法曹家ダフターバーサー
残酷な表現が出てきます。
用法用量を守って正しくお楽しみください。
床に伏せさせられていた指南役は転がって距離を取り、剣と盾を捨て、代わりに床に転がっていたハルバードを拾い上げながら立ち上がった。
ビュオッと風切り音を鳴らしながら指南役はハルバードを構える。
「ガストン、私だ、覚えているか?」
「……?」
指南役はバイザーを上げ、おもむろに奴に話しかけた。
「タイタスじゃないか!厄介な動きをする奴が居るなと警戒していたがお前だったのか。タイタス、お前、第一は?」
「7年前に除隊したよ。当主を継いだのでな」
「そうか、どこかで隊を率いているのだろうと思っていたが私兵を率いていたか」
「もう20年程経つか?一緒にしごかれていた頃が懐かしいな」
「お前の顔で一気に当時を思い起こされたよ。そうだ、しごきと言えば隊長に会ったぞ」
「おお、ご壮健であられたか?」
「お元気だったぞ。相変わらず人の話を聞かないお人だったがな、なぜか髭が片方無かった」
「何だそれ、何があったんだ」
「聞けるか?」
「聞けない」
「「ハハハッ」」
――殺し合いをしていたかと思えば、久しぶりの旧友との談話が始まってしまった。騎士とはこんな感じなのか?ここに来るまでに何人も殺した挙句、足元には死体が幾つも転がっているんだぞ。理解できない
「あの場では盾受けでの足止めが最善だと思ったが、僅かの時間も稼げないとは思わなかった。私の盾受けの未熟さが悔やまれる」
「崩れてくれたのは運がよかっただけだ。受けきられていたら串刺しだったろう」
二人共自然体で何気ない会話をしているのだが、会話しながらも2人緩やかに動いて位置取りを行い、その間も突きの構えや薙ぎの構え、穂を前にしたり柄を前にしたり、相手のそれに合わせた構えに直したりと徐々に空気が張っていくのが未熟な俺にも分かった。
「騒動を聞いた。娘さんは本当に気の毒だった。冥福を祈らせてくれ」
「ああ、受け取ろう。ところで通す気はないか。用事があるのは奴だけなんだ」
「無理を言うなよ。私もこの家の分家筋なのでな、何より倒れていった奴らの指南役でもあった」
「そうだな。悪い、先の言葉は忘れてくれ」
「なあガストン、先に断っておいて何だが一つ頼みがある」
「聞こう」
「後ろに控えているのはうちの若だ。逃げずに見届けると言って付いてきてな。俺に万が一があれば、どうか見逃してやって欲しい」
「向かってくれば容赦できんぞ」
「それで良い。騎士の習いだ」
言い終えると指南役はガシャリとバイザーを下げた。ホワイエ内の空気がキンと張り詰める。
お互い獲物を構えたまま睨み合っていたが、先に動いたのは指南役だった。
ハルバードを斜めに背負い、一見嘗めた風にも見える構えを取っていた指南役は、突然全身でお辞儀するような姿勢を取った刹那、ハルバードの斧が奴の肩口に現れた。
見えない!
背中全体をテコの中心に使い、堅い柄をしならせて穂の重いハルバードに円として超速の速さを与えるのだ。
奴はメイスを両手で幅広く持ちそれに答える。
重量武器同士がギャリリと火花を散らせながら自らの意地を通す。奴はどっしりと床に足をつけたまま最小の動きで受けきったが衝撃は相当の物であったようで、受けきった時には半身分ズレていた。
ハルバードの一撃を凌いだ奴はぐっと踏み込みメイスの柄でかち上げる動きを見せたが、指南役が握り手を返したのを見て即座に姿勢を低く落としたが間に合わず、ハルバードの引きで左肩をざっくり切り裂かれ鮮血を舞わせる。
斧部分を敵の背後に滑り込ませ、刃を起こして引き斬るを1動作で行う指南役の決め技だ。
刃の起こしは首か肩かの二択を相手に迫り、刈り獲る。稽古で何度か見せて貰ったが、一度も躱せたことがない技だった。本人は二択と言っていたが、恐らく刃が入るであろう箇所を瞬時に判断しているのだろう。
「届かぬか」
奴は返事をせず、強引に体全体を捻じっておこなったハルバードの引き斬り動作で間合いに残されていた左腕を、脇下から思い切りかちあげた。
千切れ飛んだ腕が赤い糸を引いて天井にぶつかり、僅か先にズシャリと落ちた。
幼少の頃から何度も頭を撫でてくれたその腕が目の前に落ちている。ずっと世話になっていた人物の惨状に思わず飛び出しそうになる。
「若!約束です!」
指南役はこちらを見ずに叫ぶと、勢いよく血が噴き出す傷口を押さえる事も無く、ドシャリとうつ伏せに倒れた。
◇
目の前で起きた戦闘が一瞬だったのか、一刻だったのか分からず、気づけば両手を握って壁際の梁に蹲っていた。
床に真っ赤な染みを広げ続けるホワイエから「痛つつつっ」と言いながら、のそりと奴が歩み出て来た。
即座に目を反らした。まともに見れない。息が出来ない。絶対的な恐怖に体全体が震え、着込んだメイルの各所がカチカチと音を立てている。何をしてもしなくても奴が動けば一瞬の内に絶命する光景しか浮かばない。
そんな永遠とも思える時間をギュっと目を瞑って蹲っていると、執務室の扉が轟音と共にはじけ飛んだ。
――不味い!父上が!
抜けた腰を奮い立たせ、まろびながら執務室前に駆け付けると、両扉の片側が吹き飛ばされており中の光景が廊下にいる自分に飛び込んできた。
父が剣を抜くところだった。
法曹というのは、とにかく敵が多い。
王国も何代か前から法に重きを置き中央集権化を図ってきたのだが、貴族の特権意識が強く中々進まない。昨日今日法律が施行された訳でもないのに、貴族は法の上に存在する等と考える輩が未だに多く、法に照らして罰すると今回のように逆恨みで襲ってくる者が後を絶たない。
そこで家門を集結させ、各々に武を持たせ主家を護るというのが法曹家ダフターバーサーの方針であった。父も例外ではなく何度も襲撃をされたが、持ち前の体躯と怠らない訓練により全て返り討ちにして来た。
父は家門の誰よりも修羅場を潜り、家門の誰よりも強い。
それは軍事の集団的強さではない。1対1若しくは1対少数を切り伏せる決闘的強さである。
息子である立場から今まで何度もそういう場面に遭遇し、その度に相手の急所に小指程の穴を穿ち、即座に絶命させる父の強さを目の当たりにしてきた。
その神髄は速度と正確さ。
細剣であるレイピアから放たれる刺突は、見てからでは到底反応できない速さで相手心臓や頸動脈に突き入れ一刺しで絶命させる物であり、左手に持つ長めの短剣であるマンゴーシュは追撃や、刺突で伸びた側面の防御に使い、レイピアの隙を補う。
レイピアとマンゴーシュの二刀を構えた父には、重装備の騎士以外は勝ち筋がない。
ましてや相手は重たいメイスと満身創痍で脚にボルトを生やし、対レイピアで一番重要な瞬発力が無い。しかも父上の利き手側、即ちレイピアの攻撃側である左目が恐らく見えていない。
先程まで、奴こそが死の象徴のように感じて震えていたが、部屋で二人の姿を見た今、奴が何も出来ず貫かれるイメージしか見えなかった。
二人はそれぞれ得物を構えて静かに対峙した。
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