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その1 引き寄せられる勇者たち


「……え!? ヨランがここに来たんですか!?」


 レーデルが驚きの声を上げると、居酒屋の店主も驚きの声を返してきた。


「おや、ヨランさんをご存じで?」

「ええ。知り合いです。明るい色の髪を伸ばした女性ですよね?」

「そうそう。大した偶然もあるもんですねえ。ええ、あの方はヨラン・ヤシンバラと名乗ってました」


 しみじみと語りながら、店主はレーデルに肉料理の皿を差し出した。

 レーデルたちは隊商護衛任務を無事に終え、同盟都市コグナックに滞在していた。目的地ル・ロアンまでは徒歩で約半日の距離にある。

 レーデルの剣の師、ロデル・デア・ドレクセンとの決闘の約束まではあと四日、今日は既に日没しているので実質三日。

 とりあえず今日はコグナックの宿屋で一晩を過ごすつもりでいた。夕食をとりながら、居酒屋の店主にル・ロアンの話を聞いていたところ、不意にヨランの名前が出てきたのである。


「いつ頃の話です?」

「いつだったか……? はっきり覚えてませんけど、少なくとも二、三日やそこらじゃありませんよ。なかなかに気持ちのいい方だったもので、私も色々と話し込んでしまいましてね。ただ……あの人にル・ロアンの話を振ったのは軽率だった、と後悔しているんですよね」


 と、店主はヨランについて語った。


「軽率とは?」

「おや。お客さん、ル・ロアンの噂をご存じない?」

「よそから来たんでね」

「そうでしたか。でしたら皆さん、ル・ロアンには近づかない方がいいですよ」

「それはどういうことだ?」


 ジークルーネが問いを投げる。

 店主は少し間を置いてから答えた。


「行ったきり、戻ってこられなくなるらしいんです」

「戻ってこられない……?」

「ええ。ル・ロアンにはまだ亡霊がいて、つわものを連れて行くって噂なんですよ。大魔王軍と戦うための戦力として」

「亡霊だと? もしかして、籠城戦の時の亡霊とでも言うのか?」

「あくまでも噂ですからね。細かいことを聞かれても困りますよ。ただ、戻ってこない方がいるのは間違いなく本当です。たまにあるんですよ。冒険者の方が『ル・ロアンの亡霊と戦ってくるぜ! 土産話を期待して待ってな!』なんて豪語して、あの廃虚に向かうんですけど、いつまでたっても帰ってこない、とかね」

「それは、その冒険者がどこかよその街に行ってしまっただけではないのか?」

「だったらいいんですけどねえ。ただ、コグナックに住んでいる人間でも何人かいなくなっていますし……それで、ヨランさんですよ」


 店主は後悔するように顔をしかめた。


「世間話でル・ロアンの噂を言ったら、『困っている人がいるのなら、調べてみよう』っておっしゃってくれまして。でもその後戻ってこないんですよ。近いうちにまた戻ってくるという口ぶりだったんですが」

「ヨランらしい話だけど……戻ってこないのか」


 レーデルは首をひねった。セレナに意見を求めるべく横を向くと、


「ぼっぼっ亡霊なんているわけねーだろ!」


 セレナは顔を青くしていた。普段なら凄まじい勢いで食事を平らげるところ、途中で手が止まってしまっている。


「何もかも偶然だって! たまたまみんなコグナックに戻らずどっかに行っちまったんだろーよ! まさか亡霊が生きている人間に……ふひやぁぁぁぁ――ッ!?」


 突然セレナが悲鳴を上げたのは、隣の席のアルケナルがセレナの背中をこっそり撫でたからだった。

 セレナはすぐに気づいて、顔を真っ赤にしながらアルケナルを殴り始めた。


「お食事中に暴れるのは不作法よ……!」

「人の背中を勝手に撫でる方が不作法だろーがよ! ふざけんな!」


 涙目になりながら訴えるセレナを、アルケナルは明らかに楽しんでいた。パンチから身を守りつつ、ニコニコと笑顔を浮かべている。

 ジークルーネが小声でレーデルに語りかける。


「……セレナはお化けの類いが苦手なのか」

「そうなんだよ。かわいいところ、あるだろ?」


 代わりにルーティが答えた。


「人には意外な弱点があるものだな」

「そうだね。レーデルだって、白木の杭で心臓を貫かれると死ぬらしいよ」

「それは吸血鬼の弱点だろ。というか心臓を貫かれて死なない動物って何よ?」


 レーデルはおとなしめのツッコミを入れた。


 ル・ロアン。

 五十年以上前、時の大魔王の侵略によって壊滅した都市の一つである。その籠城戦と凄惨な最期は、今でも語りぐさとなっている。

 籠城戦を指揮したのは、時の勇者サイリオスと、その仲間。戦士ベテル・ガイウスと魔法使いロッシ・パイオンが力を合わせ、大魔王軍と刃を交え、時には街中で演説を繰り返し、人々の士気を高めたという。


