俺が悪いのかもしれないが、悪くないような気もしている
アレな表現が出てきます。
用法用量を守って正しくお楽しみください。
馬車が見えて気が抜けた。
地面に転がっている透かし門に衛士が潰されていたが、行きと同じ格好な気がするのでもう死んでいるのだろうと思い、構わず踏み越えて外に出た。
「終わったよ」
「そう、もういいの?」
「ああ」
「なら帰りましょう」
エリザの顔を見た瞬間、安堵からか一気に眠気が襲ってきた。
幌馬車に乗り込む前にトマスにメイスを預けるとズリズリと引きずりながら馬車へ向かう。幌馬車の馭者に声を掛けていたから二人で積むだろう。
――もう寝たい
シェスカの棺の横に倒れ込むように横たわると、幌馬車の床板の感触が来ると思っていたが、若かりし頃によく寝た柔らかい感触の枕があった。
「君の服が汚れてしまう」
「もう家に帰るだけなのだから、気にする必要なんてないわ」
「そうか」
頭を撫でられた所までは何とか覚えているが、記憶にあるのはその辺りまでだった。
◇
扉のノック音で目が覚めた。
「陛下、ご報告が」
昨夜、友との別れから一向に寝付けず、酒瓶を取りに行こうとした所までは覚えているが、遠征から昨夜の流れで限界を迎えたのかそのまま意識を失っていたようだ。
「ああ、入れ」
ソファーでの寝起きで身なりは滅茶苦茶だが、侍従からの急ぎの報告は気にせず全て受けるようにしている。
「失礼します。深夜、法務卿の邸にダライオス伯爵が押し入り。ダフターバーサー侯爵を殺害したと報告を受けました」
――通したのだな
「そうか」
「……?」
「どうした?」
「いえ、驚かれないので既にお耳に入っていたのかと思いまして、被害報告も入っております」
「聞こう」
侍従はメモを開き読み上げる。
「被害は少なくとも、死亡15、重体10、重傷5、軽傷者0、死亡者には侯爵当人、子爵家当主、男爵家当主、伯爵家嫡男なども含まれているようです。全容はまだ調査中ですが、助かる見込みの薄そうな者も多数居るようで人数は変わる恐れがあるとの事でございます」
――大惨事過ぎるな。しかし、こういうケースでは普通、人数分布は逆になるだろうに
「侯爵家の仕切りは誰が?」
「嫡男様が取っておられるとの事」
――跡継ぎは残せたか
「ダライオスは?」
「馬車で去ったとの事です」
「分かった。この件は儂が持つと皆に伝えよ」
侍従を下がらせ椅子に深く腰掛けた。
脱力感に苛まれて、肘をついて顔を手で覆った。
考え無しの息子を殴りたかった。
友を嵌めた法務卿を斬りたかった。
シェスカの仇を一緒に討ちたかった。
何より自分自身に腹が立って仕方なかった。
――友を、友の娘を、臣下を、領民を、失った。全部、全部儂のせいだ
本日の全てをキャンセルして、長い間ボーッとしていた。
何度か報告が来たが全ておざなりに対応した。
報告以外、誰も来なかった。
本当の自分を理解してくれる者は誰も居なくなってしまった。
とっくに日は沈み、灯りをともす為のメイドが来たが断った。真っ暗な部屋の中、さらに長い間ボンヤリしていると執務室のドアが叩かれた。
「何だ?」
「陛下、ヘクター伯より急報でございます」
「分かった。謁見の間へ向かう。急ぎ支度せよ」
謁見衣装を纏い、謁見の間へ着くとヘクター伯の使者が控えていた。
「申せ」
「ハッ、農民が一揆を起こしました。現在領兵にて対応しておりますが数が多くご支援頂きたく参上致しました」
「分かった。子細は軍務卿に伝えよ。下がれ」
使者は下がり、入れ替わりでベイ卿が参上してきた。
「お呼びですかな」
ヴィクターは一切感情のない顔でベイ卿に命じた。
「ベイよ、ヘクター領にて一揆が発生した。騎士団を引き連れて一掃せよ」
「ハッ、不肖 ベイ=ヴァン=ゲリング、陛下のご下命に従い。陛下に仇なす者どもを必ずや殲滅してまいりますぞ」
ベイ卿はニカッと笑い御前を退出して行った。
謁見の間に並び立っていた者達は驚いたような複雑な顔付きをしていたが、もう何も感じなくなっていた。
◇
いつものベッドで目が覚めた。
どうやらあれから丸1日ずっと寝ていたらしい。
「あら、目が覚めたのね」
「これは?」
目や口以外は包帯でグルグル巻きにされていた。何か所か血が滲んで触ってみると色んな所が縫われていた。根元まで刺さっていたはずのボルトも抜かれている。今まで刺さったボルトを抜いたことは無いが、寝ていれば案外気が付かないものらしい。今までの怪我でも、縫われる時に痛いのを我慢せず寝ておけば良かった。
