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その13 模倣剣対黒嵐剣


「現れたな。レーデル・クラインハイト……」


 ロシエルはレーデルをめざとく見つけると、壇上から飛び降りた。

 聴衆達はさっと退き、スペースを円形に空けた。決闘場が形作られ、その中にレーデルたち一行が取り残される。

 レーデルはロシエルを見返した。

 外見は、まごうことなきロシエル・デア・ドレクセン。

 しかしその細かい所作には、違和感があった。

 まるで、人形遣いがロシエルの身体を人形として動かしているかのような。


「あんた……師匠じゃないな……!?」

「その通り。私はル・ロアンの救世主、勇者サイリオス」


 ロシエルに取り憑いたサイリオスは、あっさりと認めた。


「この男の記憶はおおむね把握した。隣にいるのは、リーリア……リーリア・ファン・クラムだな? かつてこの男が剣の手ほどきをした相手だ」


 リーリアは大いに動揺していた。


「先生、どうして……! やっぱり一人でサイリオスに挑んだの……!?」


(やっぱり、だと?)


 その言葉が引っかかり、レーデルはリーリアを見やる。

 途端、リーリアは申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん、レーデル……。実は私、ロシエル先生に会ったんだよ、この間……」

「なんだって! どうして黙ってたんだよ!?」

「口止めされてたから……」


 ふと気づいて、レーデルはくるりと振り向いた。リーリアと同行していたはずのシアボールドを見やる。


「リーリアの言うとおりだ。おまえの師匠に黙っておけって言われたんでね」

「その時に、単身でサイリオスに挑むってことも言ってたのか」

「ああ。サイリオスを片付けて、レーデルとの一騎打ちの環境を整えるつもりだったらしいが……」

「なかなかの強敵だったぞ」


 と、サイリオスが話を引き取った。


「そもそも、単身で要塞に侵入して、私に不意打ちを食らわせた人間なんて初めてだ。勝負の結果はこの通りだがな」


 自分の胸を、サイリオスは叩いた。


(これは予想外だぞ……)


 レーデルは焦る。

 よもや、サイリオスがロシエルをも凌ぐレベルだとは想像だにしていなかった。

 そして今、サイリオスは例のレプリカ剣でなく、ロシエルの白木の鞘を左腕に抱えている。


「前に持っていた剣はどうした?」

「あれは要塞に置いてきた。今回はこの武器を使わせてもらう」

「先生の記憶を読んで、使い方を習得したのか」

「そういうわけではない。勘違いされがちだが、私が読める記憶は表層にあるものだけだ。長年の訓練で身体に染みこんだ技術ってのは、簡単に読めるものじゃない」

「ということは……」

「私は、他人の武芸を見よう見まねで再現するのが得意でね。だから勘違いされる」


(師匠の技を見よう見まねで再現できる、だと……)


 本当だろうか、とレーデルは疑ったが、


「例えば、こうだ」


 ロシエルは白木の鞘を両手で握り、構えてみせた。ロシエルの構えとは全く異なっているが――


「うっわ。レーデルの構えにうり二つじゃねーか」


 セレナが妙な声を漏らした。


「本当かよ」

「完全にそっくりだって。レーデル、自分の構え方を鏡で見たこととかねーのかよ」

「今まで鏡と戦ったことはないんで」

「そりゃねーだろ。とにかく、ありゃ武器を一緒にしたら、遠目にはレーデルだって勘違いするって」

「なんとまあ……」


 まだ完全には信じられず、レーデルはアルケナルにも意見を求める。


「そっくりすぎて、気味が悪いレベルね……」


 アルケナルにまでそう言われては、信じるしかなかった。

 となると、ロシエルを打ち倒すレベルの強さを持つサイリオスが、さらにロシエルの剣法を身につけているということになる。


(前回よりもさらに絶望的じゃないのか……!?)


 つい、レーデルはヨランを見やる。

 意外にも、ヨランは一切動揺している風はなかった。しっかりとサイリオスをにらみつけて、決闘に備えて精神を集中させている。


「あの人が、レーデルの師匠なのね」


 レーデルの視線に気づくと、ヨランは小さな微笑みを返した。


「ちょ……ちょっと待ってくれ。ここはやっぱり俺が戦うべき……」


 レーデルはヨランを止めにかかった。が、ヨランは首を横に振る。


「その話はもう終わってる。サイリオスとの決闘は私に任せる、とレーデルは言った」

「それはそうなんだけど……」

「私がやる。これ以上迷わせないで」


 切迫した調子で迫られては、レーデルも反論しようがなかった。これ以上口を挟めば、ヨランの集中を害する恐れがある。

 無言で頷き、ヨランの主張を認めた。


「……わかった。約束通り任せる。師匠は恐ろしく強いぞ……」

「そのようね。でも大丈夫。私にだって、手はある」


 左手を伸ばし、レーデルの肩に置いて、ぎゅっと握った。

 そして、一歩進み出た。


「勇者サイリオス! 私が相手よ!」


 すらり、とヨランは刺突剣を抜いて、その切っ先をサイリオスに向けた。

 しかる後、左手の指で刀身を撫で、対アンデッド用の付呪を施す。

 ヨランはその手の魔法も操れるのか、とレーデルは感心した。


「ヨラン・ヤシンバラ……なかなかの使い手とは聞いている」


 サイリオスは決闘場の中央近くに進み出ると、左手を胸の前に突き出し、白木の鞘を真横に構えた。

 以前にロシエルが披露したのと全く変わらない、堂に入った構えだった。


(師匠の剣技のコピーは完璧か……)


