その18 炎と氷と風と
「行け! レーデルを焼き殺せ!」
ゼドの声に従い、炎の精霊がレーデルに襲いかかる。
精霊のサイズは人並。アルケナルが喚ぶ精霊に比べればはるかに小さいが、まとう炎は大きく激しく、十分に脅威だった。
しかしレーデルは――
「この程度!」
精霊が打ち放ってきた炎の玉を、ナイトフロストで軽く受け止めた。その黒い刀身に触れただけで、炎の玉は力を失って消滅する。
勢いのまま、レーデルは精霊目がけて突撃した。
精霊はレーデルへ拳を振り下ろし、迎え撃つ。
レーデルが斬撃で応じ、炎の拳と氷の剣が真っ向からぶつかり合うと――
精霊の拳があっさりと裂けた。
ナイトフロストは、バターでも切るかのように精霊の腕を裂いていく。
さらにレーデルは横薙ぎの一撃を、精霊の胴に叩きつけた。
炎の精霊は身を守る術を持たず、あっさりと両断された。上半身下半身ともに火勢を失い、ものの数秒で虚空へと消えていく。
レーデルは精霊にくるりと背を向け、ゼドに相対した。
「……チッ。氷の魔剣かよ」
ゼドは舌打ちしたが、すぐに新たな精霊を喚んだ。
「だったらこっちはどうだ!?」
新たに氷の精霊が姿を現し、レーデルの眼前に立ち塞がる。
これまた人並みサイズの精霊だったが、その身体を構成する氷は十分に分厚い。地を揺るがすような音を立てながら、レーデルに迫り、拳を振り下ろす。
「はあああッ!」
レーデルは真っ向から剣を振り、氷の拳を正面から受け止めた。
ガッキ、と耳障りな音がして、剣と拳がぶつかり合う。力比べになったのは一瞬のことで、氷の精霊が体重をかけ、力を込め直すと――
「ぬおっ!?」
レーデルは吹き飛ばされた。
氷の精霊はレーデルを追いかけ、左右のフックを乱打した。フックといえど凄まじいパワーを秘めていて、空を切るたびに凄まじい音がする。
(ちょっとでも引っかけられたらえらい目に遭うぞ……!)
レーデルは受けに回り、逃げる。
逃げながら、ゼド、サドワの様子を見やる。二人ともレーデルの逃げる方向へ回り込もうとしている。
このままでは挟み撃ちにされる、とレーデルが強烈な焦りを覚えた時――
「レーデル! ボクを……!」
ルーティがレーデルの鎖骨を強く叩いた。
「……!」
我に返ったレーデルは、逃げる足をわずかに緩めた。
直後、レーデルの視界を青白い氷壁が覆う。
氷の精霊が、レーデルを押し潰すような勢いで襲いかかり――
「頼むぞ、ルーティ!」
レーデルはルーティを左手で引きはがし、氷の精霊の胸に叩きつけた。
石のように固いはずの氷の内側へ、ルーティの下半身がぬるりと潜り込んだ。
「この精霊はボクが乗っ取る!」
精霊の胸から上半身を生やした格好になったルーティが、目を輝かせ、精霊の隅々にまで自分の魔力を行き渡らせる。
アルケナルの精霊の時とは違い、敵対的な乗っ取りだったが――
「……なんだと!?」
ゼドが驚きの声を上げる。喚び出した精霊から、自分の支配力が失われていくのを感じて。
今にもレーデルを押し潰そうとしていた氷の精霊が、動きを止めた。
しばし静止した後、ゆっくりと身体の向きをゼドの方に変える。
「フフ……こいつはボクの手足代わりになった。助かったよ!」
ルーティの声に応じて、精霊は軽く腕を振り、ファイティングポーズを取った。
「馬鹿な!? 帰れ、精霊!」
ゼドは精霊召喚を中断しようとしたが、何も起きない。もはや、精霊の支配権はルーティが完全に掌握していた。
「これなら二対二だ。まともな勝負になりそうじゃないか……!」
ルーティは氷の精霊を操り、ゼド目がけて突進を仕掛けた。
露骨にうろたえるゼドに、サドワが罵声を投げつける。
「何をしている、このアホが! 責任をもってそいつの始末をつけろ……!」
「人のこと言ってる場合かよ!?」
レーデルが一気に距離を詰め、サドワに斬りかかった。
斜め上から力一杯斬り下ろす――が、サドワは素早く剣を立て、受け止めた。
交差する剣越しに、二人の勇者はにらみ合う。
「今日こそおまえを叩っ斬る!」
「それはこっちの台詞だ!」
レーデルの叫びに、サドワも興奮気味に言い返す。怒りに顔を紅潮させ、しかし頬に刻まれた傷跡は白いままに浮かび上がる。
「おまえに受けた顔の傷! これの礼は必ず返す!」
「礼なんているかよ! 俺とてめーの仲だろうが! それでも礼がしたいってんなら、今すぐ死んでくれるとうれしいんだけど!?」
「死ぬのは貴様だ!」
二人は同時に飛び離れつつ、敵の首を狙う一撃を放った。攻撃はいずれも外れ、間合いを置いてにらみ合う格好となる。
互いにすぐには仕掛けず、呼吸を整えながら出方を見る。
勝負の行方はまだまだわからなかった。
「見えた……!」
ついに、ヨランは見いだした。
黒い竜巻の渦の向こうに浮かび上がる、幻のル・ロアンの風景を。
左手を伸ばし、身を乗り出して、ヨランは幻のル・ロアンに飛び込もうとする。
しかし――
「……んぐぅっ……ぬああああっ……!」
黒い竜巻は、ヨランの身体を裂き、無数の切り傷を刻みつけた。
鮮血が飛び、霧となってまき散らされる。
痛みをこらえながら、ヨランはあがき続けたが、ついに集中力が途切れた。
竜巻はふっと消え去り、幻のル・ロアンも消え去った。
「ヨラン!」
すぐさまリーリアがヨランの左腕に取りつき、治療を開始する。
「やっぱり無茶だよ! ヨランがぼろぼろになるだけじゃない……!」
「このくらい、大したことじゃないわ……!」
やせ我慢の笑みを、ヨランは浮かべた。
「もう少しでいけそうな感じなの! リーリア、早く治して!」
「それにしても見てられないぜ! そんな派手に血を流して……!」
シアボールドが話に割り込む。
「試し続けるのはいいとして、ヨラン以外が飛び込んだ方がいいんじゃないか? というか俺がやるぞ」
「いいえ……向こうに飛び込むタイミングはとても短いわ。私が行くべきよ。急がないと……」
傷がすっかり塞がっていないうちから、ヨランはリーリアの手を離れ、再び竜巻を生む構えを取った。
「ヨラン、もっとしっかり治してからの方が……」
「時間が無いの。今、見えなかった? レーデルが相手にしているのは一人じゃなさそうよ」
「なんだと!」
セレナが声を上げ、アルケナルも驚きに目を見開く。
「ゼド以外の誰かが残っているってこと……!? 誰が……!?」
「はっきりしないけど……」
ヨランは言葉を濁した。
だが実際、ヨランには見えていた。ゼドと組んでレーデルを襲っていたのは誰か。
見間違いさえしていなければ――
「……絶対に許さない……」
突然、ヨランの声に怨念のような気配がこもる。
その有無を言わせぬ態度には、リーリアも言葉を挟むことができなかった。つい、すっと身を引いてしまう。
「私が、レーデルを必ず助けてみせる……!」
左腕を高く掲げて、ヨランはもう一度黒い竜巻を生み出し、解き放った。




