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その5 邪眼を持つ者


「どうですこの眺め? 絶景とは申しませんけど、なかなか悪くないでしょう?」


 右手に広がるスラムの風景を眺め下ろしながら、アレクトは言った。

 レーデルたちはとある廃屋の四階、テラス席に来ていた。


「たしかに絶景じゃ無いけど、悪くないね」


 レーデルはそう感想を述べた。

 手前側にはスラムのみすぼらしい風景が広がり、遠くにはホルスベック中心部の立派な建物が並んでいる。両者の間にはっきりとしたラインがあるわけでなく、廃屋の街並みは徐々に普通の建物、高級な建物へと入れ替わっていく。

 誰が意図したわけでもなく生み出された光景なのだろう。誰かが指揮を執ったわけでもないのに、決して無秩序ではない風景が生まれていることに、レーデルはある種の感動を覚えた。


「あなたはどうです? アルケナルさん?」

「……このテラス……朝はまぶしそうね……」


 ごく当たり前なことを言いながら、アルケナルは席に着いた。

 テラスには薄汚れた白いテーブルがあった。それを囲んで、レーデルとアレクトも椅子に座る。


「さて……すいませんねえ! お飲み物の一つも用意できませんで。よもやこんなところでレーデルさんと会えるとは思いもしませんでねえ」

「そんなの期待してないよ。それより、おまえがなんでアッカニアのコレクターの殺人事件について知っているのか――」


 レーデルが本題に入ろうとするより早く、アルケナルが口を挟んだ。


「ちょっと待って……まず、二人の関係について、もう少し知りたいんだけれど……?」

「ああ! ご説明するの忘れてましたねえ!」


 アレクトは嬉々として語り始めた。


「レーデルが以前、真面目に勇者稼業をしていたのはご存じですよねえ? その頃に三度ほど戦っているんです。命がけの決闘でしたよ。残念ながら戦績は三戦三敗、つまり私のぼろ負けだったわけですが――」

「三回とも紙一重の差だ。アレクトが三勝していてもおかしくなかった」


 レーデルはそう訂正したが、アレクトは勢いよく首を横に振った。


「いえいえいえ! 紙一重でも、三度同じ結果となれば、そこには覆しようのない実力差があったということですよ! 特筆すべきは、その三度とも、レーデルさんが私を見逃してくれたことでしてねえ」

「とどめを刺す余裕がなかっただけさ」

「そんなことありません! それで、何度も命を賭けて戦ううちに、私としてはなにやら親愛の情が湧いてきましてですねえ」


 アレクトは椅子をレーデルの隣に置き、思い切り身を寄せてきた。


「その後レーデルさんが勇者の称号を剥奪されたと聞いて、もはや戦う必要はない、それどころか大魔王軍のエージェントとしてスカウトすべき、と考えましてですね。こうしてしばしば説得しているわけですよ」


 アルケナルとアレクト、両サイドから挟まれる格好になって、レーデルとしては逃げようがなかった。


「昔の敵は今日の友……ってノリかしら……」

「そうそうそれ! 私とレーデルさんは今やとっても仲良しなんです。是非とも大魔王軍に加わって戴いて、もっと仲良くなりたいんですけどねえ」

「そんなに身体をくっつけてくるなよ! 雌犬かな君は?」


 ウザさを隠そうともせず、ルーティが挑発する。

 しかしアレクトの陽気な態度は小揺るぎもしない。


「ルーティさんも相変わらず口が悪いですねえ! レーデルさん、時々お仕置きをした方がいいですよ?」

「そうする。わかってくれたかな、アルケナル?」

「おおむね……。でも、大魔王のしもべと仲良くなっているなんて、意外ね……」

「魔界の連中も一枚岩じゃないってことだ。詳しく話すと……いや、それは今は関係ないな。とにかく本題だ。アレクトはなんでコレクターが殺されたのを知っていた?」


 問われて、アレクトは一旦レーデルから身体を離した。


「私も大魔王様のエージェントの一人でしてね。魔界と人間界の間にいさかいを起こすべきではない、という大魔王様の意志を実現すべく活動しているわけです。ところが魔界の中には、その無用な諍いを起こそうとしている厄介な奴らもいるわけですよ。そいつらがアッカニアのコレクターを殺したんです」

