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その14 白刃必殺


「…………ッ!!」


 サイリオスの剣士としての勘が、生存本能がそうさせたのか。

 ヨランの左手に竜巻が現れた刹那、サイリオスは大きく踏みだし、腕一本で白木の鞘を突きだしていた。

 その狙う先は、ヨランの急所では無く――

 ヨランの左腕の袖。

 ほんのわずか、それこそ白木の鞘一本分しかないであろう隙間に、鞘の先端がきれいに潜り込む。

 そして、ヨランが曲げた左肘の部分に突き当たった。


「なっ……!?」


 左腕を伸ばし、竜巻を打ち放つつもりが、左肘を制されて急停止。

 竜巻はほぼその場に留まって、ヨランの左腕を裂いた。


「あぐっ……!?」


 ヨランは小さな叫びを上げる。

 サイリオスは鞘を袖に突っ込んだまま、ヨランを横へ振り回した。

 ヨランの肘が伸び、鞘はさらに奥へ潜り込んで、ヨランの背へ到達する。

 ヨランは背中を押される格好になり、たたらを踏んで、サイリオスに背を晒した。

 そして、サイリオスはするりと白刃を抜いた。


「ヨラン!!」


 レーデルが叫びを上げる。

 ヨランは首をねじり、サイリオスを見やる。

 しかし、腕を鞘で拘束されたまま、まともに身動きもとれず――

 その背に、鞘のわずかに下をなぞる横一閃を叩き込まれた。


「……がっ……!」


 漏れ出る悲鳴。

 一瞬遅れ、ヨランの背に横一線の斬撃が浮かび、鮮血が飛び散る。

 サイリオスは、鞘をヨランの袖から引き抜くとともに、力を込めてヨランを放り出す。

 ヨランは三歩、四歩とよろけて――力なく地面に突っ伏した。

 血まみれの左手で地面を掴み、ヨランは立ち上がろうとするも、立ち上がれない。

 白刃を一振りし、血を払った後、サイリオスは静かに納刀した。


「ヨラン! ヨラン!!」


 レーデルとリーリアが飛び出した。

 リーリアは即座にヨランの手当を始め、レーデルがそれを守るようにサイリオスの間に割って入る。


「……リーリア……」


 わずかに首を回して、ヨランが苦しげな息を漏らす。


「黙ってて! すぐに治すから!」


 リーリアはヨランの背に手を当て、回復魔法を発動した。白い輝きで、少しでも痛みを和らげようとする。

 その輝きを背にして、レーデルが剣を抜いた。


「サイリオス! おまえにヨランは連れて行かせない! 俺と勝負してもらう!」

「ほう……」


 サイリオスは一歩引き下がり、顔の左半分を袖で拭った。

 サイリオスの顔を覆っていたのは血だけではない。大量の汗が、血を半ば流していた。さらに、肩で激しい息をしている。

 ヨランの左腕を防ぐあの一瞬を見切るために、精魂を傾けた結果なのだろう。


「今の技を見て、なお恐れずに立ち向かうか」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」


 怒りが、レーデルを突き動かしていた。もはや引く気は毛頭無い。


「そっちが疲れてるってんなら待ってやる。だが勝負は受けてもらうぞ」

「休憩は少しでいい。おまえとも勝負は付けねばならん」


 サイリオスは深呼吸を繰り返し、呼吸を抑え始めた。

 その間にアルケナルがレーデルのそばに寄り、魔剣ナイトフロストに対アンデッド付呪を施す。


「勝つ自信、あるの……?」

「あるわけねえだろ!」


 あまりの語気の強さに、アルケナルのみならずレーデル自身も驚いて、苦笑を浮かべた。


「……悪い。こんなに気が逸ってたら、もとより勝負にならないな」

「それでも、戦うのね……」

「ヨランを見て、黙ってられるかよ」

「ま、なんとかしてみせると思うよ」


 ルーティが付け加えた。


「なんだかんだで、レーデルはやる男だからね」

「……信じるわよ」


 アルケナルはナイトフロストをレーデルに返し、身を引いた。

 見やれば、サイリオスも落ち着きを取り戻していた。レーデルを見返し、改めて鞘を真横に構え直す。

 先程までの疲労の影響は全く見えず、鞘には震え一つない。


「……少し場所を変えるぞ」


 ヨランから距離を置くため、レーデルは早足に横手へ動く。

 サイリオスも合わせて移動し、聴衆達も動いた。聴衆達が描く輪の位置が半分ほどずれて、ヨランが手当を受けている位置が外周の一部となる。

 改めて対峙したレーデルは、一つ質問を投げた。


「確認しておく。あんたのその剣技、師匠の見よう見まねなんだな?」

「いかにもその通り。先に不意打ちを食らった時に、彼の華麗な技をたっぷりと見せてもらった。この通り、私がこの男に取り憑いているのは、あのような素晴らしいものを見せてくれたことに対する敬意だよ」

