その6 美少女フィギュアを公衆浴場に持ち込んではいけない
緑に囲まれたヘルベルト家の屋敷の正門が開き、二台の馬車を迎え入れた。
そのうち一台は屋根のない二人乗り馬車で、その客席には奇妙な人物が乗っていた。
エビン・ヘルベルトの服装を着て、エビンに変装した、レーデルだった。
(敵がこの屋敷の出入りを見張っているなら、絶対に気づいているはず……)
そんなことを考えながら、レーデルは馬車に揺られている。
ほどなく馬車は邸宅の玄関先で停車。玄関から執事が一人現れて、レーデルの降車に手を貸す。
「お帰りなさいませ、エビン様」
黒い礼服に身を固めた、妙に細長い男性だった。しかしなよっとしているわけではなく、眉毛は太く、髪の層が厚く妙に黒々して、強い生命力を感じさせる人物でもある。
彼の名はアンズヴィル。エビンが「武闘派」と語った執事だった。
「いつもすまないね、アンズヴィル君……」
レーデルはエビンを演じながら玄関先に降り立った。
と、アンズヴィルが身を寄せ、小声でささやいた。
「エビン様はこの程度のことで私に礼を言ったりはしません。あと君付けはしません」
ダメ出しだった。
「以後気をつける。というか演技が必要なのはここだけだろう」
「たとえ一瞬でも演技は完璧であるべきです。どこから敵が見ているか分からないんですよ」
「…………」
レーデルは何も言い返せなかった。
ルーティがレーデルの上着の懐から顔を出し、言う。
「アンズヴィルの言うとおりだね。敵にばれたらどうするの」
「おまえこそ敵にばれたらどうする。引っ込んでろ」
レーデルに押さえられるより早く、ルーティは上着の中に引っ込んだ。
レーデルが視線を上げると、アンズヴィルはルーティが隠れたあたりをじっと凝視していた。
「美少女フィギュアを肌身離さず持ち歩く変態勇者……噂は本当だったのですね」
「俺は変態じゃないし勇者でもない。いわれなき誤解だ。とにかく、さっさと着替えさせてくれ」
投げやりに言って、レーデルはさっさと屋敷の中に入っていった。後ろの馬車からアレクトたちが降りてくるのも待たずに。
「屋敷の中に敵を誘い込んで、ボコる。それだけ。ご大層な作戦じゃないよ」
と、レーデルは作戦概要を説明した。
レーデル、セレナ、アルケナル、アレクトに加え、執事アンズヴィルにヘルベルト家のメイド三人、御者兼庭師二人を交えての作戦会議である。使用人と外来の御用聞きなどが打ち合わせを行う部屋に集まり、一同は今後の方針を語り合っていた。
「君達に迷惑をかけることになる。本当に申し訳ないが、今夜から寝る時は部屋にしっかり鍵をかけて、外から絶対入れないようにしてくれ。敵は魔眼の持ち主で、目が合った相手を金縛りにする。アッカニアのコレクター夫婦はそれで窒息死させられた。この屋敷に留まるのが怖いなら、よそのホテルまで送り届ける。エビンさんから許可はもらっている」
レーデルの説明に、メイド三人は相談し、ホテルに宿泊することを選んだ。
一方で御者二人は留まることを希望し、アンズヴィルも、
「私はここに留まります」
と宣言した。
「自分の身を守れるだけの腕は持っているつもりですので」
「ああ、エビンさんから聞いたぜ。格闘技が強いらしいじゃねーか」
セレナが面白半分で聞くと、
「はい。そこらの人間には負けないと自負しております」
アンズヴィルは臆することなく答えた。
「ふーん? あたしもそこらの人間には負けないつもりでいるんだけど?」
「手合わせを望むなら、喜んでお相手しますが……?」
二人はにらみ合い、その場に緊張感が走った。
アレクトが二人に割って入った。