「特定できているのか」

「ええ。ジベルにカリストという名のテリオノイドが、主犯です」

「テリオノイドね……」


 推測が当たったからといって、アルケナルは少しも嬉しそうではなかった。


「その二人の目的は? コレクターが持っていた兜を盗んでいったみたいだけど……」

「それについては、こちらからも確認させていただきたいことがあります。レーデルさん達も、集めてますよね? 双月の竜騎士の武具」

「…………」


 レーデルとアルケナルは無言で視線を交わした。

 守秘義務の都合上、どこまで話したものか、にわかには判断しかねた。

 アレクトは推測を適当に口走る。


「竜騎士が封印しているという財宝を手に入れるためではありませんか? そんな伝説が流布してますものねえ?」

「二人のテリオノイドも、財宝の封印を解こうとしている……?」


 アルケナルの質問に、アレクトは頷き返した。


「そんなところです。となれば、連中とあなた方の衝突は避けられない。わかりますね?」

「そのようだ。認めるよ、たしかに俺たちは双月の竜騎士の武具を探している。財宝の封印を解くために」


 レーデルは思い切って認めた。しかる後、アルケナルを見やった――事後承諾を得るために。

 アルケナルも渋々という体で首肯した。


「仕方なさそうね……本当にアレクトは信用できるのよね……?」

「信用できますとも! そもそも私はレーデルさんを助けるために、この会合を設けたんですよ?」

「だったらお遊び半分で斬りかかってくるなよな」


 ルーティがツッコミを入れたが、アレクトは気にしなかった。


「秘密の情報をお教えしましょう。コレクター夫妻を殺した夫妻は、二人ともバジリスクテリオノイドですよ」

「バジリスク……」


 バジリスクとは、魔界に住まう小型の竜の一種である。魔眼の持ち主で、その視線で見据えた相手を石に変える力を持つという。


「あの夫妻は石にはなってなかったはずだけど」

「そうでしょう。バジリスクテリオノイドの力は、似て異なる物です。視線が会った相手を完全な金縛り状態にしてしまうんですねえ。それであのかわいそうな夫婦は呼吸を禁じられてしまった」

「そういうことか。それなら色々腑に落ちるな」


 夫婦は他人に一切触れられずに窒息死し、抵抗した跡もなかった、という遺体の謎に対する明快な答えだった。


「……なるほどね……でも厄介な話ね……そんな奴らに勝てるの……?」


 アルケナルのもっともな懸念に、アレクトは笑顔で応じた。


「重要なのは、目と目が合った時に金縛りに遭うという点です。向こうから一方的に見られただけでは金縛りにはならなりません。攻略するには、そこが重要だと思いますねえ」

「……目をそらしながら立ち回ればいい、と……? 言うのは簡単だけど、随分不利じゃない……?」

「そこは工夫が要りますかね。案としては、不意打ちで一気に決めてしまうとか。あるいは、セレナさんの遠距離投石で決めてしまうという手もありますねえ」

「とはいえ、必ずしも不意打ちを仕掛けられるとは限らない……」

「そこで第二の手段。テリオノイド一人に対して私達が二人で挑めば、どっちかが攻撃できますよ。というか、そのためにレーデルさんに声をかけたんですよ。さしもの私も、一人では手に余る敵ですから」

「もう一つ案がある」


 レーデルが挙手し、発言を求めた。


「向こうの視界が塞がっている状態なら、金縛りは発生しないんだよな?」

「当然そうなりますねえ」

「連中が真っ暗闇の中にいたら、力は発揮できない、と考えていいのか?」

「多分そうでしょうよ。でもその時は、こちらも何も見えないと思いますが……」

「それが違うんだよなあ」


 自慢げに、ルーティが胸を張ってみせた。


「実はルーティには暗視能力があって、俺はその力を借りられる。一方的に倒せるってことにならないかな?」

「あ、そうなんですか?」

「つい最近も、暗視の力で異端審問官を斬ったばかりだ」

「まだ教会に狙われているんですか。教会もしつこいですねえ」

「しつこいもなにも、連中は絶対に俺を許してくれないよ。それはともかく、闇討ちを仕掛けられればバジリスクテリオノイドにだって確実に勝てる。奴らの居場所、わかるか?」

「さすがにそこまではわかってないんですよねえ。ホルスベックに来ているのは確実なんですけど」


 全員黙り込み、短時間その場を沈黙が支配した。

 沈黙を破ったのはルーティだった。


「だったら、敵を誘いだしたら? エサはいくらでもあるんだし」


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