その6 レーデル、川を下る
「用心棒の仕事をしているんじゃなかったのか?」
というレーデルの問いに答える前に、シアボールドはまさかりを振り下ろし、薪を二つに割った。
「その予定だった」
額の汗を拭うシアボールド。周囲には割られたばかりの薪の山が積み上げられていた。
ホルスベックの郊外に建つ病院の裏庭に、レーデルとシアボールドはいた。シアボールドとリーリアが雇われた先をレーデルはギルドから聞き、訪問したのだった。
「とある油屋の用心棒として雇われかけたんだが、仕事を始めるタイミングで旦那が倒れて緊急入院してしまって。それで奥様が『うちには用心棒なんていらない』って言い出してなあ。結局お流れ」
「ああ……。たまにあるね」
「一応旦那様に挨拶はしておこう、って病院に来てみたら、冬を越す薪を作る手が足りないって話を聞かされてなあ。それなら、ってことで働いているわけだ。遍歴騎士の冒険としては随分地味だが、身体を鍛えるのには悪くない」
シアボールドは再びまさかりを振り上げ、振り下ろした。パコーンと乾いた気持ちのいい音が響いて、薪は二つに割れた。
「リーリアも薪を……?」
「いいや。回復魔法の腕を買われて、中で働いている。すごい重宝されているようだ」
「リーリアの天職はどう考えても魔法医師だよなあ。なんで騎士の道を選んだのやら」
「俺はリーリアにはかなり助けてもらってるんで、リーリアが騎士を目指してくれて良かったと思っているがね。で、今日は何の用?」
「手を貸して欲しいことがある。ここって休みもらえる?」
と、レーデルは切り出した。
シアボールドは渋い顔を見せる。
「もらおうと思えばもらえる。ただ、俺に何をやらせようってんだ? どうせ厄介ごとだろ?」
「嘘はつけない。たしかに厄介ごとだ」
「だったら然るべき対価を積んでもらおうか。この薪割りだって、入院患者の方々に快適な冬を過ごしてもらうための大事な仕事なんだ。その仕事に打ち込む時間を割く以上、安売りはできないな」
「どうしてもシアボールドに手を貸して欲しい、ってセレナが言ってたよ」
途端、シアボールドはまさかりを放り投げた。
「タダで結構。おまえから金を取るなんて、そんな馬鹿な話があるか。俺たち友達だよな?」
リーリアは入院患者の車椅子を押しながら、病院の庭を散策していた。
レーデルの姿に気がつくと、別の看護師に車椅子を任せ、静かに歩み寄ってきた。
「やあ、お元気そうで」
「何しに来たの?」
素っ気ない態度で、リーリアは言った。
「手を貸してもらえないかと思って」
「私に? 私がレーデルの言うことを聞く必要があるの?」
言葉こそ冷たいが、レーデルの反応を楽しむような柔らかさが、リーリアの態度にはあった。
(とはいえ、どう話を持っていったものかな? 一歩間違えると機嫌を損ねそうだな)
少しレーデルが迷っている隙に、ルーティがショールから出てきた。
「やあ、お久しぶり。元気だったかな?」
「あ、ルーティ」
リーリアはすぐさまルーティをつかみ取ろうとした。
レーデルは一歩身を引きつつ、リーリアの手をはたき落とした。
「何をする気だ」
「前みたいにルーティをレーデルにぶつけようと思って」
「やめろ! こいつはこんな見た目だけど石像なんだからな!?」
必死に訴えるレーデルに、リーリアはひとしきり笑ってみせた。
「ルーティをよこしてくれたら、レーデルの頼みを聞く、と言ったら……?」
「マジで言ってるのか」
レーデルはしばし待ち、リーリアが前言撤回することを期待したが、リーリアは穏やかに微笑むばかりだった。
「……仕方ない」
ルーティをわしづかみにし、リーリアに手渡した。
「ありがとう」
リーリアはその場で後退し始めた。
「俺の顔が恐怖に染まっていくのをじっくり見たいのか。ずいぶん性格が悪くなったみたいだな」
「旅を続けて世間擦れしたのよ」
さも楽しげに言うリーリア。
そのリーリアに、ルーティが語りかけた。
「ところでリーリア。今回のお願いって言うのはね……」
何事かをささやくと、リーリアは興味を引かれたような顔をした。レーデルに背を向け、何事かを語り始める。
何を話しているのか、レーデルは大いに興味を抱いたが、敢えて待ち続けた。
ほどなく会話を終えると、リーリアは普通に歩いて戻ってきて、静かにルーティをレーデルの肩に貼り付けた。
「……わかった。レーデル、手を貸す。話を聞かせて」
「いいのかよ」
「いい。レーデル、どうしても私の手が必要なんでしょ?」
「まあね」
レーデルは一旦リーリアに背を向け、ルーティに声をかけた。
「おまえの仕業か」
「ああ。ボクがリーリアを説得した。感謝してくれないかな?」
「一体何を言ったんだ? 適当な約束とかしてないだろうな」