「はいはい! 二人ともそんなに腕自慢なら、来たるべき敵に対して振るって下さいよね! 無駄に体力を消耗している場合ではありませんよ? というか夜に備えるため、仮眠の時間を取るべきです」
「同感……というか正直、私眠いわ……」
心の底からの賛意を示すかのごとく、アルケナルは深く頷いた。
アンズヴィルは素早くアルケナルに歩み寄った。
「では、寝室をご用意致しましょうか?」
「寝室はいらない……。この家、井戸はあるかしら?」
「井戸……?」
面食らうアンズヴィル。
そこへレーデルも要求を突きつけた。
「井戸で思い出した。この家、水浴びできるところある?」
ヘルベルト家の井戸は家の横手、正面入口からかなり奥まったところにあった。すぐそばに花が咲き誇るガーデン、庭道具を収めた小屋などがあり、周囲は植え込みなどで囲まれている。
レーデルは全裸になって植え込みの陰に身を隠し、桶にくんだ水で体を洗い始めた。
「意外にきれい好きなのね……」
井戸のへりに座ったアルケナルが、植え込み越しに声を投げた。
「そんなことはない。単に、なかなか体を洗う機会がなかったってだけだ。今のうちに身体をきれいにして、寝て、夜に備える」
「機会が無いって……ホルスベックの公衆浴場の場所、ご存じない……?」
「知ってるよ。知ってるけど、敷居が高いんだ」
「それはまた……何故……?」
「ルーティのせいに決まってるだろ」
その場でレーデルはルーティを掴み、アルケナルに見えるよう高く掲げた。
「あら……ルーティも裸……」
ルーティも服を脱ぎ、裸になっていた。
「仕方ないだろ。レーデルがむちゃくちゃ水をぶっかけるんだもの。濡れた服を着る趣味なんてボクにはないよ」
「これが問題だ」
レーデルは苛立ちを隠そうともしなかった。
「俺が入浴する時は、ルーティも脱がなきゃならない。……これを公衆浴場でやったらどうなる」
アルケナルはその光景を想像し、理解した。
「端からは、レーデルが美少女フィギュアの服を脱がせたように見える……」
「それよ! 美少女フィギュアと一緒に浴槽に浸かるド変態だ、って俺は周りに見られるんだよ!」
「うーん……たしかにそれはド変態としか言いようがないわね……」
「だから公衆浴場にはあまり行きたくないんだ。さりとて、他に水浴びができる場所はあまりないし。だからこういう機会は逃したくないんだよ」
「気にしなきゃいいのに。少なくともボクは気にしない」
ルーティは身も蓋もないことを言った。
「俺は大いに気にする。死にたくなるほど恥ずかしい」
「ま、気持ちは分かる。ボクの美しく豊満な裸体を眺めていれば、股間が大きくなるのも当然だ。公衆浴場では少々不作法だろう……」
「少し黙っててくれるかな?」
レーデルはルーティの顔面を掴み、強引に黙らせた。
「むーっ! むーっ!」
「魔神像の呪いには、そういう不都合もあるのね……」
アルケナルは真面目な顔で何度も頷き、得心していた。
やがてレーデルは水浴びを終え、ルーティとともに着替え直し、植え込みの陰から出てきた。
「お疲れ様……」
「あれ、アルケナル。まだ井戸に飛び込んでないの」
「レーデルを見ていたら……私も水浴びしようかと思って……」
アルケナルはつるべを引き上げ、水くみを始めた。
「だからレーデル……見張りをしてくれないかしら……?」
「マジ?」
レーデルの脳裏に、アルケナルの一糸まとわぬ姿が浮かび上がった。
しばし脳内想像図に見とれてしまうが、ふと我に返り、頭を左右に振って想像を追い出す。
「ゲフン! ああ、任せろ。のぞき魔が出ないよう見張るよ……」
水くみを手伝おうと井戸に近づこうとした、その時。
屋敷の方から、大窓がブチ割られるような音が聞こえてきた。
「…………!」
二人は視線を交わし、すぐさま弾かれたように駆け出した。




