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その7 逃走経路は川の上


「孫のこと、くれぐれもよろしく頼む」


 馬車に竜騎士の武具一式を詰め込んだ後。

 エビンはレーデルたちに最後の懇願をした。


「分かってます……お孫さんの保護に全力を尽くしますから……」


 と請け負うアルケナルの表情は固い。

 人質交換の場で何が起きるかなんて、誰にもわからない。必ず人質を無事連れ帰るなどと言い切れるわけがない。

 ただ、決して油断することなくことに臨み、最善を尽くすしかない。


「そろそろ行こうぜ」


 セレナに促され、アルケナルはエビンに一礼。馬車に乗り込んだ。


「それでは、行って参ります」


 アンズヴィルが御者席で手綱を取り、馬車は静かに進み始めた。


「うまくいけばいいんだけどな」


 馬車に揺られながら、セレナはアルケナルに語りかけた。


「人質の保護を最優先にすること……。最悪、武具を全部持ち去られても、地下室に持ち込ませる前に食い止めるという手が取れる……」

「マティカスがあの建物入口をガチガチに固めに行ってるんだっけ」

「ええ……そこで時間稼ぎをしてもらえば、追いつける……」

「第二ラウンドがあるかもしれねーんだな。ま、あたしは目の前の敵をぶっ飛ばすだけだけど」


 セレナは固めた拳で自分の手の平を打ち、いい音を立てた。

 アルケナルは小さく微笑んだ。


「いずれにせよ、ベストを尽くしましょ……エビンのためにね……」




 四時少し前、ほぼ予定通りに、馬車は廃教会のそばに到着した。


「……おーい! やっと来たか!」


 先に来ていたレーデルとアレクトが手を振りながら馬車に近づいてきた。

 セレナとアルケナルは馬車を降り、合流する。


「そちらはどう……?」

「予定通り。シアボールドとリーリアを抜け道の底に置いてきた」

「お二人に敵の船を奪ってもらえば、ブレネールたちは立ち往生するってわけですねえ! さすがレーデルさん、なかなかに頭が回る」


 アレクトの賛辞を受けて、しかしレーデルの表情は固いままである。


「人質を無事に取り返せなきゃ意味が無いぞ。間違いなく戦闘になるから、絶対気を抜くなよ」


 そしてアルケナルに目を向ける。


「言うまでもないと思うけど、人質を完全に確保するまで、精霊召喚による無差別攻撃はしないように」

「人質を完全に確保したあとは……?」

「どうぞご自由に」

「任されたわ……」


 ニッと微笑むアルケナルを見て、アレクトは身体を震わせた。


「私達は大丈夫なんですかね……?」

「アルケナルが精霊を喚んだのを見たら、伏せるか逃げるかすればいいんだよ」


 とセレナが助言する。

 その時、レーデルが素早く片手を上げた。


「……来たぞ」


 アルケナルたちが来たのとは反対側の道から、男達がぞろぞろと徒歩でやって来た。

 ブレネールを筆頭に、全部で五人。そのうちの一人が、ロープで胴と腕をぐるぐる巻きにした少年を引き連れていた。


「オリバー様です」


 怒りを押し殺しながら、アンズヴィルが言った。


「かわいそうに、疲れ切った様子で……あいつら、まともに食事も食べさせてないのか!?」

「連れ帰ったら、おいしい食事を食べさせてやりな」


 と応じながら、レーデルは馬車の裏手に回り、武具を詰めた箱を取り出した。鎧とガントレットを収めた大きめの箱一つと、兜と竜面を収めた小さめの箱一つである。

 互いの交換物を揃え、二陣営は十数メートルの距離を置き、対峙した。

 その時ちょうど、午後四時を告げる鐘の音がどこからか聞こえてきた。




 同じ鐘の音を、シアボールドとリーリアは洞窟の底で聞いていた。


「どういうこった。なあ、時間を聞き間違えたか?」


 焦りを隠せず、シアボールドは冷や汗を流しながらリーリアに問う。


「いえ、間違いない。レーデルは確かに午後四時と言った……」


 隠れ場所から出て、リーリアは洞窟内を見回す。

 ブレネール一党は脱出用の船を必ずここに用意する、とレーデルは言った。

 しかし、四時の鐘が鳴った今になっても、別の船がやってくる様子はなかった。


「戻れよ、リーリア! これから船が来るかもしれないだろ!」


 小さい声で、しかし激しい調子で、シアボールドは声をかける。

 リーリアはそれを無視し、岩場を伝って洞窟の外に向かい、川面に出た。

 太陽は大きく傾き、この位置からではもう見えない。水面全体が暗い陰に覆われていた。

 対岸よりの水域を中サイズの貨物船が通り過ぎていくだけ。他の船影はどこにも見えなかった。


「これは絶対におかしい。どういうこと、レーデル……?」


 リーリアは呟く。しかしその疑問に答える者は誰もいない。




(今頃、リーリアとシアボールドは奴らの船を奪って脱出しているはずだ)


