上手く説明できんですけど
『シェスカ・フォン・エグゼドを今代聖女とここに宣誓する』
『並びに、第一王子リチャードと聖女シェスカとの婚約を発表する』
『これに伴い、第一王子リチャードを王太子と任ずる』
バルコニーの一段下に控える体格の良い文官が声高らかに宣誓した瞬間、王宮前広場はファンファーレと大歓声に包まれた。白亜のバルコニーに立つ若い二人と他の王族達は、歓声に答えるようにこやかに手を振り続けていた。
何百年振りかの聖女の認定だ。その呼び名だけでも有難い雰囲気なのに、王太子と婚約までなさる。王国の前途はきっと明るい。
号外が配られ、その日王都はお祝いムード一色に包まれた。
広場の端、王国旗と領旗を掲げた荷馬車の上で、牡牛の刺繍が入った貴族服を着た熊のような大男とその妻であろう女性がずっと手を振っており、大きな白い犬もフサフサの尻尾をバタバタと高速で振っている。
荷馬車の上に立つ2人と1匹は周りからは完全に浮いていたが、白亜のバルコニーからは大変目立って良く見えた。
次の日、王城で晩餐会が開催された。王国支柱貴族6家一堂に会しての最高格式のものであり婚約発表の場でもあった。そこへ特別にダライオス伯夫妻も招待されていた。
周りは分かっていたとしても、公式に娘であると言うわけにいかない。だが娘の晴れ姿を見せてやりたいという国王の計らいであった。
末席で目立たないテーブルとはいえ、普段はお目に掛れない上位貴族に周りを囲まれて贅を凝らした料理に目を回しながらも、たまに上座に座っているシェスカに目をやると必ず目が合った。時折小さく手を振ったりして隣のエリザともコンタクトしている。
声は当然届かないので「き・れ・い・だ・よ」と大きく口の形をとるとシェスカは頬を染めて俯いた。伝わったようで何よりだ。
晩餐が終わり王族が次々に退出していく中、エリザと二人、目を真っ赤にさせたまま微動だにせず純白のドレスに身を包んだシェスカの姿をいつまでも見つめていた。
◇
日程を終え、邸に戻ったダライオス夫妻は、談話室で旅の疲れを癒すべく寛いでいた。
「シェスカ、とっても綺麗でしたわね」
「あ゛ー」
「……」
歳のせいか移動の疲れが抜けきれない2人は、お互い言葉少なく静かに過ごしていた。
ノックの後、執事のセバスが入ってきて告げた。
「旦那様、東の村の代官一行がお見えですが如何いたしましょう?」
「何かあったかな?」
「はい、皆さまを見た限り祝辞ではないかと」
「帰ってきたばかりで腰が痛い『ありがとう』と言っておいてくれないか」
「あなた!」
「はい!おいセバス、用意してくれ」
表に出られる格好に整えてもらい、セバスと共にエントランスへ向かった。
エントランスの外には、腹の出た代官と共に何人かの農民も来ていた。
「旦那様!お嬢様のご婚約おめでとうございます!東の村一同お慶び致します」
「ああ、皆ありがとう。順当に行けば王妃様だ」
「「「おお~」」」
――我が領民はノリが良いな
農民の一人が口を開いた。
「領主様、わたしゃね、本音を言えば帰ってきて欲しかったですよ」
「ありがとう、私も寂しいよ」
少しの間が開いた。
「ありゃ、旦那様は気づいておらんかったですか?」
「ん?何がだ?」
「お嬢様は何かお持ちですよ、だから学校終わったら帰してくれるように領主様にも代官様にも伝えただが上手く伝わらんかったです、けんど字の書ける奴が王様にお願いすりゃ間違いねぇって事で手紙送ってお願いしたですよ」
――お前らかよ
「ところで何かって何だ?」
「畑が良うなるような力を持っておいでですよ」
「そんな事あるものか」
「上手く説明できんですけど、ずっと畑をいじってる者なら今日明日の天気ぐらいは分かるようになるです、何となくそんな感覚に似てるんだけども、お嬢様からは小さい頃からそういう感じを受けてたですよ。水利の話し合いで何村か集まった時に話したけど、皆同じような感じを受けたと言ってましたです」
そういえば、この前ヴィクターが『民から慕われる何かがある』と言っていたな。
「……うむ、そうか、だがこれからは王国全土にそういう感じが及ぶのかもしれんな。皆の祝辞はありがたく受け取った。これからも力を合わせて領を盛り上げて行こうではないか」
――領主邸に置いてある国王嘆願箱か、時々中央の奴らが回収して廻っていたが、あいつ本当に全国の嘆願書を見ているのだな。そこから領民の言っていた私でも知らない何かを見抜いたのだとしたら……やはり王家、というかヴィクターは大した奴だ
◇
王家による聖女宣誓から1週間が経ったある日。
「私、ずっとあなたと結婚するものだと思っていたわ」
夕日が差し込む生徒会室での業務処理中、ミネルバが書類に目を落としたままポツリと呟いた。
「……ああ、私も同じように思っていた」
「……」
「なら……、どうして……」
どうして?
どうして断らなかったの?
どうして私を選んでくれなかったの?
俺は答えを返せないままでいた。
「私は、あなたと……ずっと……努力してきた……」
顔を背けたまま目を伏せているミネルバの声が途中から涙声に変わっても、変わらず答えを返せなかった。
――父王に相談された時、そう答えるのが正解だと思っていた。改めてどうして?と問われてみると、正解でもなかった気もする。変な計算をせず俺の想いを伝えるべきだった
「けれど、あなたは…」
「いや、私もミネルバの事は慕っていた。それは今でも変わらない」
「どうしてそんな事言うの!今更どうしようもないし、私はあなたへの想いを抱いたまま誰かのところへ嫁ぐしかないのよ」
その言葉を聞いた瞬間、ハッと目が覚めた。
今こそ本当に自分の心が分かった。やはりこの子と添い遂げたい。
私でない誰かの元へ嫁ぐなど想像すらしたくない。
「ひとつ考えがある……」
「……」
眼を真っ赤にしたミネルバがゆっくりとこちらを振り向く。
「父は王国の安定の為に聖女の名を取り込みたいと考えておられる」
「……」
「だから、ミネルバも聖女と呼ばれるようになれば婚約者の変更が能うと思うのだ」
「私には聖女様のような御力は無いわ」
「シェスカ本人に聞いたのだが、彼女も別にそういう力を持っている訳ではないらしい。麦の豊作を受けて、ただ領民が彼女は聖女だと騒いだだけというのが真相のようだ」
え?という風に瞠目してこちらを見上げてきた。
「だから、シェスカとの結婚が確定するまでにミネルバが同じ事を成し遂げればそれはもう聖女と呼べると思うのだ」
「けれど、どうやって?」
「それについて考えがある。私を信じて欲しい、そして協力して欲しい」
「……ええ、あなた以外が夫となるなんて想像できないもの。あなたを信じるわ」
軽く抱き合った後、二人は揃って生徒会室を後にした。




