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その5 運命の生贄……のような人々


「サイリオスだと……!」


 驚きの声を漏らしたレーデルだったが、すぐに納得した。

 ここは籠城中らしいのル・ロアン。ならば籠城戦を指揮したと語られる勇者サイリオスとその仲間がいない方がおかしい。


「ああ。あんた方、運悪く籠城に巻き込まれたクチかい? そいつは災難だったな。ま、今は勇者様の指示に従うのが一番だぜ。城壁の外は魔界の魔物だらけなんだから」

「そう……だな。ありがとう」


 礼を言ってレーデルは男のそばを離れ、セレナたちのそばに戻った。


「勇者サイリオスに会えるのかよ」


 セレナたちにも、レーデルと屋台主の会話は聞こえていた。


「会いに行ってみる? 勇者様なら、ここから脱出する方法を教えてくれるかもしれないぞ」


 とレーデルは楽観的に言ってみたが、アルケナルは懐疑的だった。


「それはどうかしら……。とはいえ、演説を聴きに行くのは賛成よ……」


 というわけで、一行は演説台へ向かった。

 集まった聴衆は既に百人を越えていた。かなりの数の市民が演説台を取り囲み、層をなしている。

 勇者を待つ市民達のざわめきが、ある瞬間から急に収まり、拍手が取って代わる。

 演説台に、三人の人間が登壇した。一人は剣を持ち、一人は鎧に身を固め、そして一人はいかにも魔法使い風の杖を握っていた。

 その姿を見て、拍手はますます熱狂的になり、「待ってました! 勇者様!」などといったかけ声が上がり始める。

 ジークルーネは小さな声で呟いた。


「おう。あれがかの有名なル・ロアンの三勇者か」

「多分。ただ……なんか違うぞ」


 レーデルのみならず、セレナもアルケナルも違和感を覚えて首をひねる。

 というのも、フェルデンの市立美術館で見た絵画「運命の奴隷」に描かれた三人の勇者と、少々姿が違っていたからだ。

 大まかなラインは間違いない。だが、些細な齟齬があった。素人が伝説の三人のコスプレをしている、とでも言うべきか。遠目には一見問題なそうだが、よく見るとそうでもない。

 三人のうち、真ん中に立っている人物が一歩進み出て、両手を掲げた。それを受け、聴衆は拍手をやめ、静かに声を待つ。


「勇敢なるル・ロアン市民の諸君! 今日も私の話を聞きに来てくれてありがとう!」


 よく響く声で呼びかけると、聴衆から「勇者様!」「サイリオス様!」といった声が上がった。おそらく彼が勇者サイリオスなのだろう。

 伝説上、勇者サイリオスは女性と見まがうような美青年だと伝えられている。壇上のサイリオスは女性のような美青年――ではなく、男装した女性のように見えた。その体つき、その顔立ち、その声、ともに隠しようがない。


「……たしかに我々は今、苦境にある! 街の周囲を魔物どもに囲まれ、身動きできない状況だ! だが、真の脅威は魔物どもではない! 我々一人一人の心に潜む、怯懦と絶望だ! 我々はこれらを捨て去らねばならない! そして……!」


 とはいえ、その演説内容は立派なものだった。籠城戦で不安に陥っている市民達を鼓舞し、士気を高めるために、勇者サイリオスは全精力を傾け、声を張り上げていた。


「いい演説だ。俺もル・ロアンのために命を捧げたくなってきたぞ」

「随分安い命だね。どう考えても痛い目見るよ」


 レーデルの呟きを、ルーティがたしなめる。

 サイリオスに比べると、その背後に控える戦士ベテル・ガイウスはまだ違和感が小さい。寝る時以外決して鎧を脱がなかったという伝説通り、壇上でもその巨体を鎧で覆っている。

 ただ、微妙に鎧のサイズが合っていない。中の人もなかなか筋肉質だが、鎧はさらに一回り大きな男性のために作られたものに見えた。それが違和感の元になっている。

 真剣な顔で、セレナは感想を口にした。


「あんなのが目の前に現れたら、噴き出さねーか心配だな……」

「まったくね……。魔法使いの方も、ロッシにしては若すぎないかしら……?」


 壇上の魔法使いを、アルケナルはそう評した。

 伝説上の魔法使いロッシ・パイオンは、白い髭を蓄えた老人である。が、壇上の魔法使いは明らかに若い。どう見積もっても四十才はいっていない。加えて髭はつい最近伸ばし始めたみたいにまだらで、しかも真っ黒である。


