あの子は少し、へ……独特なのです
その日も、編み物をしながら就寝までの時間を団らん室で楽しんでいたところに、執務を終えた先代がやってきた。
「エクゼスから封書が届いたよ。リチャード殿下が農業試験の為に、領の畑を使わして欲しいと言っているようだ」
「あら、随分熱心なことですわね」
「上手く行かなかった時は畑ごとに補償を行う契約も結んでいるし、領から出す護衛も不要のようだ。こちらに負担を掛ける事は極力避けるとの事らしい」
「このままでは良くありませんものね。少しでも何か手立てがあれば進んで協力すべきですわね」
「そうだね、学生時代から問題意識を持たれるとは、リチャード殿下は民に寄り添うよき王となられるお方なのかもしれないね」
シェスカはわずかに頬を赤らめながら話を聞いていた。
◇
封書が届いた週末、早速リチャードがミネルバと共に本邸を訪れた。
王家の馬車と護衛、それとは別に幌馬車が10台という錚々たる車列である。見ると幌馬車は牛が引いており荷台には土がうず高く積まれている。
「此度は急な申し入れを快く受け入れて頂き、誠に感謝します」
「いやいや、収穫量の改善は王国の最優先事項だよ。王都隣の我が領だと殿下も色々試み易いだろうしね、その為の協力を惜しみはしないよ」
「王国民の為にもよい結果が出ると良いと願っています」
ひとしきり挨拶を終え、シェスカにも優しく声をかける。
「シェスカ嬢も変わりは無いだろうか」
「はい、エグゼド家の皆さまには使用人含め大変よくして頂いております」
リチャードは優しく微笑みながら頷く。
その仕草にシェスカは頬を赤らめながら恥ずかしそうに少し俯いた。
会話が一段落したところで、リチャードと同じソファーに腰かけていたミネルバが口を開いた。
「お祖父様、お祖母様、大変ご無沙汰しております。シェスカ様もお変わりなく良う御座いました」
「うん、近いのだしもう少し顔を見せに来てもらっても全然構わないのだよ。ところで、なぜミネルバがリチャード殿下と行動を共にしているのだい?」
先代夫妻とシェスカがリチャード側と向かい合う形である。今回は婚約者への表敬ではなく作業挨拶であるのでおかしくはないのだが、婚約者ではない孫娘がリチャードの隣に腰かけている事に若干の違和感を覚えた。
「今回の試みは、私とミネルバ嬢との共同研究となっています。互いに試験内容も違う為、現場の進捗を見る為に行動を共にしているのです」
ミネルバを庇うようにリチャードが体を前に傾けながら答える。
「うん、それで?どのような試験をとられるのかな?」
「処理を施した土を現在の畑表面にまきます。春先の種麦も処理したものを蒔いてもらう予定です」
「ほう、土と種麦とを、承知した。手紙に頂いた通り各地の代官に話は通しているし人足も現地で集めてさせているけれど、困った事があれば何なりと」
「ありがとうございます。それでは早速各地を回らせて貰います。シェスカ嬢、ではまたいつもの親睦の席で」
馬車への見送りの際、リチャードにエスコートされているミネルバを見て、先代夫人は眉根を少し寄せていたがシェスカは特に気にしている様子はない。
雲が低く薄暗い雰囲気の日だった。
◇
「エリザ、シェスカから封書が届いたよ」
「あら、元気でやっているのかしらね」
ダライオス邸の談話室で二人揃って封書を開くと、何枚もの便箋と共に手巾が2枚同封されていた。
「先代様ご夫妻には大変可愛がられているようで良かったわ」
「リチャード殿下との親睦も順調そうだし、エクゼスも機を見て色々世話を焼いてくれているようだ」
便箋を机に広げ、最初こそ二人揃って読んでいたのだが、気が付くとエリザが便箋を奪い取り、シェスカの書いた言葉を一言も零すまいと、娘の書いた文字を愛おしそうに指で辿りながら読み進めていた。
――当主宛に届いた封書を当主よりも先に読むのはどうなのだ?
という事を口に出す勇気も無く、同封されていた手巾を丁寧に広げてみると角にはシェスカが手ずから刺繍したであろう馬が美しく装飾されていた。
「これはトインビーだな、上手なものだ」
自分の愛馬の特徴をよく捉えて美しく刺繍してくれた娘の想いを嬉しく感じつつ、ボソリと一人呟いた。その呟きに反応してエリザが手巾を覗き込んでくる。
「蕪じゃありませんか、色だって……何色かしらこれ」
「そうか?トインビーだろ?」
「ほらここ、どう見ても蕪の葉じゃない……葉なのかしら? それに空色?ですし?トインビーなら芦毛でしょうに」
口では勝てないのでそういうものかと考え直し、黙って手巾を畳んだ。
「刺繍のモチーフはトインビーだと書いてありました」
「ほら、やっぱり!」
小さくガッツポーズをしてエリザを見ると、睨みつけられたので視線を膝の上の手巾に静かに戻した。
「あの子は昔からそうなのです」
読み終えた便箋を机に置き、目を細め手巾の刺繍を撫でながら言葉を続けた。
「何でも丁寧に一生懸命向き合うのですけど、少し、こう……へ、独特なのです」
「何が独特なのだ?」
「こういうのです!」
手巾を手に持ち、刺繍部分を顔の前にばっと広げてきた。
「何度も治させようとしたのですけれどね」
「そ、そうかこれは独特なのか?俺にはとても上手に感じるのだが……」
「普通はこういうデザインになりませんし、こういう色糸は使いません」
「な、なら今から急いでシェスカに」
思わず立ち上がった俺の袖をエリザが引っ張り、ずどんと着席させられた。
「あなた、落ち着きなさいな。シェスカはもう家から出ているのですよ。治しきれずに送り出したのは私の責任。後は輿入れするまでにあちらの先代夫人にお任せするしかないのです」
「そうか、俺は、俺はシェスカをキチンと導いていると思っていたが、結局は表面しか捉えていなかったのかもしれない。君こそがこういう細かい所まできちんと見ていてくれていたのだな」
何となくやるせない感じになっていると、柔らかく肩を抱かれた。
「若く領を継いで飛び回っていたあなたには大変な時期の方が多かったですもの、仕方がありませんわ。ましてや年頃の娘なら尚更、父親に内面など見せないものですわ」
「……」
「それに、あなたはあの子の表面しか見えていなかったと言うけれど、あの子はあなたの事をキチンと見ておりましたわよ」
「それは一体どういう……」
「はにかんだ笑い方や泣き虫な所、頑固で不器用な所とか、シェスカとあなた瓜二つですのよ」
「……そうなのか、瓜二つか……そうか、失ってから分かるというのも何とも皮肉なものだ」
エリザは困った顔をしながら微笑みかけてくれたが、目にゴミが入ったので顔を背けることにした。歳のせいかすぐ目にゴミが入りやすいのは、本当に困ったものだ。




