その9 遺産の正体
「んぐぐぐ……重いぞこの上蓋!」
首を折り、肩をぴたりとつけて、シアボールドは秘密の通路最上部の床板を、縦穴側から全力で押し上げた。
床板は凄まじく重く、シアボールド一人の力では持ち上がりそうになかった。場所が狭すぎ、リーリアには手の貸しようがない。
絶望的――と思えた瞬間、突然床板が軽くなった。
「……んんん!?」
床板はあっさりひっくり返り、頭上に廃教会奥の小部屋の天井が見えた。
「上ってきてくれましたか! 大丈夫ですかね?」
ぬっ、とアレクトの白い手が降りてきた。つい先程、洞窟の底に小舟で入り込む際、レーデルに同行していたので、お互いに面識はある。
「あなたですか! 助かりましたよ! ほらリーリア、先に!」
シアボールドが順番を譲り、リーリアがアレクトの手を握り、穴を登り切る。
その後シアボールドは自力ではしごを登り切り、床に尻餅をついて、厳しい顔で肩周りを撫でた。
「あだだだ……こりゃこたえるな……」
「それより、どうなったの!」
リーリアがアレクトに戦況を問う。
「ここはもう、ケリがつきましたねえ。どうぞこちらへ」
アレクトの先導のもと、リーリアとシアボールドは外へ向かう。
廃教会の外で待ち受けていたのは、死屍累々の風景だった。生き残っている者は一人としていない。
死体の数はあまりにも多く、短時間で全てを確認するのは不可能だったが、
「……レーデルはここにはいないみたいね……」
リーリアはその結論に達して、緊張感を解き、肩を落とした。
「ええ。ただ、敵に武具一式を奪われましてねえ。レーデルさん達は馬車でホルスベックに戻ったようです」
「あなたは……?」
「私も一緒に行きたかったんですけどねえ。あなた方をほっとくわけにもいきませんので」
「レーデルがどこに行ったか、わかる?」
「だいたい想像はつきますよ。あなた方も行きます?」
「もちろん!」
リーリアは即座に返答し、
「これで手を引くのはつまらん。幕が下りるまで付き合わせてもらうさ」
シアボールドもやる気を見せる。
「わかりました。では私と一緒にどうぞ」
アレクトはホルスベックへの道を戻り始めた。リーリア、シアボールドはそれに続く。
「足下に気をつけて下さいよ」
マティカスは魔法の光球を浮かべつつ、先を行くジョナスに言う。
ジョナスは大きい方の箱を抱え、地下へ向かう階段を足早に下っていた。
「わかってまさあ! でも、ついに封印が解ける瞬間に立ち会えるんですぜ! 先生も早く早く!」
ほどなく二人は双月の竜騎士の像が眠る地下室にたどりついた。
箱を置き、蓋を開け、てきぱきと竜騎士の武具を像に装着していく。
竜面、剣、ガントレット、兜とつけていき、最後にマティカスが胸甲をセット。
竜騎士の像の全面の壁に、地図が浮かび上がった。
「おお。こいつは……!」
ふらり、とジョナスが地図へ歩み寄る。
竜騎士の武具の現在位置を示す光が、全て一点で重なっていた。
そのまばゆい光が、逆に竜騎士の像を照らし出し――
「これは……!」
マティカスは気づいた。竜騎士の像が揺れ始めたことに。
像を覆っていた埃が落ちていき、その表面に亀裂が走る。
すぐに亀裂は全身を覆って、派手に飛び散り――
「グオオオオ――ッ」
ドラゴンが大きく首をもたげ、咆吼した。
ついさっきまで像だったそれは、あたかも命ある存在であるかのごとく、動き出した。
「こ……こいつぁすげえ!」
感極まった風のジョナスが、笑顔を浮かべながら竜に歩み寄る。
「こんなことがあるなんて……伝説は本当だったんだ! 先生、これは……!」
ジョナスが何ごとかを言うより早く。
ドラゴンは頭を勢いよく振り下ろすとともに、炎のブレスを吐き出した――壁と、壁のそばにいたジョナス目がけて。
