その20 壁を越え、砕く力
「……ッ……!!」
ナイトフロストで受けには入ったものの、一手遅かった。
サドワの横一線の斬撃が、レーデルの胸に食い込んでいた。
目を剥くレーデル、対照的ににたりと笑うサドワ。
そのまま力を込めて引き斬り、とどめとなす――
――はずが。
「……なにっ!?」
サドワの剣が、動かない。
引き斬りができず、剣を引くこともできない。
レーデルの傷口と血が凍り付き、サドワの剣を噛み止めているからだ。
「だめ押しされると……困るんだよねえ!」
ルーティが氷結魔法で傷口を丸ごと凍らせていた。
魔剣ナイトフロストが放つ冷気のアシストによって、初めてできる技である。
レーデルの出血を食い止め、これ以上深手を負うのを食い止め、そしてサドワの剣を食い止めていた。
「貴様ら……っ!?」
サドワはとどめを諦め、単純に剣を引きはがしにかかった。しかし氷結力は強く、たやすくは剥がれない。
その判断が、致命的だった。
レーデルはナイトフロストを握り直して、
「……うるああぁぁ――っ!!」
至近距離から、サドワの胴を薙いだ。
「…………ッ!!」
サドワがのけぞる。
一撃のショックで、ガキンと音を立ててサドワの剣がレーデルの胸から外れる。
サドワはたたらを踏みながら後ずさり、体勢を立て直そうとしたが、右足がずるりと滑り、ひざまずく。
いつの間にやら、手のひらにべっとりと血。
それを見て初めて、サドワの顔が青くなる。
「一撃必殺……とまではいかなかったか……」
追い打ちをかけようとして、レーデルの胸に激痛。思わず足を止める。
それでもレーデルは不敵な笑みを浮かべ、言う。
「お互いに手痛いのをもらっちまったな……。でも、俺には仲間がいる。時空の壁を越えて、ここから出られりゃ、治してもらえる……。おまえはどうだ? その傷を治してくれる味方がいるのか?」
「グ……!」
サドワは返答につまり、レーデルを睨み返すことしかできなかった。
レーデルもサドワも、負ったダメージは同程度。しかし回復手段を考えれば、レーデルの方が圧倒的優勢ということになる。
だからサドワは――
「……味方に会えなきゃ、意味が無いだろうが……!」
必死に立ち上がって、逃げ出した。
「あっ! 野郎、待ちやがれ!」
レーデルはすぐに追いかける。
互いにダメージが大きく、逃げる方も追う方もまともに走れない状態だったが、
「あばよ、レーデル!」
サドワはレプリカ剣の力を介し、幻のル・ロアンを改造した。
すっかり更地と化していたエリアに、街並みが戻り始める。
レーデルの眼前にもいきなり壁が生えて、視界を完全に覆い隠してしまった。
「レーデル、回り込むんだ!」
「言われなくても!」
よろけながらも壁沿いに走り、サドワを追うレーデル。
しかし壁を回り込んだ先に待っていたのは、深く入り組んだ裏路地だった。
絶望感に襲われたレーデルだったが、
「必ず捕まえる……逃がすもんかよ!」
自分に言い聞かせるように声を張り上げ、追跡を続けた。
「フフ……アホが! いくらでもこの街をいじれる俺に追いつけると思っているのか……!」
十数メートル向こう側で、サドワはレーデルの叫びを聞いていた。
直線距離では大したことはないが、二人を結びつけるルートはまさしく迷路、右へ左へ曲がりくねっている。正しい道のりは、サドワ自身にもわからない。
もはやレーデルを振り切ったも同然だった。胸を押さえながら、サドワは笑みを浮かべる。
「レーデル……おまえはこの幻の街を永遠にさまよってろ……! あとで首だけはもらってやる! フフフ……あーっはっはっ!」
レプリカ剣の力で、サドワは現実世界へ戻るゲートを眼前に出現させる。
重い足取りで、しかし笑みを絶やさず、サドワはゲートをくぐろうとして――
「……がっ!?」
突然の衝撃に足を取られ、その場にもんどり打って倒れる。
あまりにも突然すぎる事態に、サドワはパニックに陥った。
「いきなり何が……!?」
とまで言ってから、サドワは気づいた。
サドワの足を襲ったのは、黒い旋風だということに。
勇者候補生時代の忌まわしい記憶が一気に蘇り――
「……お久しぶり……」
サドワの背中に、女性の声が投げつけられる。
かっと目を見開くサドワ。ゆっくりと振り向き直し、
「ヨラン……!?」
ゲートの向こうからやってきたヨランの姿を視認した。
ヨランは、左腕をはじめ、全身血まみれの状態だった。しかし両目だけは爛々と輝き、サドワに憤怒の眼差しを受けていた。
「やっとうまくいった……あなたが道を作ってくれたのね……」
ふらりふらり、とヨランは今にも倒れそうな足取りだったが、刺突剣を構えた途端、揺らぎは収まった。
明確な殺意を感じ取ったサドワは、
「……うああああ――っ!!」
レプリカ剣にて斬りかかろうとしたが、
「遅い!」
ヨランの鋭い一突きが、サドワの右腕を正確に貫いていた。
「んぐううううっ」
サドワは激痛に顔を歪め、それでもレプリカ剣を離さず、左手でヨランの顔面にしがみつこうとするも、
「後悔していることがあるのよ……」
ヨランも左手で、サドワの左手を捕まえた。
「候補生の時に、あなたを半殺しにしたけれど……」
至近距離からヨランの眼光に射すくめられ、サドワは声も出せないほどにすくみ上がった。
「……本当に殺しておけば、ってね……!」
ヨランの左手に黒い旋風が宿る。
「やめろっ。やめろぉぉ――っ!」
サドワが叫び終えるよりも早く、ヨランは己の身を黒い竜巻と化し、サドワを巻き込んだ。
「…………ぁぁぁぁああああ……」
奇妙な悲鳴を、レーデルは聞いた。
遠くから、しかし確実に近づいてくる、断末魔のような悲鳴。
「これはただごとではなさそうな……」
ルーティの言葉に、レーデルも身構え、声が飛んでくる方向を確認する。
「こっち……」
声の方向を、レーデルは向く。
直後、道を塞ぐ壁が、突然爆裂した。
「…………!?」
余力の無いレーデルは、その場に倒れるように伏せるのが精一杯だった。
壁を砕いて飛び出してきたのは、黒い旋風。
反対側の壁に激突して、蜘蛛の巣のような巨大なひびを刻みながら、ついに止まる。
黒い旋風が弱まって、その中から現れたのは、壁に叩きつけられたサドワと――
「……ヨラン!?」
サドワを全力で壁にぶち当てたヨランだった。
二人の身体が地面に落ちる。
ヨランは辛うじて膝から着地し、しゃがんだ姿勢を保つ。
サドワは壁を滑り落ち、脳天から地面に激突。そのままぐにゃりと崩れて、通常ではあり得ない丸まった格好になった。
カラン、とサドワの手からレプリカ剣がこぼれ落ちる――が、レーデルはそのことに気づかなかった。
「ヨラン! どうやって戻ってきた……!?」
必死に身体を引きずり、ヨランのそばに寄る。
ヨランはどうにか首をもたげると、レーデルに力ない笑みを向けた。
「どうにかしたのよ……力づくでね……」




