娘は俺の最愛だった
残酷な表現が出てきます。
用法用量を守って正しくお楽しみください。
二人はそれぞれ得物を構えて静かに対峙していたが、話を切出したのは父だった。
「ノックもせず小汚いなりで執務室に入ってくるとは、常識を知らぬ奴だ」
「常識を知らない使用人達に迎えられたのでな」
「ダフターバーサーに刃を向ける事が何を意味するか分かっておるのか」
「さあな」
「法に対して延いては王国に対しての反逆と同義であると心得よ」
「大げさな奴だな、俺は個人的な礼を届けに来ただけだ」
「破滅しかないと分かっていてもか」
「それでも届けたかったのだ」
「ふむ」
父が動いたと分かったのは、低い体勢で伸びきった右手からアッパー気味にレイピアが繰り出された後だった。
奴は体を捩り何とか心臓への直撃は躱せたものの、切り裂かれた左胸から血飛沫をあげた。躱しながら振り下ろしたメイスが届く時には父は既に元の態勢へ戻っており、大理石の床を砕いただけだった。
「速いな」
振り抜きは当たらないと判断したのか、メイスの中程と柄とを持ち槍のような構えを見せる。ボッと風切り音を鳴らしてメイスを突き入れたが、軽いサイドステップで躱し、奴の伸びた右腕をマンゴーシュで切り裂いた。構わずそのままメイス薙いだがバックステップで難なく躱す。
深かったのか、ボタタと音を立てながら腕から血が舞う。
――予想通り全く勝負になっていない
「困った、追いきれんな」
「ふむ。ならば無礼を詫びながら死ぬがよい」
二人の間合いは詰まることなく、最初と同じ位置に立っていた。
「それは無理だ。娘に顔向け出来ないのでな」
「大罪を犯した娘と同じ所に逝くのだ。顔向けも何もすぐ会えるだろう」
「あの子が大罪など犯す訳がないだろう」
「我が取り調べたが、動乱罪は大罪だ」
「どう取り調べたのだ?」
「質問を1つ『お前は聖女と偽ったか?』と聞いただけだ」
「きっと『いいえ』と答えたのだろうな。あの子は自分の事を聖女だなんてこれっぽっちも思っても居なかった」
「その通りだ。姿勢を正して素直に答えていたよ。暴行などしておらぬから安心して逝け」
2合打ち合って負けはないと理解したのか、口元が冷ややかに上がった。
「養家まで巻き込んでくれれば娘の死にも価値があったというのに、とんだ茶番に終わったよ」
「そうか……茶番だったか」
不意に廊下にいる私にも分かる程、部屋の圧が上がった。
父は目を見開いて警戒し、体の正中で剣先を上に掲げ、構えを取る。
奴の黒目は小さく白眼となり、噛み締めた歯はギチギチと音を鳴らし、額には太い血管が何本も浮き出る。
腕と胸ははち切れんばかりに膨らみ、毛という毛は全て逆立ち、頬から顎にかけての血のこびり付いた汚らしい赤毛も真っすぐに立っていた。
奴はメイスを右手だけで体の正中で縦に持ち、左手を軽く前に出す。およそ武器の構えではない構えを取った。
急所の集まる正中はメイスで、前に出した左手で心臓を護るつもりなのだろうが悪手だ。レイピアの刺突を前にして人の肉や骨の防御力など無いに等しく、手や腕を貫通したままレイピアの先端で心臓を貫く事など容易いのだ。
父は誘いかどうか判断が付かないようだったが、気を引き締め直し奢りは顔から消え失せ、数々の賊を退けてきた顔付きとなっていた。
奴はその構えのまま、ゆっくりと前に出る。傍から見ると理性を失い正常な判断など出来なくなっているようにしか思えない。
「何のつもりか知らんが良いだろう」
父の体がブレたと同時に奴も前に踏み込んだ。
カウンター狙いだろうが、レイピアに重たいメイスが合わせられる筈がない!