炎の奔流に巻き込まれ、ジョナスの姿は見えなくなった。悲鳴を上げる暇もなかった。
高熱の炎が壁にひびを走らせる。ひびは蜘蛛の巣のごとく広がって――
派手な音を立てながら、壁が崩落する。凄まじい勢いで粉塵が飛び散り、マティカスは一旦引き下がるしかなかった。
粉塵が晴れてから、マティカスは再び竜騎士像のもとへ行き、砕けた壁が積み重なった瓦礫の山を見やる。
「これは……!」
瓦礫の山の上に、一本のハルバードが突き立っていた。
壁の中に埋め込まれていたのだろう、その表面は粉塵で汚れていた。が、それを振り払うと、下から現れたのは、黒妖鋼製とおぼしき黒い刃。
刃の形は、ハルバードにしてはかなり特異だった。鋭い槍の刃の根元に、背を向けあった二つの三日月、双月マークが横枝として生えている。
マティカスはハルバードを手に取った。ずっしりと重く、刃はたった今研がれたばかりのように鋭い。すぐに武器として使用できそうだ。
そして、砕けた壁の向こうには、広大な空間が広がっていた。
その空間を占めているのは、黒い鎧の列。
兜からブーツまで一揃いの鎧が数十体、立ち姿で陳列されていた。
全て真っ黒、おそらくは黒妖鋼製。
「伝説は『宝』が正解だったということでしょうか……? いや、そうではないはず……」
呟やきながら、マティカスは奥の空間に足を踏み入れる。
と――不思議な感覚を覚えた。
手に持つハルバードと、黒い鎧。それぞれの黒妖鋼が、あたかも共鳴しているかのような感覚。
気のせいではない、と自覚したマティカスは、少し考えて、
「これはつまり……」
念じた。我が意のもとに動け、と。
途端、兜の奥で眼光が放たれた。数十体、一斉に。
「このハルバードで、この鎧を操れる……?」
心の中で命じつつ、マティカスがハルバードを掲げると、まず最前列隅に立っていた鎧が動き出した。
右足を一歩前へ。
左足を一歩前へ。
そして右足を一歩前へ。
あたかも鎧の中に人間が入っているかのごとく、ややぎこちない動きながらも、歩き出した。
続いてその後ろに立つ鎧が、次に三番目の鎧が……と一列で行進を始める。
「そうか……だんだん分かってきましたよ!」
あまり感情を表に出さないマティカスも、この時は興奮を隠せなかった。
「双月の竜騎士の遺産は、宝でもあり、罠でもあったというわけですか……!」
黒い鎧たちは極めて秩序だった動きで歩き、地下室を経由して階段を上り、地上に出て行った。
「……なんだいアレ?」
広場を歩いていた人々は、すぐに気がついた。
細い路地から広場に出てきた、黒い鎧の軍団に。
その異様な出で立ちは、強烈に人々の目を引いた。ちょうど広場に居合わせた人々、数百の奇異の視線が一斉に集まる。
黒い鎧たちは一行に気にしない様子で前進を続け、一定の場所で停止した。
後続の鎧たちも整列を続け、やがてファランクスのごとき陣形をなす。
人々は遠巻きに黒い陣形を見守る。
「……おい、これ、ヤバくないか……?」
異様な雰囲気に、危険を察知する人々もいた。
しかし、鎧たちの動きが非常に秩序だっていることもあって、即座に逃げ出そうとする人はいない。
わずかな間、奇妙な空気が漂う。
最後に現れたのは、マティカスである。もっとも出で立ちが違いすぎるので、マティカスがこの鎧の一団のリーダーであるとは、その場の誰も気づかなかったが。
マティカスはハルバードの石突きで地面をつくと、命令を下した。
「それでは皆さん……私以外の目につく人間を皆殺しにして下さい……!」
応じて、黒い鎧たちは腰に下げていた剣を一斉に抜いた。
そして一斉に広場の人々に襲いかかった。
ここに至って、広場はやっとパニック状態に陥った。




