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その19 誰もが冷たい方程式


「てめえの始末くらいてめえでつけてやる!」


 ルーティに支配された氷の精霊と対峙したゼドは、改めて炎の精霊を喚び出した。

 炎の精霊が、突進してきた氷の精霊を両腕で組み止める。

 炎と氷が触れあって、凄まじい量の蒸気が立ち上り始める。

 互いの力を打ち消し合って、炎の精霊はその火勢を弱め、氷の精霊はどんどん解けていく。

 力を失っていく速度は、両者ともほぼ同じに見えたが――


「これはよろしくないね!」


 先に、ルーティが身を引いた。

 ゼドは精神力が持つ限り何度でも精霊を召喚できるが、ルーティはそうはいかない。氷の精霊が完全に解けてしまえば、ルーティは無力化して、レーデルのもとに戻る羽目になる。


「レーデル、チェンジ!」

「承知!」


 すぐさまレーデルはルーティと対手を取り替えた。氷の精霊がサドワを抑え、レーデルはゼドに対峙する。

 ゼドは炎の精霊をレーデルに突撃させたが、


「うっとおしい!」


 ナイトフロストの一振りで、レーデルは炎の精霊を斬り伏せた。

 精霊の身体が消え去るのも見ず、そのままゼドに突進し、腰の入った袈裟斬りを放つ。


「せええええっ!」


 ゼドも力強く剣を振り、レーデルの剣を大きく跳ね返した。

 そのまま反撃に来る――と思いきや、ゼドは大きく飛びすさり、間合いを取る。

 おや、と思ったレーデルだったが、すぐに気づいた。

 ゼドが消耗し、肩で大きな息をしていることに。


(精霊を連続で喚んだせいだな……!)


 精霊召喚に限らず、魔法の使役には、使用者の精神的消耗を伴う。

 アルケナルのように魔法を常用している者であれば、おのずと精神力もタフになり、そう簡単には息切れを起こさないものだが、ちょっとした余技レベルで魔法を扱う者だとそうもいかない。そして、精神的負担は体力的消耗に直結するのである。


(……この機は逃がさん!)


 レーデルは大股にゼドとの間合いを詰めた。わざとニタニタ笑い、隙丸出しで。

 なめてかかったような態度が、ゼドの焦りに油を注いだ。


「なめてんじゃねえッ!」


 怒りにまかせ、ゼドは飛び込んできた。大上段に剣を掲げて。

 咄嗟に繰り出された力任せの一撃に、レーデルはすっと表情を無にし、するりと受け流す。

 ゼドの横手に回り込み、歩幅は小さく、しかし力強く踏み込んで、肩と肩をぶつける。

 横からの衝撃に、ゼドはあっさりと体勢を崩される。

 レーデルの万全の斬撃と、ゼドの苦し紛れの斬撃が交差した。

 数拍の後――


「……ぬううううっ」


 ゼドの身体がよろけ、地面に崩れ落ちた。

 レーデルはわずかに顔をしかめた。腕をわずかに斬られた感触があったが、浅手だった。

 残心を保ち、ゼドを見やる。

 ゼドは地に伏せ、身体をけいれんさせていた。もはや反撃の余力も残っていなかった。


「……なんでだ……」


 か細い声が、地に伏せたゼドから漏れ出した。


「俺は心安らかな生活を求めただけなのに……なんでこんな……」

「…………」


(サドワなんぞと手を組むのが悪い)


 とレーデルは思ったが、死にゆく相手に冷たい言葉をかけるのはためらわれた。


(それより、サドワだ)


 ゼドに背を向け、ルーティに加勢すべくくるりと振り向く。

 途端、レーデルの目に飛び込んできたのは――


「……せえっ!」


 今まさに、氷の精霊の横を斬り抜けた、サドワの姿。

 氷の精霊は、サドワに向き直ろうとして――

 胴が突然、斜めにずれた。

 サドワの剣によって断たれた断面がずるりと滑り、精霊の上半身が音を立てて地面に沈んだ。


「……まだだ!」


 ルーティは精霊の上半身だけを操り、地を這って、サドワの両脚を抱え込もうとしたものの、


「しつこい!」


 伸びてきた氷の手を、サドワは剣を叩き落とし、二つとも粉砕。

 しまいには、脳天に真っ向からの一撃を加え、上半身までも縦真っ二つに砕いた。


「ここまでか……!」


 砕けた氷の中からルーティの身体が弾かれたように飛び出し、レーデルのもとへ落ちる。

 レーデルは左手でルーティを捕まえて、


「……冷たい!」


 目の覚めるような冷気に手を打たれた。

 ルーティはレーデルの肩に飛び移り、顔の側面に抱きつく。


「仕方ないじゃないか。あんなところにいたらさあ」

「ヒッ! 顔まで冷たい! ちょっとは気を遣え!」

「そんなこと言ってる暇ないだろ、レーデル!」


 レーデルの文句を無視して、ルーティはサドワを指さす。

 サドワが、静かな歩調で近づいてくる。呼吸こそやや乱れているものの、ダメージを負っている様子は見受けられない。


「おいルーティ。おまえ、一方的にやられたのか。サドワの野郎、ピンピンしてるじゃないか」

「あいつの方が強いんだもの。むしろ、しっかり時間を稼いだことを評価して欲しいね」

「やれやれ……」


 大きなため息を、レーデルは吐き出した。

 サイリオスと戦った直後からの連戦である。無視し得ない消耗が、レーデルの身体を鈍らせている。

 持久戦に持ち込まれたら、レーデルの方が不利。

 となれば、一気にケリをつけるしかない。


「ここで終わりにする……」


 レーデルは剣を立て、柄を顔のそばに寄せる構えを取った。


「終わるのは貴様だよ……!」


 応じて、サドワは脇に構えた。身体の陰に剣身を全て隠し、レーデルを見返す。


(珍しい構えを取ったな……?)


 やや、レーデルは意表をつかれた。サドワがこんな構えを取るところは見たことがなかった。

 候補生時代には、訓練中に木剣での実戦的勝負を何度か繰り返したものだ。その頃から互いのことが気に入らなかったので、勝負そのものより、教官の目をかいくぐって相手に痛撃を与えることの方に熱中していた気もするが。


(サドワに対しては、正々堂々の勝負なんてやる気は一切無い……どんな卑怯な手を使ってでもブチ殺す!)


 右へ右へ、レーデルはサドワの周囲をめぐる。螺旋を描くように、じわじわと間合いを詰めていく。

 大切なのはタイミングだ。魔剣ナイトフロストの飛沫を振りかけ、サドワに目つぶしを仕掛けるには、完全に不意をつかねばならない。そして、確実に当てる。

 互いの距離に集中し、レーデルは慎重に間合いを計り続けた。

 ほんのわずかずつ距離を詰めていき――ついに、決定的な線を踏み越える。

 レーデルが踏み込んだ瞬間――


「そらよっ!」


 いきなりサドワが氷の塊を投げつけてきた。氷の精霊の破片の残り物を。

 完璧なタイミングのカウンターとなり、氷塊はレーデルの顔面に激突する。


「ッ!?」


 レーデルの目の前に星が飛ぶ。一瞬見当識を失う。

 サドワはそこへ大きく踏み込み――


「おらああァァ――ッ!」


 横構えから、渾身のフルスイング。

 レーデルは咄嗟に受けたものの、受けきれず――


「レーデル!?」


 ルーティが叫ぶ。

 どすん、と鈍い衝撃。

 そして激痛。

 サドワの刃は、レーデルの胴に深く食い込んでいた。


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