「敬意ねえ……」

「でなければ、誰が好きこのんでおっさんなんかに取り憑くものか」

「意外に俗物的なことを言うね」


 ショールの中で、ルーティが評した。


「それで、この間はあの女性に取り憑いていたのか。あんたも大した変態だな」


 レーデルは挑発したつもりだったが、サイリオスは短く笑って退けた。


「そっちにはかなわんよ。我が後輩が、美少女フィギュアを持ち歩く変態だとは、実に嘆かわしい」

「勝手に嘆いてろ。……始めるぞ」


 レーデルは剣を構え、集中した。

 応じて、サイリオスも眼光を鋭くし、レーデルを凝視する。

 勇者候補生になるより以前、ファン・クラム家の庭などで、レーデルはたびたびロシエルのこの構えに挑んだものだ。

 この構えは、正面の敵に対してまったく防御の用をなしていない。だから考えのない者――例えば、かつてのレーデル――は、真っ向から打ちかかる。

 しかしそれはロシエルの罠で、足捌きと鞘捌きを使い、受けと反撃を同時に行うのである。大抵はここで痛撃を食らい、戦意をくじかれる。予想外の攻撃を食らって痛い目に遭うのは、想像以上の心理的効果を持つ。そこからロシエルが一気呵成の攻撃を仕掛けると、大抵の人間はあっという間に劣勢に追い詰められるのだ。

 だからレーデルは、すぐには仕掛けなかった。


「本当に、見ただけで師匠の技を真似できるのかねえ……」


 横へ横へ回り込み、レーデルはじっとサイリオスの隙をうかがう。

 サイリオスはレーデルを注視したまま、自分からは動かない。まずは相手に仕掛けさせるのが、ロシエルの流儀だった。

 どれだけ時間をかけても、サイリオスの隙は見つかりそうになかった。


(完璧な真似すぎる……だったらこっちから仕掛けるしかないのか……!)


 相手の手に乗るような不快さは拭えない。

 だが、レーデルは打ちかかった。


「せああぁぁ――っ!」


 さらに回り込み、横手から薙ぎの一撃を放つ。

 サイリオスは鞘を斜めにして剣を受け、そのままくるりと回転させてレーデルの脳天を狙った。

 するり、とレーデルは上体を反らして鞘に空を切らせ、反撃とばかり切り上げる。

 その切っ先はサイリオスの腕をかすめた――が、ごくわずかだった。返しの突きがレーデルの肩にヒットして、


「……くっ!」


 レーデルは大きく押し戻された。

 そこへサイリオスがたたみ込む。柄側と鞘側、両端を交互に突きだし、レーデルの急所を次々と狙う。

 レーデルは防戦一方となった。


(早い……!)


 サイリオスの攻め手はめまぐるしく、右から左から、上から下から飛んでくる。視線の動かし方をミスった時点で致命的になりそうだ。

 とはいえ、レーデルの精神は意外に冷静で、別のことを懸念していた。


(鞘に収まったままのうちはまだいい……サイリオスが白刃を抜く瞬間だ……)


 ロシエルが白刃を抜く時、それは相手を仕留める時である。

 白刃を見た敵は、死ぬ。

 神話や伝説に語られる魔剣みたいな話だが、何の誇張もない。

 逆に言うと、その一撃を凌ぎさえすれば、レーデルにも勝機はあるはずだった。

 もっとも、過去の立ち会いで、レーデルがロシエルの必殺撃を止められたことは一度も無かった。たいていの場合に置いて抜いた瞬間は見えず、気がついたら刃がレーデルの急所に寸止めされていたものである。


(サイリオスが刃を抜く瞬間を見抜き、受ける)


 その意識を持ち続けながら、レーデルはロシエルの攻撃を捌き続け、折を見ては反撃を繰り出した。

 しかし、手数の上ではロシエルの方が上。レーデルが被弾する回数が、徐々に増え始めた。急所を外れた当たりばかりではあるものの、確実にレーデルの体力は削がれ、消耗していく。

 そしてついに――鞘の足払いが、レーデルの左脚にクリーンヒットした。


「ぬっ……!?」


 ステップを踏もうとした矢先に足をすくわれ、レーデルは大きくバランスを崩した。

 その隙を、サイリオスが見逃すはずもない。

 白刃が引き抜かれたその瞬間、必殺の一撃がレーデル目がけて飛んできた。


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