 と、胸の中で打算を弾きつつ、レーデルはブレネール一党と相対する。


「取引をまっとうに行い、奴を教会に逃がす。よろしく頼むよ」


 セレナたちに小声で指示しつつ、ブレネールに大声で呼びかける。


「双月の竜騎士の武具、一式持ってきた!」


 セレナとともに箱を一つずつ抱え、お互いのちょうど真ん中の位置まで進み出る。

 箱を地面に置き、蓋を開け、中身を見せる。


「……いいだろう! 下がれ!」


 ブレネールの声に従い、レーデルとセレナは引き下がった。


「それじゃ、子供を離してもらおうか!」


 レーデルの叫びに応じて、オリバーを捕まえていた男がロープを離し、オリバーの背を押した。

 オリバーは初めためらいがちに、ほどなく全力で走り出した。

 わずかに遅れて、ブレネールたちが箱を目指してゆっくり歩き出す。ブレネールが箱にたどり着くのとほぼ同時に、アルケナルがオリバーを捕まえた。


「よく頑張ったわね……おうちに帰りましょ……」


 アルケナルはオリバーの頭を撫でてやり、すぐにアンズヴィルに委ねた。


「……間違いない! 全部本物の武具だな!」


 ブレネールは箱の中身を確認すると、満足げに声を上げた。


「これで取引終了、あとは解散、と言いたいところだが……!」


 軽く手を上げると、他の男達は一斉に剣を抜いた。


「俺の仲間を殺した奴を見逃すわけにはいかんのだよなあ!」

「そんなことだろうと思ってた」


 レーデルも落ち着き払って剣を抜いた。

 その隣でセレナが鼻を鳴らし、妙な顔をした。


「おいレーデル。ここに集まってるのはあいつらだけじゃなさそうだぜ」

「なに……?」


 セレナの疑問の意味は、すぐに判明した。


「あとついでに、おまえらに恨みを抱いている奴らにもここに来てもらったぜ!」


 ブレネールの後方から、さらにぞろぞろと男どもがやってきた。汚れた着衣に身を包んだ、まるで盗賊のような――


「あー。見たことのある奴が何人かいるね」


 レーデルは気がついた。その一部は、双月の竜騎士のガントレットを集める際、襲って見逃した盗賊団員達である。

 くるりと振り向けば、アンズヴィルの馬車がやってきた道からも、盗賊達が詰めてきていた。

 アルケナルはタクトを取り出した。


「……囲まれたわね……」

「馬車を脱出させるのを最優先する。そのままうまいこと逃げよう」


 この程度なら対処のしようがある。レーデルは断を下した。

 ブレネールは威勢の良い声を上げた。


「野郎ども! こいつらを血祭りに上げろ!」


 うぉぉぉ――っ! っと男達は一斉に叫び、レーデルたちに襲いかかった。


「アンズヴィル、馬車を出せ! 俺たちが援護する!」


 レーデルは冷静だった――ブレネールの動きを見るまで。

 ブレネールはその場に一人留まり、小さな箱を開けると、竜面を取りだし、自分の顔にあてがった。


「……あっ」


 レーデルは目を見張った。

 ブレネールの姿が奇妙な輝きに覆われ、巨大化。

 ほんの数秒後、ブレネールは体長五メートルのドラゴンの姿に変じていた。


「……あっ!」


 セレナとアルケナルの声が重なる。

 わっさ、とブレネールは翼をはためかせ、ふわりと身体を浮かせると、後ろ足で箱二つをキャッチ。


「おいちょっと待て! 教会の地下通路から逃げるんじゃなかったの!?」


 レーデルは絶叫したが、ブレネールはまったく気にも留めず、崖から飛び出し、対岸目がけて滑空していった。


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