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その8 刃物で冗談


「……おい、あれは……!」


 頭上の飛行物に先に気づいたのはシアボールドだった。

 此岸と対岸、二つの崖に挟まれた赤い帯のような空を、巨大な黒い影が横切る。

 その影の形には、リーリアも見覚えがあった。


「ペイトネイア村のドラゴン……!」


 リーリアが大怪我を負わされた、あの因縁のドラゴンが頭上を駆け抜けていた。

 ドラゴンは崖をまたいで飛んでいき、すぐにリーリアたちの位置からは見えなくなる。


「これは……こんなこと、レーデルからは聞いてないよ!」

「想定外の事態が起きているみたいだな。いつまで経っても、敵さんの船は来ないし」


 岩場に足をかけ、シアボールドは再度周囲を見渡す。夕闇の影が濃くなっていくばかりで、洞窟に近づいてくる船影はどこにもない。


「どうしよう……? というか、ここに留まる意味はもう無いんじゃ……?」

「同感だ。となると、ここから出るしかないな」


 船が無い以上、廃教会に戻るしかない。

 シアボールドが先頭を切って洞窟の奥へ向かい、その背をリーリアが追った。




「風の精霊よ!」


 アルケナルのタクトの指揮の下、巨大な竜巻が発生し、盗賊達を襲った。

 凄まじい暴風が、その場にいた盗賊達をあっさりと吹き飛ばす。

 その隙にアルケナルは馬車に飛び込み、アンズヴィルに呼びかける。


「馬車出して! 私達が援護する!」

「わかりました!」


 アンズヴィルは手綱を取り、一気に加速した。

 竜巻をどんどん前進させて敵をはじき出し、そのあとを馬車が駆ける。

 無人になった道を馬車は進むが、竜巻の直撃を避けた盗賊達が、横手から馬車にすがりつこうとする。


「邪魔をするなっ!」

「ついてくんなよ! あっちいけ!」


 レーデルとセレナが馬車を追いながら剣を、拳を振るい、盗賊達を次々に振り払う。

 盗賊達の方が圧倒的に数が多いものの、レーデルたちを止められる者は一人としていなかった。斬り倒され、殴り倒され、馬車が過ぎたあとに次々と無様な姿を晒す。

 追走者をほぼ振り切ったところで、レーデルとセレナは馬車の後方にしがみついた。

 まだ生き残っている数名の盗賊達も、追跡を諦めた。馬車が加速するにつれ、廃教会はどんどん小さくなっていった。


「とりあえずピンチは脱したかな?」


 ショールの中でルーティが呟く。

 荒い呼吸を整えながら、レーデルはルーティを睨んだ。


「……他人事みたいに言うなあ……!」

「それより問題はここからだよ。敵に武具が全部渡ってしまったし……」

「今すぐ地下室に直行して、そこで待ち構えるしかないな! セレナ、前に伝えられるか!?」


 問われて、セレナは身を乗り出し、座席のアルケナルに伝えた。


「途中で例の地下室のところに行くよう、アンズヴィルに言って!」

「了解……!」


 アルケナルは半開きの扉から身体を引っ込め、アンズヴィルに伝言した。

 ルーティはもう一言、重要な事実を告げる。


「アレクトは置いていくのかな?」

「……あれ?」


 レーデルは初めて気がついた。アレクトを廃教会に取り残してきたことに。


「……ま、いいだろ! あいつならいざとなったらこっちから喚べる!」

「ついでに言うと、リーリアたちは?」

「……そっちもか! アレクトが気を利かせて、二人を拾ってくれるか……!?」

「あたしらは今更戻れねー! 今は竜騎士を守るのが最優先だ!」


 セレナが叫ぶ。

 レーデルも同意見だった。あの封印の壁の向こうに眠っているのは宝か罠か、いずれであろうと敵の手に委ねるわけにはいかなかった。


「あと、マティカスさんが適当に退避していてくれればいいんだがな……」


 向かい風を受けながら、レーデルは呟く。

 もはや事態は自分の手でコントロールできない状態になっている。とあれば、祈るしかなかった。




 ドラゴンはしばし滑空し、ホルスベック外縁部まで一気に飛んだ。

 ホルスベックの町外れの平地で、大きな旗を振る者がいる。ドラゴンをそれを目印に、一気に急降下。大きな音を立て、着地する。

 箱を地面に降ろしてから、前肢を器用に動かし、竜面を外す。

 するとドラゴンの身体は一気に縮み、ブレネールの姿に戻った。


「ブレネールの旦那! どうでしたか!」


