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その6 煙との決闘


「戦う前に、君の名前を聞いておこう」


 剣を向けたまま、サイリオスはそう声をかけてきた。


「レーデル・クラインハイトだ」


 短く、レーデルは答えた。内心の迷いを悟られないように。


(勇者様はやる気満々みたいだけど、取り憑かれている人はどう思っているのか……)


 このまま決闘となれば、サイリオスの霊に取り憑かれていると思われる女性を傷つけてしまうことになる。

 かの英雄サイリオスと対決して、無傷のままに勝負をつけるなどという器用な真似ができるか、と言えば――


(まったく自信が無い……)


「迷ってる、レーデル?」


 レーデルの内心を察し、ルーティが言う。


「まあな……」

「ま、やるしかないんじゃないの。ボクたちが元の世界に帰るためだ。かわいそうだけど、あの人には犠牲になってもらおうか」

「あのなあ……」


 とはいえ、ルーティを責める気にはなれなかった。

 これしか手が無いのなら、やるしかない。


「我が名は勇者サイリオス! 魔なる者どもを打ち払い、地に天上の輝きをもたらす者なり! 行くぞ!」


 勇者サイリオスは名乗りを上げると、剣を両手で握り、中段に構えた。

 はじめは慎重な足取りで間合いを詰め――一定距離まで近づいたところで地面を蹴る。

 一瞬の後、サイリオスの剣はレーデルの頭上を襲っていた。

 咄嗟にレーデルは剣を振り上げ、斬撃を受け止める。


(本気で殺しに来ている……!)


 レーデルは舌を巻いた。サイリオスの一撃はあまりにも早く、そして強かった。受け方を間違えれば、脳天を裂かれていただろう。

 受けられたと見るや、サイリオスは真横に飛び、側面からの連撃を仕掛けてきた。

 レーデルは引き下がりながらサイリオスの剣を受け、弾く。

 その手数はあまりにも多く、レーデルは反撃の糸口を見つけられない。


(攻撃が大胆すぎる……!?)


 サイリオスの攻め手は、防御のことを投げ捨てているように感じられた。いくらなんでも反撃のことを考えなさすぎでは、とレーデルが思ってしまうほどに。

 しかし、反撃のきっかけが見当たらない。


「ちょっとレーデル! 少しは打ち返したらどうなの!」


 ルーティにそう責められても、レーデルには言い返す余裕がない。全神経を集中して連撃を捌き切り、もう一度間合いを取り直すのがやっとだった。


「クソッ……! さすが伝説の勇者、強い……!」


 思わずレーデルは嘆いた。


(この調子で攻め立てられたら、勝ち目はないぞ……!)


 絶望的な思いが、心の内にわき上がる。

 が――


「……なかなか、やるな……!」


 サイリオスはすぐには詰めてこなかった。肩で激しく息をしている。つい先程までとは打って変わって、全身から大量の汗を流していた。


(もう体力が切れている……?)


 レーデルは推察する。サイリオスの剣の技術に対し、取り憑いている女性の体力が追い付いていないのではないか、と。


(だったらつけいる余地があるじゃないか!)


 すぐさまレーデルは反転攻勢に出た。

 先程サイリオスにやられたことをやり返す勢いで、斬撃を連打する。右、左、上とあらゆる方向から、早さ重視で雨のように降らせる。

 今度はサイリオスの方が防戦一方となった。その目は完全にレーデルの攻撃を見切っているものの、身体捌き、腕の動きが追い付かない。はじめは余裕をもって受けていたのに、徐々に防御が追い付かなくなり――


「……ぬあっ!?」


 ついにサイリオスは受け方をしくじった。剣を上方にはね上げられ、無防備の胴をレーデルの眼前に晒してしまう。

 レーデルは手の中でナイトフロストをくるりと半回転。峰を向けた。


(あとでアルケナルに治してもらうから、許してくれよ!)