「うむむ……見れば見るほど違和感が増してきたな。どういうことなのだ?」


 ジークルーネがルーティに問う。

 するとルーティは意外なことを言い出した。


「あの三人……多分、他とは違うよ。ボクたちと同じ、普通の人間かも」

「なんだと」

「うん、人間が何かに取りつかれているような感じがするね」

「何かってのは……?」

「そこまではわからない。でも一番妥当なのは、勇者たちの怨霊じゃないかな?」


 勇者はうまいこと聴衆をあおり立て、聴衆は勇者コールを繰り返してそれに応じた。場の熱量が最高潮に達し、それを過ぎたあたりを見計らって、勇者は演説の締めに入った。


「ありがとう諸君! 私を信じてくれる人々がこんなにもいてくれる! あなた方の魂は必ずや救われるだろう! 決して我々は負けない! 籠城を耐え抜き、再び自由に街の外を歩ける日が来るはずだ! ……とはいえ、私のことを信じてくれない者も、中にはいるようだ」


 突然勇者の声のトーンが変わり、聴衆は戸惑ってざわめき出す。

 魔法使いのロッシが宙に光球を一つ放り出し、聴衆の側に進めた。

 聴衆はその光を避けるように二つに割れ――演説台とレーデルたちの間にスペースができあがる。

 気づいた時には、レーデルたちだけが聴衆の中で孤立していた。

 勇者サイリオスは、レーデルたちをはっきりと見据え、言った。


「君たち……街の外から来たな?」

「……な……!」


 息が詰まるような緊張を、レーデルは一瞬覚えた。

 右、左と、人の列を確認して、こっそりと列の中に潜ろうとする。


「どう考えてもあたしらをご指名だろうが!」


 セレナはレーデルを捕まえて、改めてサイリオスの視線上に戻した。

 群衆に紛れることを諦めて、レーデルは一つ咳払いをしたのち、真っ向から勇者サイリオスを見返した。


「街の外って、そんな馬鹿な。外は魔物どもに囲まれてるだろ。まさか俺たちがスパイとでも……」


 と言い返すと、サイリオスはフッと鼻で笑った。


「そっちの外じゃない。ここではないル・ロアンから来たんだろ?」

「なに……!」


 またもやレーデルはショックを受けた。


「あんた、知ってるのか……!?」

「フフフ……」


 サイリオスはベテル、ロッシを引き連れ、演説台から飛び降りた。ゆっくりとした足取りで、レーデルたちの数メートル向こうに立ち塞がる。


「私は求めている。強い者を」


 鞘にしまっていた剣を抜いて、その切っ先をレーデルに向けた。長い刀身が、薄青い光を放つ。

 聴衆達は更に引き下がり、レーデルたちを取り囲む円形スペースを作った。


「今日は勇者様の戦いが見られるぞ!」

「やーれ! やーれ! やっちまえ!」


 そんな声が聴衆達から立ち上る。急に、広場は異様な雰囲気に包まれた。


「い……いきなりどういうことだよ。勇者様が一般市民に剣を向けるのか」


 レーデルは待ったをかける。

 が、サイリオスに引く気は無かった。


「おまえは一般市民じゃないだろう。私が呼んだんだから」

「呼んだ、だと……?」

「そう。私を倒せば外に戻れる、と言ったら……?」

「…………!」


 本能的にレーデルの手が動き、剣の柄にかかる。


「おう、これは……奴が幻のル・ロアンを生んでいる元凶ということか……?」


 ジークルーネの問いに、ルーティが応じる。


「そういうことに思えるね。とすると、どうする、レーデル?」

「ぬぬ……」


 少し考えてから、レーデルはサイリオスに乞うた。


「だったら、戦わずに外に戻してくれない? 伝説の勇者サイリオスと戦って勝つのは難しいかなー、って」

「ダメだ」


 速攻で却下された。


「私を負かすこと。条件はそれだけだ」

「ですよねえ……」


 肩を落とすレーデル。しかる後、セレナとアルケナルに視線を投げる。

 アルケナルは無言で頷き、セレナは固めた右拳を突き上げるポーズを取った。


「……いいだろ。随分急な話だが、あんたを倒せば元のル・ロアンに戻れるんだな?」

「そういう解釈で結構」


 サイリオスは挑発するように剣先を軽く振る。


(色々とわからないことが多すぎるが、ここから逃げるという手はない)


 するり、とレーデルはナイトフロストを抜き、その切っ先をサイリオスへ向けた。


「やろうじゃないか。約束は守ってもらうぞ!」


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