たそうとする。武器を持たない以上、危険度は段違いに下がっているはずだが、闘志はいまだに尽きていない。
「頭を潰すという案は悪くない。でも頭がどこにあるか、どうやって探し出す?」
ルーティの言葉を聞き流しながら、レーデルは狭い路地から広場に出る。
騒動が始まった広場である。市民が倒れている姿、そして衛兵や一部の武器を持った市民が黒い戦士と戦っている姿が、あちこちに見られた。
黒い戦士達は方々に散らばっているものの、すごい数だ。ざっと見ただけで二十体は越えている。
「相手の立場になって考える」
歩調を緩め、静かに歩きながら、レーデルはルーティに答えた。
「俺がこの黒い戦士達の群れを操っているなら、働き具合を確かめるため、よく観察したい。この軍団を観察するのに都合のいい場所と言えば――」
頭をもたげ、視線を上げて、周囲をぐるりと見渡す。
なるほどね、とルーティは頷いた。
「どこかの屋上ってことかな」
「俺ならそうする。低すぎず、さりとて高すぎず、ちょうどいい高さの建物の屋上へ行く。あれとかどうかな……?」
右斜め前方の建物――ホルスベックの公会堂の一つだが、レーデルはそのことを知らない――を指さす。三階建て、横長の建物で、おそらく屋上は広い。
広場を見下ろしている人影でも見えればいいんだが、と注視していると――
「レーデル、危ない!」
いきなりセレナが体当たりし、レーデルとアルケナルを地面に押し倒した。
直後、凄まじい炎の奔流が、レーデルがいたあたりに殺到した。
と同時に凄まじい風圧を感じ、レーデルたちは地面に押しつけられる。
「なんだ……!?」
風圧が去った後、頭をもたげたレーデルの目に映ったのは、赤黒いドラゴンの後ろ姿。
ペイトネイア村で見たドラゴンとそっくりだが、少し違う。身体を覆う赤い鱗に加え、その背に黒い鎧をまとった騎士を乗せたその姿は――
「双月の竜騎士!?」
「地下のドラゴンと竜騎士像が動いているみたいだね」
ルーティがレーデルの耳元で言う。
「そんなことあるのかよ」
「ペイトネイア村じゃ、犬がドラゴンに化けたじゃないか。ドラゴンの像が本物に化けても不思議じゃないだろ」
「竜面の力ってことかね……」
ドラゴンは広場の空を自在に駆け巡る。時折急降下しては炎のブレスを吐いて地上を焼き、あるいは前肢で人を捕まえては放り出し、と暴れまくっている。
「クッソ! 好き放題やりやがって!」
セレナは毒づいたが、空を駆けるドラゴンの前には無力である。代わりにアルケナルに呼びかける。
「なあアルケナル! 精霊の力でどーにかできねーのか!?」
「……今なら、他人の巻き添えは少なくて済むかしらね……」
アルケナルはタクトを取り出し、精霊を喚び出そうとする。
しかしその時、ドラゴンは高度を上げた。広場の空を一度旋回した後、広場に面する建物――レーデルがあたりをつけた公会堂の屋上へと降りていく。
「レーデルの予想、当たってるかもね?」
ルーティがそう言うよりも早く、レーデルは駆け出していた。




