ダライオス栗
【 最終話 】
シェスカの葬儀と埋葬は邸の人間だけでしめやかに行われた。
栗の木の丘まで神父を運んで行くと驚かれた。
伯爵家とは思えない程の小さな墓石を見ると更に驚かれる。
――仕方ないだろう。表立って行う事は出来ないのだから
領を挙げて表立っての送り出しは出来ないが、キチンと家の娘として牡牛の旗を掛けて送り出した。
シェスカとの最後の別れは、特に仲が良かった使用人達が大泣きして縋りついてどうにもならなかった。まさか子供の時から可愛がっていた子を婚礼の為と割り切って泣く泣く送り出したのに、さほど時を経ずに無言の帰宅になるなんて誰も想像すらしていなかった。
しんみりとしてしまったが、やる事は進めていかねばならない。
◇
「旦那様、換金できる物は全て換金致しました」
「ああ、夕餉の後に皆をホールに集めてくれ」
急遽集められた使用人達はどこか落ち着かない感じでホールに並んでいた。
「仕事があるのに呼び出してすまない。皆に伝える事がある」
邸の雰囲気から察していたのか、皆静かにしている。
「聞き及んでいる者も居るだろうが、爵位を陛下にお返しする事になっている。私達が居るのは引継ぎの1週間だったので後4日だ。4日目にはここは王領となり王都から領主が派遣されてくる」
使用人達も生活に影響があるので、流石にガヤガヤとなる。
「静かに。君たちの事は陛下に頼んでいる。恐らく全員このまま働ける事となるだろう。だが邸から去る私達はそれを見届ける事ができない。従って何があっても困らないように今から全員に慰労金と紹介状を渡す」
ホールにどよめきが覆う中、使用人の1人が手を挙げる。
「旦那様、どうして爵位をお返しするのですか?」
――まぁ、気になるよな。全員に伝えておかないと困る事もあるか
「継ぐ者も絶えたからな。それに、いずれ分かる事なので言うがシェスカは偽聖女として王家を謀った。その責任を負わなければならない。没収では無く返上とはいえ、紹介状の効力が無いかも知れない事を考慮して欲しい」
「そんな訳ないじゃないですか!」
一人が声を上げると、皆がそれに続いた。
「お嬢様は謀るような事は何もされてない!」「納得できません!」「あいつらが連れて行ったんじゃないですか!」「お嬢様を返せ!」「許せない!」「やりましょう旦那様!」「私もやります!」
「旦那様、弔い合戦です!お供します!」「ヤるのは王様ですか?王太子ですか!」
「俺は斧が振れます!」「俺は包丁二刀流!」「私はハサミで刺します!」
「わ、私はワゴンで轢きます!」
「「旦那様!」」「「奥様!!」」
ホールに喧噪が広がり収拾が付かなくなってきた。どうしようかと考えていると、パンパンとエリザが扇を叩いた。
「ありがとう、みんな。途中不敬な言葉もあったけれど外で言っては駄目よ。けれどシェスカもきっと喜んでいるでしょうね」
ホールが一気に静まった。
「みんなの想いは伝わったわ。悔しいのも分かる。けれどね一番悔しいのは私達なの。分かるわね?それをふまえて言わせてもらうわ」
そう言うと、パシっと扇を手に叩き付けた。
「偽聖女として王家を謀った、そういう事で納得なさい」
「「「……!!」」」
「そして後任の人と共に、この邸を変わらず支えて欲しいのよ」
「奥様達はどちらに行かれるのですか?爵位は無かろうが、変わらずお供したいのですが」
エリザは暫く答えに詰まっていたが、使用人達は黙って答えを待っていた。
「私達は栗の木の丘にいくわ」
「え、それって……」
「もう決めた事なのよ。そして、供する事は許しません」
「そんな、嫌です!」「だからお二人の様子が乱れてなかったのですね」「なんで、お二人が後を追わなければならないのですか!」
今度はホールに嗚咽が広がった。
「なんでって、シェスカ一人では可哀そうでしょう?これは私達家族の問題なの」
「それにね、仇はすでに討ちました。そうでないと旦那様があんなボロボロで帰って来る訳ないでしょう?」
「討った相手は貴族、報復が無いとはいえません。けれど私達が去った後、ここは王領になります。そうなれば他貴族は手を出せないから安心して頂戴。そして、このまま後任の領主を支えてあげて頂戴」
エリザはふと何かに納得したような顔をした。
「けれど、そうね。去る私達は案外穏やかなのだけれど、残る貴方達の為にもキチンとお別れをするべきよね。シェスカを失った私達と同じ思いをあなた達にもさせる所だったわ」
そうして立ち並ぶ使用人達をぐるり見渡して述べた。
「あと数日あるのだけれど、今、この時を持って今生の別れの挨拶をしましょう。一人ずつ名前を呼ぶから、こちらに来て頂戴」
「マリー」
過呼吸を起こしかけていたマリーが最初に呼ばれ、落ち着くまで抱き締められた。