「約束はしていない。何を言ったか、当ててみるといい」
「どうせ俺への悪口で盛り上がったんだろう」
「レーデル、君は勘違いしている。リーリアは人の陰口を叩いて喜ぶような人間じゃない」
「まあ、そうだな。となると、何を言ったのか想像もつかない」
「ならそれでいい。ボクがリーリアと何を語ったかなんて、君が知る必要はない。おとなしくリーリアの協力を受け入れればいいのさ」
後ろを向け、とルーティはレーデルの耳を引っ張った。
リーリアは妙に機嫌良さそうで、ニコニコとしていた。
(ルーティが何を言ったのかすごい気になる……)
改めてレーデルは思ったが、真実を知るチャンスは永遠に来ないだろうとも思った。
ヒステール川は同盟諸都市の水運の大動脈の一つであり、大型貨物船の日中の往来が絶えることはない。
そのため、小型の船でヒステール川を行く場合は、決して大型船には近寄らず、波に煽られないよう慎重に舵を取る必要があった。
ただ、その点にさえ気をつければ、川下りはとても素晴らしい体験である。特に、晴れ渡った快晴の日には。
「川下りの船に乗るなんて、生まれて初めて……」
陽光を反射する川面、飛び交うトンボ、水面下を滑るように泳ぐ魚たち、そして爽やかな風。リーリアは、今体験している物事全てに目をキラキラと輝かせていた。
「喜んでいただいて幸いだ」
舵を取るレーデルも、周囲の風景に心を奪われていた。たかが川下り、となめていたものの、実際に船に乗ってみると、予想を遙かに超える清新な体験が待っていた。
左右には切り立った崖がそびえている。崖のてっぺんを見るには視線を頭上に向けねばならない。普段の生活ではなかなかお目にかかれない奇観である。
「いやー、こいつはいいな! 楽しすぎる!」
シアボールドもすっかり気に入ったようで、子供のような笑みを浮かべていた。
「とはいえ、俺たちをレジャーに連れてきたわけじゃないだろ?」
「まあね。ええと……あったあった」
左手の岩壁に空いている小さな洞窟目がけ、レーデルは棹を操作し、船を突っ込ませた。
狭いトンネルはすぐに開け、岩壁の中に空間が現れた。砂が堆積した波打ち際に船を乗せ、下船する。
つい最近やって来たばかりの、廃教会直下の秘密の脱出口である。
「こんなところにこんなのがあったのか……面白いもんだな」
シアボールドは空間を眺め渡す。空間はそこそこ広く、ちょっとしたキャンプを開ける程度の余裕はある。
「それで、私達はここで何をすればいいの?」
「説明する。ちょっと聞いてくれ」
リーリアに問われて、レーデルは想定を一通り語った。
ブレネールの本隊は当日午後四時に廃教会に現れ、人質交換をしたのち、部下達をけしかけてレーデルたちとの斬り合いに持ち込みつつ、自分たちは双月の竜騎士の武具一式を抱えて隠し脱出口を下る。別働隊がこの洞窟で待っていて、ブレネールらは船に乗って脱出する――
「つまり、敵さんはあらかじめここに脱出用の船を用意するはず。そこで君らには、その船を使えないようにしてほしいんだよな」
「具体的にはどうする」
「あらかじめ俺か誰かが、船で君達をここに連れてくる。君達が洞窟に隠れていたら、誘拐団の船がやってくるはずだ。四時の鐘が鳴ったら、その船を奪って君達は洞窟を出て行く。というのはどうかな?」
「元々の船頭はどうする?」
「ブレネールの手下なら斬って。無関係な雇われ船頭だったら、説得して欲しいね」
「わかった。いいよな、リーリア?」
シアボールドが問うと、リーリアは質問を投げた。
「ブレネールたちを足止めしたあとはどうするの?」
「アルケナルが精霊を召喚してぶっ飛ばすのが一番手っ取り早いような気がする」
「そうなの。敵がヤケになって、武具を川に捨てるとかやり出さない?」
「いや、それはないと思うね」
口ではそう答えたが、実のところ、レーデルはその可能性を考えていた。ヤケにならずとも、事故で武具が川に沈む可能性は、あり得ないとは言えない。
とはいえ、その時はその時、と思っていた。あの地下室に眠っているのが罠である可能性を考えると、武具を集めない方がいいのではないかとも思うのである。争奪戦の果てに川に沈んでしまった、となれば、エビンへの言い訳も立つだろう。
リーリアは少しの間レーデルの顔をのぞき込んでいたが、結局承諾した。
「わかった。あと一つだけ」
「まだあるのか」
「ここって、時間を告げる鐘の音が聞こえるの?」
「あっ。それは……」
一瞬焦ったレーデルだったが、ちょうどその時、時を告げるどこかの教会の鐘の音が洞窟の中に聞こえてきた。
「……この通り。ばっちり聞こえるだろ?」
あらかじめ知っていたかのように、レーデルは言い切った。
リーリアは疑いの眼差しを向けていたが、すぐに肩をすくめ、小さく笑った。




