そのお背中の編み込みは……
エグゼド領本邸に牡牛の紋章の付いた馬車が到着した。
使用人が玄関扉を開けるとエントランス中央に先代夫妻が気品漂う姿で立っている。先代夫妻に挟まれる形で、そこに我が家から送り出した後も片時も忘れたことのない、絶えず焦がれていた娘の顔があった。
逸る気持ちを抑えつつ伯爵夫妻は先代夫妻と挨拶をすませ、憂色を浮かべながらシェスカへと向き直り口上を待つ。
「ダライオス伯、夫人、遠路はるばるようこそお越しくださいました」
その瞬間、ダライオス夫妻は絶望に打ちひしがれたような顔になり、ザシャッとその場に膝を付いた。それを見た先代夫人が慌てて口を挟む。
「まぁ!シェスカ、私たちに遠慮せずともよろしいのよ。輿入れ時の家格合わせは良くあることなのだからそこまで杓子定規になる必要はないの。公の場ではないのだから普通にお父様、お母さまで良いのよ」
シェスカは目を細めながらそれに頷き、改めて口に出した。
「お父様、お母様」
「うん」
「さあ、お立ち下さいませ」
「……」
複雑な気持ちを抱きながらも娘に立たせてもらった夫妻は、間近で顔を見る事により、ようやく本当に会えたことが実感できた。
「それでは、私達は席を外させて頂こうかね。伯、部屋は自由に使っておくれ。夕餉前には使いを遣るよ」
「先代様、感謝致します」
そういうと先代夫妻は宛がってくれた迎賓室から出て行った。
先代夫妻の手前、3人とも目を潤ませて手をあわあわさせていたのだが、夫妻が退室するや否や我慢の限界を迎えた。
「「シェスカ、会いたかった」」
「お父様、お母様」
3人抱擁しながら、互いに離れていた時間を確かめあった。
迎賓室では、学校での事、王宮での事、本邸での事、新たに出来た義兄妹の事、王太子の事、両陛下の事、お披露目式でバルコニーから私達を見つけて嬉しかった事。晩餐会での口パクの答え合わせ。もう、ありとあらゆる事を堰が切れたかの如く話した。
俺は活き活きと話すシェスカに見とれて話の半分も聞きとれていなかったが、陛下と殿下に顔を編み込んだカーデガンとセーターを渡した話をした時は、エリザが扇子で顔を隠すのも忘れて、大きな口を開けて固まっていた。
「お父様にお渡ししたい物があるのです」
そう言いながら可愛らしいリボンの付いた包みを机の上に載せてきた。
「開けてみてよいかい?」
「もちろんです」
中には暖かそうなカーデガンが入っており、取り出して掲げてみると背中には私そっくりの顔が編み込まれていた。
「これは、俺の横顔だな。凄い!この刺繍、俺にそっくりじゃないか。エリザもそうは思わないか?」
「……」
返事も返さず、なぜか憐憫の眼差しを向けてきた。
「フフ、そうで御座いましょう。刺繍ではなくて、編み込みですよ。お父様のお顔そっくりに編みあがったと思いますの」
「ありがとう!額縁に入れて飾っておくよ!」
「あら、折角暖かく過ごしてもらおうと編み上げたのですから、飾るより使って欲しいですわ」
「それもそうだ!なら、さっそく使わしてもらおう」
上着を掛けてもらい、カーデガンに袖を通してくるりと回る。回りついでにふと気が付いた。
――おかしい、何故かエリザと目が合わない。包みが1つしか見当たらないので、自分は今日貰えそうにないと拗ねているのだろうか
「お父様、大変良くお似合いですわ!」
「おおそうか、これは動きやすい上に暖かくて色もセンスも最高だ!気に入ったよ、シェスカありがとう」
シェスカはプレゼントが大喜びしてもらえた事に鼻息荒くムフンっとなっていたが、やがて、眉尻を下げながらエリザに向き直って謝った。
「お母様申し訳ありません。お母様へのカーデガンは今日の日に間に合いませんでしたの。出来上がり次第贈らせてもらいますわ」
「ええ楽しみ待っているわ。届いたら寝室だけで着るわね」
――なぜかエリザの額から冷や汗が滴っている。この年頃の女性はこういう事が多いと聞くから少し心配だ
やがて夕餉の時間になり、丁寧なことに執事が呼びに来た。
家族だけという事もあり、格式張った格好で無くても大丈夫だと説明を受けていたので、さっそく貰ったカーデガンを着て見せびらかす事にした。
「ダライオス伯様、そのお背中の編み込みは……」
――お、さすが高位貴族の執事だけある。迎賓をくすぐりに来たな
案内されながら鼻息荒くムフーっと続きを待っていた。
「著名な渓谷でしょうかな?」
「黙れ」
案内された食堂で和やかな晩餐が始まった。
時系列設定はありません。娘の顔を見に来たお話です。




