本当に貴族なのか?
物語的に秋口、そろそろ一年経とうとする辺りです
明らかに違っていた。
「穂がお辞儀してる!こんなの見たことない!」
昨年までの麦は膝高さ、ひょろっとした茎に重さを感じないカサカサ鳴る穂、それこそがこの畑の、いや王国内の殆どの領での常識であった。
それが今年の麦はどうだ、腰辺りまで伸びた茎は太く強い、圧巻は重みに耐えられずくったりと首をかしげている麦穂。それらが見渡す限り金色で覆いつくされている。
産まれてから一度たりとも見たことが無い作物の本当の実りに農民達は涙ぐみ、倉庫にうず高く積まれた麻袋にエグゼド領は文字通り沸き立っていた。
「ここもか、美しいものだね」
先代は、麦畑のあぜ道を共に馬を歩ませている代官へ向かって呟いた。
「ええ、私の管区はほぼ同様の収穫量です。リチャード殿下とミネルバお嬢様を派遣して下さった領主様に感謝致します」
「いや、僕は農業試験の許可を出しただけだよ。殿下に感謝せねばならないね」
「冬の間も撒く土を準備してくださり、春先には種麦も支給して頂きました。ちなみに北側の管区もこちら寄りの箇所は同じように豊作らしいですよ」
「北側の管区へは殿下は立ち寄らなかったはずだけれど」
「それは存じ上げませんが、もしかすると土や種が風に乗って拡散したのでしょうかね」
視察を終え、刈り取り待ちの麦畑を横目に見つつ、代官邸へ馬を進めて行く。
「先日、古い税収記録を見る機会があったのだけど、100年程前は年に2回、麦が収穫できていたようだよ」
「たまに暖かい冬は春先に残った種が芽吹いている事もありますが、昔は違ったのでしょうかね」
「当時はこういう風景が当たり前だったのかもしれないね」
麦畑が夕暮れに染まり、まさに黄金色の絨毯と呼ぶに相応しい光景だった。
今年の冬支度は実に楽だった。あるのだ、領民を飢えさせない為の糧食が。
勿論、大部分は王国へと供出しているし、そこから各領へ再分配されるだろうが、それでもあるのだ。例年、頭を悩ませる領内の分配が今年は非常に楽に終わった。
ただ、気掛かりな事もあった。
視察先で皆が口々に行ってくる礼の言葉だった。
『領主様、殿下と聖女様を遣わして下さってありがとうございます』と。
◇
王城執務室でエクゼスの定期報告を受けていた。
「また顔色が悪いぞ、きちんと休みを取っているのか?」
「大丈夫です。先週は家に帰りましたので」
「いや、週に一度は休んで、毎日家のベッドで寝ないか」
「ええ、前向きに検討いたします」
「……」
「ところで今年のエグゼド領は豊作だったようだが、何か心当たりはあるのか?」
「天候は相変わらず曇りばかりで雨量は例年程度でしたけど、心当たりと言えば、殿下の農業試験を許可したくらいでしょうか」
そういえば、リチャードから相談を受けて実務補助をエクゼスに頼んだ事を思い出した。やはり、面倒事はエクゼスに投げるに限る。
「ああ、試験させてくれと言われてお前に相談するように言ったのだが、お前の領で試験させたのか。何をやったか聞いているか?」
「ギャラガー領の土と種麦を試験畑に撒いたらしいです」
「ダライオスの隣領だよな、あそこも以前は豊作で近年減少傾向にあるらしいが」
「減少傾向とはいえ、それでも収穫量は王国平均より遥かに上ですね。ですが、今回採土した畑が一気に平均収穫量にまで落ち込んだと文句が来たので、個別補償で対応しました」
「となると、やはり鍵は土なのか?我々も当時さんざん同じような事をしたはずだが」
「しましたね、当時豊作が続いていたダライオス領から土と種麦もらって、何なら水までもらって色々なケース実験をしましたが結果は芳しくありませんでした。ただ、採土した畑の収穫量が落ち込んだというのは聞いた覚えがありませんな」
「だが、たとえ一つの畑を駄目にしても全体の収穫量がそれを上回るのなら凄いことだ」
収穫量を纏めた書類を眺めながら試案に耽っていると、エクゼスが畏まってきた。
「陛下、一つ進言があるのですが」
「なんだ、聞こう」
「殿下が農業試験に常にうちの娘を随伴させております。娘には嫁入り前だからやめよと何度か注意したのですが殿下からの依頼という事を持ち出して聞かなくて、殿下へも言ってもらえないでしょうか」
「ミネルバ嬢か、未練は無いとのことだったのだが……分かった、少し考えよう」