 ル・ロアンの守りは堅く、落城など不可能と思われたが、大魔王軍が奇策に出た。ドラゴンの群れをル・ロアンの夜空に飛ばし、アンデッド軍団を大量投下し夜襲するという作戦を決行したのである。

 ル・ロアンの城門を完全に固めていたのが裏目に出て、アンデッドたちは一晩のうちにル・ロアンの住人半ばまでを蹂躙し尽くした。

 ル・ロアンの上層部は手の平を返した。残る市民の安全を図るため、降伏を勝手に決定して、その証として勇者たち三人を処刑し、その首を差し出した。


 市民達は捕虜として魔界領域に連れて行かれ、その後の運命は杳としてしれない。ル・ロアン自体はアンデッドが蟠踞する地獄の廃虚と化し、誰も――大魔王軍ですらも――この地に根を下ろそうとはしなかった。

 それから長い時が流れ――アンデッドたちは死滅したか、いずこかに去り、ル・ロアンには、かつての繁栄を偲ばせる廃虚ばかりが残っている――

 ――はずだった。


「まあ、妙な話ではあるんですよ。亡霊が出るだの、霧が人をさらうだのって噂になり始めたのは最近のことですからねえ。最近といっても、四年くらいですか」

「四年? それ以前は?」

「それ以前は特に何も……。当時のアンデッドの生き残りがいる、なんて与太話があった程度ですよ、私の子供の頃にはね。ちょっとやんちゃな連中が肝試しに行ったりもしてましたけど、帰ってこなかったなんてことはありませんでしたし。……おっと、すいません」


 店主を呼ぶ声が別の席から飛んできた。


「ル・ロアンには行かない方がいいと思いますけど、もし行くなら、ヨランさんを探してあげて下さいよ。あのような方と二度と会えないのは残念ですからね」


 最後にそう言って、店主はレーデルたちのそばを離れた。

 レーデルはアルケナルに目を向けた。


「四年前って何かあった?」

「何も……」


 アルケナルは首を横に振った。


「先生が亡くなったのはそれより前だし……そもそも、先生が魔剣を封印したのは、大魔王との戦争が終わった後くらいの話よ……どれだけ遅く見積もっても、四十年は前……」

「となると、四年前に何があったんだろう?」

「全くの謎、としか言いようがないわ……」

「なんかイヤな予感がしてきたなあ。ただの廃虚になっているだけだって思い込んで、ル・ロアンを決闘の場所に指定したんだけど」

「だったら今から場所変えよーぜ!」


 セレナが必死に訴えたが、レーデルは肩をすくめた。


「今さら無理だって。指定日はもう四日後なのに」

「レーデルは……あくまでもベゼ・ファタル探しを続けるのか」


 沈んだ口調で、ジークルーネが問いかける。

 自嘲気味に、レーデルは笑う。


「決闘で死ぬかもしれないのに、意味が無いと?」

「そういう意味ではない! せめて、決闘に備えて活動は控えるべきではないのか?」

「…………」


 少し考えてから、レーデルは答えた。


「四日後に何が起きるかは分からない。最悪の事態に至るとすれば――その時まで、何か意味のあることがしたい。せめて、ベゼ・ファタルを見つけ出して、パンデモニウムに返却するくらいのことはしたいのさ」

「……そうか」


 はあ、と一息ついて、ジークルーネはレーデルの肩に手をかけた。


「だったら、予はこれ以上何も言わぬ。ともにベゼ・ファタルを探そうではないか。そなたの働き、頼りにしているぞ」

「恐縮の極みにございます」


 レーデルも冗談めかして答える。


「もしもの時は、ルーティはジークルーネに預ける。引き取ってくれるよな」

「もしもの時、だぞ。あくまでもな」


 ジークルーネはその点を強調し、


「ボクも、レーデルをたやすく死なせるつもりはないからね」


 ルーティも強く主張した。




 レーデルたちが食事を終え、居酒屋を去った直後。

 その背中を見送りながら、レーデルの席に座った者がいた。

 フードをかぶった冒険者が、店主にドリンクを注文する。


「少し聞きたいことがある。さっきの客、ル・ロアンの話をしていたようだが……?」


 注文ついでに、冒険者は語りかけた。


「え? ええ、ちょっとね……」


 店主の話を聞きながら、冒険者はフードを脱いだ。

 その下から現れたのは短い髪の頭。

 一旦スキンヘッドになった後、徐々に生え揃うその過程にある。

 そしてその左頬には、何か細いもので引き裂かれたような傷跡が一本走っている。

 サドワ・クラヴェレットもまた、コグナックにたどり着いていた。


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