聞けば、重体の当主と物言わぬ帰宅を遂げたシェスカを見て邸内は大激怒で衛士はおろか使用人までもが討ち入り準備を行い、何人かはやる気になっていたとか、だがもうそれは俺が終わらせたとエリザが宥めて止めたらしい。表立って公表できないシェスカはゲストルームに安置されており常に邸の誰かに話しかけられているのだとか。
一度シェスカに会いに行こう。
ベッドの端から立ち上がると、力が入らず崩れ落ちてしまった。急いで駆け寄ったエリザをそのまま潰してしまい、侍従に助け起こしてもらい椅子に腰かける。困った、立てない。
感覚的に血が減っているせいな気がしたので、とりあえず肉多めで食事を頼んだ。
「ご用意ができました」
やっと来た!危ない所だ。あと少し遅ければ意識を失うところだった。
並べられた料理を片っ端から食いまくる。
胃に穴でも開いているのではないかと思う程、幾ら食べても腹が満たされない。
初めはカトラリーを使っていたが間に合わない、出征中のように手とフォークだけで齧りつく。フォークを持つのに違和感があったので見ると指が何本か無かったが、食べるのに支障はない。
ワゴンに載った料理が次々運ばれてきたが、次の皿が間に合わない。皿がテーブルに置かれた瞬間に空になっているのだ。全然駄目だろう。
文句を言うと、終いには焼いた肉に塩を振っただけという料理が何皿も運ばれてくるようになった。こういうので良いのだが、それでも遅い。
更に文句を言うと部屋にグリルを持ち込んできて、炙り終えた端から斬り落として皿に盛り付けてくれるようになった。どうやら俺は羊の丸焼きを食っていたようだ。料理人の二人が別々の箇所を切り取り、塩を振って皿に盛り付ける。
うん、このペースが丁度良い。
口の回りの包帯が食べるのに邪魔でそこだけ引っ張ると千切れてしまい、包帯全体が緩くなってしまったが座って食べているだけなので問題はない。
食うのに手を伸ばしたりしている内に更に包帯が緩くなり、もう上半身は何条かの包帯がぶら下がっているだけになったが食べ終えたら巻いてもらおう。
丸焼き肉がもう削げるところが僅かしか残っていないと見ていると、
来た!唐突に来た!腹が満たされた!俺は満腹になったのだ!
「ありがとう満足した」
先ほどまで立つ事も出来なかったのに、今ならいけそうだ。足首を動かしたり太股に力を込めてみたりして確める。
よし!大丈夫そうだ!
試しに、勢いよくガッと立ち上がると、給仕の娘が「ぎゃーーーーー!!!」と叫びながら両手を上に挙げて部屋から飛び出して行ってしまった。
両手を挙げていると走りにくいだろうに、等と考えながら自分を見ると、全ての包帯が解けて足元に落ち、俺が纏っていたのは股間に引っかかっていた包帯1条だけであった。
エリザに滅茶苦茶怒られた。
俺が悪いのかもしれないが、悪くないような気もしている。だが、それを言ったところでエリザに勝てる訳も無いので、大人しく怒られておく。
「それで?もう治ったの?」
「どうだろう、左目は見えないが体の痛みは無くなったよ」
「相変わらず気持ち悪い体力ね」
「気持ち悪いってことはないだろう」
「十分気持ち悪いわよ。あなたが寝てる間に、刺さった矢をペンチで無理矢理引き抜いたけど全く起きなかったじゃないの。抜いた瞬間にイビキがちょっと止まっただけだったのよ。見てるこっちは気を失いそうだったというのに」
「とてつもなく高額らしいが、今は手術の間寝ていられる薬もあるというじゃないか。それと一緒だろう?」
「はいはい、もう結構よ」
エリザはあきれ顔で寝てる間の治療を説明してくれた。
「それでシェスカの埋葬なのだけれど、邸は次の人が使うから敷地内の墓所では駄目だと思うのよ」
「そうだな。親父達の墓はもう動かせないからあのままで我慢してもらうとして、新たな墓地を考えるか」
「街の南の丘はどうかしら?」
「栗の木が一本ある丘だな。良いな。シェスカは栗好きだったから、きっと満足するだろう」
二人でゲストルームへ向かい、目が覚めてから初めてのシェスカとの対面だ。
「おかえり、シェスカ。君の家に帰ってきたよ」
棺をポンポンと優しく叩きながら挨拶をした。
もう涙は出なかった。




