その11 殺傷能力の実験台
竜騎士を乗せたドラゴンは、公会堂の屋上に静かに着地した。
右腕に双月のハルバードを握るマティカスが、ドラゴンを出迎える。
広場であれだけ暴れていたドラゴンも、マティカスの前では飼い犬のごとくおとなしい。
マティカスはドラゴンに歩み寄り、その表面を観察する。
「あれだけ暴れておきながら、表面には傷一つありませんね……」
土埃やこびりついた血などで汚れてはいたものの、その黒い姿には小さなへこみすら見当たらず、竜騎士が持つ剣にも刃こぼれ一つ無い。刀身の汚れ具合を見るに、斬った相手は一人や二人では済まないはずだが。
「素晴らしい……五十年以上前の技術だというのに、現代でも十分に通用する……!」
普段は感情の起伏に乏しいマティカスも、竜騎士を復活させてからずっと興奮気味である。
と――遠くからの声が、マティカスの興奮に冷や水を浴びせる。
「……マティカス!?」
到着したレーデルたち三人が、意外な人物を公会堂屋上に見いだす。
すぐそばでおとなしくしているドラゴン、そしてマティカスが持っている黒いハルバードを見て、レーデルはおおよそのところを悟った。
「……あーらら。ここにはブレネールがいると思ってたんだけど」
「ブレネールは私が殺しました」
とぼける気も無く、マティカスはすぐに認めた。
セレナが怒りの声を張り上げた。
「てめえ! いつから裏切ってたんだ!?」
「向こうから接触してきたんですよ」
マティカスの口調にはほとんど感情がない。誇るでもなく、レーデルたちを馬鹿にするでもなく、ただ事務的な態度を保っている。
「テリオノイドを屋敷で迎撃した直後頃だったでしょうか……ブレネールの手下が接触してきたんです。情報を流してくれたら金を払う、と。一も二もなく乗りましたよ」
「金か! てめー、金であたしらを売ったのか! そんなに金に困ってたのかよ!」
「金はおまけです。私も情報が欲しかったんですよ。ブレネールたちの情報がね。私は完全にブレネールの側につくふりをして、居場所を突き止めて、こちらの手の者に襲撃させました」
「襲撃……?」
何を言っているのかわからず、セレナは眉をひそめる。
数秒後、レーデルは気づいて息を呑んだ。
「異端審問官たちがブレネールたちを襲ったアレか……!」
マティカスは沈黙を保ち、代わりに行動で答えた。
胸元から取り出したのである――欠けた輪と十字が組み合わされたペンダントを。
アルケナルは目を剥いた。
「異端審問官……!」
「正確には『元』ですが、大した違いではないですかね。今も教会のために働いていますので」
「最初から教会のエージェントとして働いていたのね……エビンさんも騙して……!」
「騙して、というのは人聞きが悪いですね。私は実際に歴史学者であり、竜騎士の遺産の件については昔から興味を抱いていたのですよ。エビンがパトロンになってくれて、大いに感謝しています。今回の誘拐事件については大いに心を痛めましたよ、心からね。……そういえば、オリバー君は無事に保護してくれましたか?」
「今頃アンズヴィルが親の元に帰しているはずよ……」
アルケナルの答えに、マティカスは胸をなで下ろした。
「それはよかった。魔王の一党がこのタイミングで手を出してくるとは予想していなかったので、参りましたよ。逆に言うと、魔王の一党が出てきたからこそ、竜騎士の遺産の存在について信憑性が増したとも言えますが……」
「異端審問官のくせに、魔族と手を組んだのか」
「私はその辺、柔軟に考えるタチですので。ブレネールは私の正体に気づいていなかったでしょうけど」
「あんたの目的は何なんだ」
レーデルが問う。
カン! とマティカスはハルバードの石突きで地面を突いた。
「当然、竜騎士の遺産の回収です。宝であれば教会に持ち帰り、罠であればホルスベックを混乱に陥れ、都市同盟に打撃を加える。どちらでも良かったんです。私も、どちらが眠っているのか判断つきませんでしたからね、個人的にはお宝であってくれた方がうれしかったのですが……黒妖鋼の鎧一式が数十セットというのは、考えようによってはお宝かもしれません」
「あの黒い戦士たちを止める気はないのか」
「止めませんよ。どの程度使えるのか、どこまでやれるのか、確かめなくてはならない」
「罪のない一般人を巻き込んでるんだぞ」
「そりゃ、軍団を操るようなものですから。殺傷能力のテストをしなくては意味が無いでしょう」