「お願いします」
「ふぅ、今日はもう終わりにしよう」
仕事は終わったとばかりにエクゼスをソファーに誘導し、グラスに酒を注ぎ手渡した。
「ところで、シェスカ嬢はどうだ?」
「月に一度はタウンハウスで家族と食事をとっているが、今や娘や息子とも普通の兄妹のように接しているよ。それに先代とは大変上手くいっているようだ。この前も卒業パーティーのドレスを作る為に王都まで連れ出そうとしたら、先代に『私達が一緒に行く、お前が来てもつまらんから付いて来るな!金だけ出せ』と言われて、仲良く連れ立って行くのを見送ったばかりだ。本当の孫みたいだ」
「あの娘は感情豊かだから一緒にいて楽しいのだろう、私もたまの食事会ではいつの間にか毒気を抜かれてすっかり肩の力が抜けておるよ。いつも仏頂面のお前とは大違いだ」
「そこは放っておいてくれないか」
公私の私の部分では学生時代からのノリで過ごすのがルールであり、国王の重責から少しだけ肩の荷が下ろせる貴重な時間であった。
「そろそろ学院の卒業式か。という事はガストンが側近を辞退してから22、3年経つのだな」
「ゲモイスも病に倒れてから7年だ」
「支えてくれる家臣は多くとも、気が置けない奴はもうお前1人だけだ」
乾しブドウを皿にあけ、エクゼスのグラスに酒を注ぎ足した。
「ガストンの奴、側近辞退を申し出た時泣いていたよな」
「泣いていた。あの歳で両親を同時に亡くすとか、当時は実感が無さ過ぎて何と言って良いのか分からなかった覚えがある」
「遠縁ですら親族が居なかったようだから孤独だったろうな」
「それもあってエリザにぞっこんなのか」
「そういや、あいつエリザに離縁を申し渡された事があるって知っていたか?」
「いや、初耳だ」
「結婚して10年目くらいかな?世継ぎが産めなくてこれ以上は申し訳ないから離縁させてもらいますって置手紙と離縁状を置いて、ゼビオスの実家に帰ったんだよ」
「……」
「だが、置手紙に気付いたガストンがすぐ迎えに来て『俺は君に惚れているんだ!ずっと一緒に居て欲しい!どうか俺を見捨てないでくれ!』って、それで二人は両親の前で泣きながら抱き合っていたと、『娘が帰って来たと思った30分後にこの光景とは、私は何を見せられているのか分からなかった』とゼビオスの先代が言っていたぞ」
「それはまた……」
空いたグラスにエクゼスが注いでくれる。
「俺は、養女の手続きの時ガストンの所で酒を交わしたのだが、嫁と娘の自慢と惚気話を延々聞かされたぞ、しかも泣きながら肩組まれて顔擦り付けられて、6本空けて潰れるまでずっとだ。涙で湿った髭がもう痒くて仕方なかったぞ」
「それはまた……」
「あの男は泣いてばかりだな、本当に貴族なのか?」
「貴族かどうか知らんが、伯爵だ」
「家族が大好きな良い奴なんだよな」
「ああ、知っている」
「そんなあいつから娘を取り上げるような形になってしまった」
「……」
眉間に皺が寄り、まるで懺悔でもするかのような声で話だす。
「今回の鎮圧は特に酷くてな、首謀者の家に突入したのだが、そこにはとっくの昔に餓死した妻子が横たえられていた。その姿は枯れ木と見紛うばかりで、それを見た時に、もう自分の家族は居なくなってしまったのに、首謀者は村の為に立ち上がったのだと悟ったよ。
王国民を満足に食わせられず、ともすれば害する事もある儂は一体何をしているのだと泣きたくなった」
「その時ふと、一緒に泣いてくれる者が欲しいと思ったのだ、もちろん頭をよぎったのはガストンだ。シェスカ嬢に嫁いで貰えればガストンと縁付いて良いのでは?と思ってしまったのだ。奴から娘を取り上げる事になるのは分かっていたのに、遠征から帰るなり衝動的にリチャードに話をしてしまっていた。自分の安寧を優先してしまったんだ。思い返しても短慮であった事は否めない」
重い沈黙が部屋を覆った。
「王国が崩壊すれば今の比ではないくらい人が死ぬ。人の手ではどうしようも無い事を背負っているのだ。いや俺たちが国王であるお前に背負わせてしまっているのだ。それでもお前に頼るしかない。その重責を背負っている国王が安寧を求めて誰の文句がある?この前話し合いの時のあいつの顔付きを思い出してみろ。ガストンなら分かっている。頼むから、そう自分を責めないでくれ」
グラスの残りを一気に煽った。