「少しは落ち着いたかしら?」
「……奥様」
「私にとってマリーは家族であり妹よ。何時も傍に居てくれてありがとう。あなたへの感謝はずっと忘れない。あなたも私達家族の事を覚えておいてくれると凄く嬉しいわ」
「ええ、……ええ、奥様を忘れる事などできません」
他の者の名前が呼ばれ、皆一人ずつお別れをし小袋と封書を持って殆どの者は泣きながらホールを後にして行った。
次の日は各村の有力者や代官が呼ばれ、そこでもひと悶着あったが同じような流れになり、やはり最後はそういう事で納得してもらった。
◇
「ふぅ、礼状なども全て出し終えたし。これで全部お終い」
パタンと帳面を閉じてこちらを見た。
「明後日到着するようだ」
「そうなのね、まだ報復の可能性ってあるのかしら?」
「当主が討たれて、ここまで日が開いた時点で面子は潰れている。可能性は低いだろう」
「邸の子達が巻き込まれないなら良いわ。じゃあ今夜にしましょうか」
「分かった」
部屋の扉がノックされ、セバスが来た。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
「セバス、今夜立つ事にするよ」
ついにかという表情を見せた後、セバスは辛そうに顔を顰め俯いた。
「旦那様、明日の夕餉は子羊のシチューの予定でございます」
「え、それなら明日――」
「あなた!」
「はい」
「水を差して申し訳ございません。一日でも長くと願ったのですが」
セバスは顔を上げ一転いつもの晴れやかな顔に戻って続けた。
「全てご用意できてございます。使用人一同感謝を持って送り出しますのでご安心下さいませ」
「長く仕えてくれていたのに、最後は嫌な役目ですまないな」
「いいえ、ガストン様とエリザ様には感謝しかございません。明日の朝お部屋にお伺い致しますゆえ、ごゆるりとお過ごし下さいませ」
何時もより深く長く礼を執り、セバスは退室していった。
「ワインでも空けましょうか」
「そうだな」
「飲み時を逃してしまっていたワインがあるのよ」
「何だろう」
エリザは立ち上がって棚から古びたワインを抱えて戻ってきた。
「シェスカの産まれた年のワイン」
「まさに飲み時だな」
2人向き合い、今までの想い出話をしながらグラスを傾け続けた。
何故か途中から俺への愚痴が多くなってきて幾つか反論したら酷い事になったので、後は黙って聞いてその都度謝っていた。
そろそろボトルも空になりそうだ。
「この陛下から貰った薬、苦かったら嫌だわ」
「味は聞いていないな」
そう言うとエリザは躊躇なく瓶を開けて飲み干した。
「あら、悪くないわね」
「君は本当に思い切りが良いな、情緒とかそういうのは無くしてしまったのかい」
「あら、今更愛がどうこう言うとでも思ったのかしら。それにもしこの先があったとしてもまた探してくれるのでしょう?」
「当たり前じゃないか」
「なら……いい……」
「……」
机に伏せたエリザをベッドに運び、身なりを整え手を結ばせる。
上からシェスカに貰ったカーデガンを掛けた。
「しかし、君には最初から最後まで頭が上がらないままだったな」
やはり返事は返ってこなかったので、小瓶を一気に煽ってベッドで横になり、お気に入りのカーデガンを掛けて目を閉じた。
牡牛の紋章が降ろされた。
◇
ダライオス領都の南に大きな栗の取れる丘がある。
丘いっぱいに栗の木が植わり、領の大切な特産となっているが、不思議と丘以外に植えた栗は太らない。
そんな栗の丘の中心近くに一際大きな栗の木があり、その近くには3つの石標と1つの小さい石標が建っている。由来を知る者はそう多くは居ないが今でも時々花が添えられるという。
【 第一部完 】
最後までお付き合い頂きありがとうございました!
この話は、私の処女作となります。(本作の途中、気分転換で短編を放り込んでいます)
ひよっこは長編を書かずに取り敢えず完結させなさい、と何かで見たので、一度完結できる話を書いてみようとの試みで3部構想の2部目を中編として完結させた話となります。
なのですが、やはり不完全燃焼ですよね。タイトルの為に無理やり栗撒いたりしてますし。
このままですと気持ち悪いので、一部完に変更させて貰います。(終わる終わる詐欺みたいで申し訳ありません)
構想では残り2部、文字数10万~20万(私の見立ては当てになりません)といった所でしょうか。
読まれる方も多くなく万人受けしない本作ですが、最後までお付き合い頂いた方の為にも年内再開を目指します。
ここまでお読み下りありがとうございました。
再びお会いできますように。
2026/9/20 遠見じゅん
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