さしたる感情も交えず、マティカスはさらりと言った。
「なんだとこの野郎! 正気で言ってんのか!?」
ブチ切れて今にも飛びかかりそうなセレナだったが、
「……そうかい」
レーデルは静かにセレナの肩を押さえ、自ら前に出た。
目を細め、マティカスを静かに見据え、すらりと剣を抜く。
「だったら、俺も今からこの剣の殺傷能力のテストを始める。実験台はあんただ」
その横でセレナが拳を構え、アルケナルはタクトを振るって炎の精霊を喚び出した。
す、とマティカスはハルバードの刃を地面すれすれに落とし、柄を脇に抱える形で構えた。場数を踏んだ手練れの戦士の雰囲気を、マティカスは放つ。
「竜騎士の武具は全て集まりましたから、もはやレーデル君を生かしておく理由はないですね」
ふぁさっ、とドラゴンが翼を広げ、ふわりと飛び上がった。大口を開いて、炎のブレスをレーデルたち目がけて放射する。
赤く燃えさかる奔流が、あっという間にレーデルたちを飲み込む――かに見えたが、
「この程度、どうってことないわよ……」
アルケナル操る炎の精霊が前面に出て、炎のブレスを受け止めた。互いの炎が混じり合い、激しい渦を巻く。
その横を周り、レーデルはマティカスへの突撃を試みるが、
「そこですね……!」
ハルバードの鋭い突きが、炎の向こうから飛んできた。
レーデルは咄嗟に剣を身体の前面に出し、刃の根元で三日月の刃を受け止める。
マティカスはハルバードを素早く引っ込め、そして素早く突いてきた。
「こいつ……!」
レーデルはそれ以上前進できなかった。ハルバードと長剣、リーチの差を考えれば当たり前の話である。
守りを固める構えで応じるしかない。刃の根元、あるいは柄を握る拳を守るナックルガードでハルバードの穂先を弾き、あるいは受け流す。
(マティカス……こいつこんなに強いのか!)
レーデルは内心で舌を巻く。実は剣の使い手だとは聞いていたが、ハルバードの使い方も堂に入っているところを見ると、武芸全般に通じているのだろう。
となると、非常に良くない。一定の槍の腕を持つ相手に、剣一本で勝てるはずがないからだ。敵がよほど致命的なやらかしをしない限り、勝負は見えている。
となれば、勝つためには第三者の介入が必要となり――
「……相手はレーデル一人じゃねーぜっ!」
横手に回り込んだセレナが、マティカス目がけて突っ込む。
大きな声を上げたのは、わざと注意を引いてマティカスを慌てさせようとしたのだが、
「私も一人ではありませんよ」
マティカスは落ち着き払って炎の精霊を召喚した。
身長一メートルにも満たない、アルケナルのに比べるとはるかに小さな精霊である。
しかし、まとう炎は激しく荒ぶり、セレナを迎撃すべく炎の玉をほとばしらせる。
「うひゃあ!?」
凄まじい勢いで飛んできた炎の玉に、セレナは急ブレーキを余儀なくされた。
一発を飛んで避け、一発はガントレットで弾いて身を守るも、
「グゲェェェ――ッ!」
セレナの頭上を影が覆う。
見上げれば、すぐそこにドラゴンの鉤爪。
真横に思い切り飛んで、セレナは間一髪回避。
直後、ドラゴンが公会堂屋上に着地し、轟音を立てる。
セレナが反撃に出るより早く、竜騎士がドラゴンの背から飛び降り、セレナに襲いかかってきた。
「ふざっけんな!!」
黒い剣の斬撃をガントレットで受け止めつつ、セレナは反撃の正拳を放つ。
拳は竜騎士の胴にしっかり入った――が、黒妖鋼の鎧の上である。姿勢がわずかに傾いただけで、鎧の表面には傷一つついていない。
セレナは大きく飛びすさり、間合いを取り直した。
竜騎士と一対一の様相である。レーデルを援護したくても、マティカスははるか遠い。
「まずはてめーをぶっ飛ばす!」
声を荒げつつ、セレナは冷静に黒い竜騎士を見据える。
セレナの後方では、アルケナルの精霊とドラゴンが対決している。炎の精霊が無理矢理ドラゴンを押さえ込もうとするも、ドラゴンはひらりひらりと宙を舞って逃れ、隙あらばアルケナルに攻撃を仕掛ける。
「少しおとなしくして欲しいわね……!」
アルケナルは精霊を操り、あるいは精霊の影に隠れて立ち回り、身を守りつつ戦う。たやすくやられるつもりはないが、敵には飛行能力というアドバンテージがある。
数的には三対三。とはいえ、レーデルたち三人とも、不利な戦いを強いられているという思いを振り払うことはできなかった。