 取り憑かれている女性に心の中で謝りつつ、レーデルは峰打ちの一撃を胴に叩き込んだ――

 はずだったが。


「!?」


 異常な手応えに、レーデルは目を剥いた。

 ナイトフロストが、手で受け止められていた。

 サイリオス(を自称する女性)の手ではなく、白いうっすらとした別の手によって。


「な……幽霊……!?」


 サイリオスにうっすらとかぶさるように、あたかも幽霊のごとき上半身がそこに出現し、レーデルの攻撃を食い止めていた。

 白い幽霊の顔立ちは、フェルデンの美術館で見た絵画「運命の生贄」に描かれた勇者サイリオスに、とてもよく似ていた。


「やるじゃないか……レーデルとやら……」


 幽霊の方のサイリオスが、剣を受け止めた手を震わせながら、レーデルを見返した。


「だが、このくらいじゃ私も負けられない……!」


 実体の方のサイリオスが、剣を握り直し、レーデルの脳天目がけて振り下ろす。


「ウソだろ……!」


 レーデルは逃げるしかなかった。大きく飛び退き、サイリオスの剣に空を切らせる。


「取り憑いている方が姿を現したね……!」


 ルーティが声を上げる。

 実体サイリオスと、幽霊のサイリオス。その二者が、レーデルの目の前にいた。


「勝負を続けるぞ……!」


 二人のサイリオスが同時に口を動かし、剣を振るう。

 動転していたレーデルは、それでもよく反応し、攻撃を跳ね返して反撃に出る。

 刃が実体のサイリオスに届く――と思いきや、幽霊のサイリオスが腕を張り出して食い止める。

 魔剣ナイトフロストも、幽霊の身体を切り裂くには至らない。力を込めても、肉を切るように引き切ってみても、わずかに霊体が乱れるばかりで、傷つく様子はなかった。煙を相手にしているようなものだった。


「おい、どういうこった! これじゃ勝ちようがないだろ!」


 思わずレーデルは抗議したが、サイリオスは聞く耳持たなかった。


「これは俺の力だ……! 決闘に力の全てを尽くして何が悪い……!」


 サイリオスは剣を構え直し、大股にレーデルに接近してくる。

 やっとレーデルは理解した。序盤、サイリオスがあまりにも大胆かつ無防備に攻めてきた理由を。


(幽霊で俺の反撃を完璧に食い止められるなら、そりゃあんな無茶な攻め方もできるよな……!)


 最初から勝ち目のない戦いだったことを、今さらながら悟る。


「こ、こんなの決闘なんて言えるか! イカサマ勝負に命を賭けられるかっての!」


 呆れたレーデルは試合を放棄し、一旦この場から逃げ出すべく周囲を見渡したが、


「やーれ! やーれ! やーれ!」


 聴衆達がしっかりと壁を作っていて、割り込む隙間もない。

 レーデルは一気にセレナたちのそばまで引き下がり、指示を下す。


「逃げるぞ! アルケナル、どこでもいいから聴衆をぶっ飛ばしてくれ! どうせこいつらも幽霊だ、ぶっ飛ばしても死なない――というかもう死んでるだろ!」

「そうね……少し良心が痛むけど……」


 す、とアルケナルはタクトを取り出す。


「セレナ、ジークルーネ、はぐれるなよ!」

「わかってるって!」

「承知!」


 二人も覚悟を固め、いざアルケナルが精霊を喚ぼうとした寸前――

 突如、聴衆の輪の一角で、派手な爆発が起きた。


「なにぃ!?」

「ちょっと待って……! 私じゃないわよ……!?」


 レーデルたちが慌てる間に、凄まじい量の煙が立ち上り、視界をすっかり満たしてしまった。


(よくわからないが、これはチャンスだ!)


 レーデルは即断し、脱走を試みる。まずははぐれないようにとセレナ、ジークルーネの肩を捕まえたところ、


「……こっちに来て!」


 突然、知らない女性の鋭い声が降りかかってきた。

 煙幕の向こうから、声の主が現れる。

 ジークルーネ同様に頭部に布を巻き、さらに顔も布で隠した女性がレーデルの眼前まで詰め寄り、大きく手招きしてみせる。

 レーデルは一瞬迷ったが、


「行こうぜ、レーデル!」


 セレナに力強く背中を押されて、迷いを振り捨てた。

 女性の先導に従い、アルケナル、ジークルーネにも気を配りながら、混乱する市民達の間をかき分けていく。


「おい、どうなってやがる!?」

「決闘から逃げるなんて、腰抜けめ!」

「逃がすもんか! 決闘の場に引きずり出してやる!」


 聴衆は口々に言い、レーデルの姿を探す。しかし煙幕はもくもくと流れ続けてなかなかに晴れず、その隙にレーデルたちは広場から脱出したのだった。


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