父は踏み切った左脚から切先まで真っすぐに、奴の心臓目掛けて超速で体ごと飛び込む。
予想通り、レイピアの切先は防ごうとした手のひらを一切の抵抗も感じず貫通し、心臓目掛けて突き進む。
奴は掌をレイピアが貫通した瞬間外に開き、レイピアの軌道をずらすが、それを読んでいた父はずらされた軌道を強引に捻じ込みなおし切先を心臓に突き通して根本まで突き入れ、奴の背中からは長いレイピアの刀身が生えた。
攻防は一瞬の出来事の筈だが、不思議と互いの動作の全てが手に取るように見える。
――やった
激突後の刹那の停止。
モノクルが砕け散った。
「がっ……」
レイピアは掌を貫通して肩口を貫き奴の手と肩を串刺しにしていたが、刺突後の低姿勢であった父の顔には膝がめり込んでいた。
父の脚捌きから刺突と見切って、激突するような形で膝を置きにいったのだ。何たる下品!こんなもの貴族の戦いとしてありえない!
互いに踏み込んでの激突の為に深く刺さってしまったレイピアを放棄し、すぐさまバックステップで間合いを取り直す。追撃を切る為にマンゴーシュを薙ぎ入れるが、膝を受けた直後の為かキレが落ちている。メイスを放棄していた奴はそれを見逃さず、バックステップに合わせて前に跳躍して父に密接する形で追随し、マンゴーシュで薙ぎに入った左手首を掴むとそのまま大きくのけ反り、西翼全てが揺れる程の頭突きを放った。
「かっ……はっ!」
間を開けずに体重を載せた前蹴りを放ち、手首を掴まれたまま頭突きを受け朦朧としていた父はそれをまともに受け水平に吹き飛び、壁に激突して膝と手を突いたが、左手を突いた瞬間ビクリとして、短い呻き声と共に折れていたらしい左手を庇った。
我慢できず思わず叫ぶ。
「父上!」
「く、来るな。手出しは……無用だ」
膝を付いた父が見上げると、目の前にはメイスを溜めきって捻った背中を父に向け肩越しに睨めつける奴が居た。
「父上!!!!」
「ヌウウウウウウウウアアア!!!!!」
変わらず左手と肩をレイピアで縫われたまま、割れる程噛み締めた歯を剥き出しにし、メイスを握り込んだ右腕と背中にめり込んだ柄をミシミシ言わせながら、溜めに溜めた渾身の一撃を振り抜いた。
メイスの頭は完全に置いて行かれ、金属製の柄を弓なりに曲げながら追いかけてきた。低弾道のそれは大理石の床を削って火花を散らし、かち上げ気味に父の頭を通過していった。
―パシャ―
身構えた音とは違う、袋ワインを床に落とした時のような軽い音が響いたのと、父の頭部が消えたのはほぼ同時だった。
少し間を空けて、振り抜いた時の風圧が廊下にいる自分の頬に触れた。
父の体は最後の態勢のままそこにあり、飛ばされた頭部が何かにぶつかったような音はいっこうに聞こえて来ない。
「父上!父上!」
次は自分が殺されるかもしれないとは一考もせず。父の亡骸に駆け寄った。
「あ、ああああ、あああああ」
未だ首から血を吹き出す父の肩を掴むが、頭の無い遺体に対して父上という言葉がどうしても出てこない。
父の後ろの壁から天井まで、まるで部屋を2分するかのように血糊が真っすぐに引かれており、軌道上を目で追うが頭部が見当たらない。
いや、耳や鼻といった顔を構成していた物は壁にこびり付いている。天井のシャンデリアには髪の付いた肉片なども垂れ下がり血がぽたりぽたりと滴っている。およその頭部を構成していた物はあるのだが頭骨というか形作るものが見当たらないのだ。
後ろには抜いたレイピアをガラランと放り投げた熊男が立っていた。
「親父の遺品だ」
「き、貴方は何故こんな事を」
「娘の仇だ」
「なら貴方は親の仇だ!」
「そうか」
右腕の出血が酷い所を手巾を破って縛りながら、まるで興味も無さそうに答えた。
「父は立派な人だった」
「そうか」
「法を守護し、国民の空腹を満たそうと画策していた」
「そうか」
脚のボルトを引っ張ったりしていたが、諦めたようだ。
「娘は俺の最愛だった」
「……」
「礼は届けた」
熊男は「痛つつつ」とか言いながら、メイスを杖代わりにして部屋を後にした。
楽しんで頂けましたでしょうか。
面白いと感じたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけると嬉しいです。