 ブレネール配下の小男、ジョナスが旗を捨て、ブレネールに駆け寄った。


「予定通りだ。それをさっさと持っていけ!」


 ブレネールは持ってきた箱を指さす。

 ジョナスは箱に駆け寄り、中身を確認した。


「おお……こいつが噂の竜騎士の武具ですかい?」

「そうだ。見とれていないで、さっさと馬車に積み込むんだ!」


 追い払うような手つきで、ブレネールはジョナスを急かした。

 ジョナスが用立てた馬車は、既に鼻先をホルスベックの街中へ向けている。すぐさまホルスベック中心部、例の地下室がある建物へ行く構えである。

 と――馬車の扉が静かに開き、一人の男性が降りてきた。


「その前に……私にも確認させて戴けますかね。武具が本物かどうか……」


 手袋をはめながら近づいてきたのは、背の高い、青白い顔をした男――

 マティカスだった。


「先生。手短にお願いしますよ」


 ブレネールは苛立ちを隠さず、それでも待つ。


「念のためですよ」


 マティカスは無表情に応じて、箱の蓋を開き、中身を確認する。

 中身は間違いなく本物。双月の竜騎士の胸甲、ガントレット、兜、竜面と揃っていた。


「……うん。問題ありませんね」

「だったら急ぎましょうや。連中が生き延びていたら、間違いなく例の建物に向かってますぜ」

「最後に一つだけ。あなたが持っている剣も見せてくれませんか?」


 ブレネールが腰にさげている竜騎士の剣を、マティカスは指さした。


「よく考えてみたら、それはまだ確認してませんでしたよね?」

「間違いなく本物ですぜ」

「一応確認させて戴けませんか」

「……仕方ねえ……」


 ブレネールは剣をさやごと外し、乱暴な手つきでマティカスに手渡した。

 マティカスは剣を受け取ると、おぼつかない手つきで鞘から抜いた。

 黒妖鋼で作り出された黒い刀身が、夕日の最後の輝きを受けて白く輝く。

 マティカスはその美しさに見ほれ、刃に指を近づけて、うっかり皮膚を切りかける。


「先生、刃物の扱いは初めてですかい? こんなところで怪我しねえでもらいてえな!」

「初めてではありませんよ。こう見えて、人を斬ったこともあるんです」


 ブレネールは一瞬ぎょっとしてから、腹を抱えて笑い出した。


「先生が人を? そのへっぴり腰で? ダハハハ! 先生、その冗談はいけませんや!」

「冗談ではありませんよ。こんな風に……」


 突然、マティカスは歴戦の剣士のごとく柄をがっちりと握り直すと、腰を落とし、ブレネールを袈裟斬りにした。

 数瞬遅れて、ブレネールの胴が斜めに裂け、鮮血が吹きだした。


「……な……」


 予想外すぎて、ブレネールは自分をかばうことすらできなかった。

 がくりと膝をつきながら、しかし反撃に出ようと懐中の短剣を取り出しつつ、ジョナスに叫ぶ。


「ジョナス! こいつを……!!」


 応じてジョナスは、自分の短剣を握ると、ブレネールの背中を思い切り刺した。


「!!」


 激痛に、しかしもはや悲鳴も出せず、ブレネールは首をねじって、ジョナスを見やる。


「すいやせんねえ。先生の方が払いがいいもんで……!」


 口元にニヤニヤ笑いを張り付かせつつ、ジョナスは短剣をねじり、抉った。

 ブレネールは白目を剥き、その場に倒れた。もはや死は避けられない状態で、それでもジョナスの足にしがみつこうとして――


「道連れなんて冗談じゃないよ!」


 ジョナスはブレネールを蹴飛ばし、すぐそばを流れるヒステール川の支流へ落とした。

 派手な水音を上げた後、ブレネールはそのまま水面下へ沈み、小さな泡を立てつつ消えていった。


「……おっと。残してくれればよかったのに。彼の服で剣についた血を拭こうと思ったのですが」


 ほとんど表情を変えず、マティカスはブレネールが流れていくのを見送った。


「ありゃ、そいつはすいやせん。こいつでも使って下さいよ」


 ジョナスは懐中から短剣を包んでいる布を取り出してマティカスに手渡し、武具の詰まった箱を馬車に積み込んだ。


「急ぎましょう。レーデル君達が廃教会でのたれ死にするとは思えませんからね」


 マティカスは剣を拭いながら馬車に乗り込む。

 ジョナスが手綱を取り、馬車はホルスベック中心部に向けて静かに走り出した。


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