 そう悟らせる説得力が、その構えにはあった。手袋を付けず素手で鞘を握っているところも、しっかりと模倣している。

 ロシエルの技を扱いきれないのではないか、という淡い期待は、完全に消えた。

 しかし、ヨランに怯む様子はない。サイリオスを見据えたまま、レーデルに声をかける。


「レーデル……どんな結果になっても、恨まないでよ」

「恨むわけがない。たとえ師匠だろうと、今は敵だ。気兼ねなくやってくれ」

「そうじゃなくて。私が殺されても恨まないでね、ってこと」

「……おい、ヨラン……!」


 レーデルの返答を待たず、ヨランは戦いの場へ進み出ていった。


(やっぱり止めるべきじゃないのか……)


 逡巡の末、レーデルは一歩踏み出した――が、リーリアがレーデルを止めた。首を横に振ってから、


「ヨランのいいようにさせてあげて……ヨランは、レーデルに恩返しをしたいって心の底から思ってるんだよ……たとえ、命を失うことになっても……」


 と告げ、レーデルを真摯に見つめる。

 レーデルは苦悶の息を吐き――結局、踏み出した足を戻した。ギャラリーの一人として、戦いを見守ることを決意する。


「頼むから勝ってくれよ……」


 祈りを捧げつつ、レーデルはヨランを凝視した。

 ヨランは無造作にサイリオスに近づいて、ある地点でぴたりと足を止めた。ヨランの剣先がサイリオスに届くや届かざるや、という地点である。

 そして構えた。右半身を前に、右手一本で刺突剣を握り、肘を曲げつつ、切っ先をサイリオスに向ける。

 サイリオスは鞘を握ったまま、不動の体勢で立ち尽くした。

 二人がにらみ合う。

 いつの間にかギャラリーのざわめきが収まり、場は静寂に包まれる。

 サイリオスが左へ、ヨランの背面側へじりじりと移動すると、ヨランも左へ進みながら、身体を右へ向けていく。

 円を描くような二人の動きは、ほんの少しずつ縮まっていき――

 ある瞬間、決定的な線を越えた。


「とあああ――ッ!」


 ヨランが大きく踏み込み、真っ向からサイリオスの顔面を狙った。

 サイリオスは柄の側を突きだし、刺突剣を払いつつ、はね上げてヨランの横顔を薙ごうとする。

 す、とヨランの全身が沈み、白木の鞘は空を切った。そのまま大きく身体を伸ばし、今度はサイリオスの腹部へ突きを放つ。

 くるりとサイリオスは鞘を回転させ、刺突剣を絡め取るようにやり過ごした。さらに回転を進め、逆にヨランの首を狙う。

 ヨランは大きく飛びすさり、間合いを取り直した。

 この間、ほんの数秒。


「……なんという使い手同士だ……」


 妙技の対決に、ジークルーネは完全に心を奪われていた。両手をぎっちりと握っていることに気づいていない。

 レーデルもまた、冷静ではいられなかった。いずれかの血が流れぬことには、決闘は終わらないだろう。避け得ざる破局的結末が待っていると思うと、とうてい見ていられるものではない。

 だが、レーデルは必死に戦いを凝視し続けた。目を背けることなど許されなかった。

 二人は代わる代わる攻めと守りを変え、目まぐるしく前へ後ろへ立ち回った。

 ある時は敵の攻撃を避け、ある時は受け止める。不定期に剣戟の音が鳴る。一方が白木の鞘であるため、剣が交わる音は妙に鈍い。

 剣を振るうスタイルは両者ともあまりに違いすぎるが、戦いは奇妙なほどに拮抗していた。両者の腕前はほぼ互角、何か紙一重の差が勝敗を分けるだろう――と、ギャラリーたちは見た。


(これなら、ヨラン有利か……!?)


 レーデルはそう感じ始めていた。

 ヨランには左手という切り札がある。この幻のル・ロアンごとねじ曲げる左手が。

 サイリオスの意識を敵の剣を捌くことばかりに集中させた瞬間、左手の一撃で持っていくつもりなのだろう。


「せええッ」


 白木の鞘が、ヨランの足下へ走った。

 退こうとしていたヨランの右足が鞘の先端に引っかかり、ヨランはバランスを崩して――


「……このっ!」


 苦し紛れに放った斬撃が、サイリオスの額をわずかにかすめた。

 反射的にサイリオスは身を引き、距離を置いて構え直す。

 再びヨランと向き合った時、サイリオスの顔面左半分は赤く染まっていた。ヨランの斬撃は薄く、しかししっかりとサイリオスの左眉の上を裂いていたのである。

 ほどなく、サイリオスは瞬きを繰り返し始めた。


(血が目に入った!)


 レーデルが思った瞬間、ヨランも仕掛けていた。サイリオスの左側に回り込みつつ、刺突を繰り出そうとする。


「させるかッ!」


 先手を取られる前に、とサイリオスが力任せの一撃でヨランを迎撃する。

 しかし、ヨランの攻勢はフェイントだった。落ち着き払って、護拳の部分で鞘を受け止め、思い切り打ち払う。

 サイリオスは鞘をはねのけられ、身体が開く。それでもヨランの剣に対して身を守る余裕はあったが――

 ヨランの本命は、左の手。


「……はあああ――っ!!」


 左手の周りに黒い渦を発生させると、ヨランはサイリオスの右半身目がけ、竜巻を打ち放った――


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