家門の矜持
残酷な表現が出てきます。
用法用量を守って正しくお楽しみください。
隣でクロスボウのセットが終わった兵士が欄干から頭を出し、ボルトを発射した瞬間、兵士は弾かれたように後ろに飛んで行き、眉間に生やした剣により壁に縫い付けられて動かなくなっていた。
奴を見ると太ももを押さえており、ボルトが突き刺さっている。どうやら撃ち合う形になっていたようだ。他にも服は裂け、腕や胸など至る所から流血している。
そのような状態にも関わらず、動きが鈍くなる素振りが全くない。
長い柄の中程を起点にメイスを回転運動させながら、いなして、叩き付けて、突く。攻撃はメイスの頭、柄どちらからも繰り出され、動き自体は達人の繰り出す槍やハルバードのものに近いが打ち合った後の動きが違う。
打ち合うと騎士達の剣は弾き返されるのに対して、奴のメイスはそのまま軌道を逸らさず、勢いも殺さず打ち抜いてくる。
パリイで軌道を逸らす事が出来ないのだ!
そして、崩されてから両手で繰り出す渾身の振り下ろし。鎧や盾など関係なく騎士は動きを一撃で止める。
――こんなのはオカシイ
初めは12,3人居た騎士も残りは階段踊り場に3人、射手はもう居ない。
太もものボルトのせいか、奴がびっこを引きながら踊り場に降りて来た。
「若、若は当主様に退避を促して下さい。お前達!こちら側へ一旦引け!踊り場からの登りを迎え撃て」
「満身創痍に見えるが、このまま押せないか?」
「無理です。あの3人が時間を稼ぎますから当主様への提言を頼みます。私は手勢を率いて執務室手前のホワイエで迎え撃ちます」
「わ、分かった」
戦闘を尻目に廊下を走り執務室へ飛び込んだ。
「父上、形勢は良くありません。子爵が時間を稼ぐ間に退避をお願いします」
父は既に腰に鞘を吊るし終えていた。
モノクルを布で拭き、取付の具合を確かめると言った。
「ふざけたことを、何故我が逃げねばならん。正義は我らにこそあるのだ。法を守護せしダフターバーサー家の矜持として無法者に屈する事はない」
「申し訳ありませんでした。私はホワイエで子爵と共に迎え撃ちます。どうかご健勝で」
「待て」
「……?」
「お前だけは逃げろ」
「父上の退避を促しに来たのです。それなのに父上を残して私だけ逃げるというのは出来ません」
「そんな事は良い、万が一にも次期当主であるお前を失う事はできない。命令だ。お前だけでも生き残れ」
「申し訳ありません。承服しかねます。では」
扉を後ろ手に閉め、廊下を走ってエントランスホールへ向かうと反対側から指南役が走って向かってきた。
「若、ご当主は?」
「家門の矜持として逃げない、と」
「やはりですか」
「外の兵が戻って来て今は階段で挟撃中ですが、恐らくは仕留めきれないでしょう」
「ですので、若だけでもお逃げ下さい」
「犠牲者も多く居るんだ。そんなこと出来る訳ないだろう」
「ならば、一切手出しをせず抜剣せず賊に立ち向かわず、ただ見届けて下さい」
「そんな事は――」
「出来ないのなら、縛ってでも連れ出します!」
「っ……」
ヘルムのバイザーを上げ、指南役が顔を出して言う。
「良いですか、お聞きください。戦闘を指揮して分かりましたが、奴は向かって来ない相手には手を出していない。若までターゲットであれば別ですが、恐らく狙いはご当主様だけです。なので、若がここに残るというのなら、少し離れて一切何もしないと約束して下さい」
「ここまで被害を出した以上、賊を退けたとしてもダフターバーサー家の力は大きく削がれます。若には後始末、とりわけ今回の戦闘で犠牲になった者達の補償などの為にも生き残って貰わねばなりません」
「父上とお前が居て敗れるというのか?」
指南役は私の両肩を掴んで懇願するような眼差しで覗き込んできた。
「全力を尽くしても駄目なときはあるのです。王国の為にも法曹家ダフターバーサーの歴史を閉ざしてはなりません。若という寄る辺があればこそ再起は叶います。倒れた者や残された者の為にも戦闘に参加しないと約束できますね」
――こんな……そんな言い方は卑怯ではないか
頷くと、それを確認した指南役が回りの騎士に指示を出す。
「このホワイエにて迎え打つ。ここを通したら後は当主様だ。くれぐれも抜かせるな!」
「「ハッ」」
「剣では間合いに入れない。各位壁の長得物を持ちホワイエの広さいっぱいに展開、私が陣の中心で引き受けるので機を見て4人全員で同時に突け」
屋内戦の基本は剣と盾だ。奴の間合いを崩せるような野戦用の槍は兵舎にしか無く、今更取りに行く時間はない。なので、指南役はホワイエに飾ってある長得物を使用するように指示した。
どれも下賜されたり誉れがあったりする家宝なのだが、勿論武具としても一級品だ。
騎士達は思い思いの長物を取り、握りや振りを確認して自らの獲物を決めていった。
廊下の入り口に手がかかり全員に緊張が走る。のそりと現れたのは血まみれの熊男だった。指は欠け片目は額から頬まで斬られ服はボロボロで至る所に血を染ませている。
特に足を気にし、時折「痛つつっ」と口にしながら、メイスを杖代わりにひょこひょことした足取りでこちらに近づいて来た。
挟撃に出た騎士達では止められなかったのだろう。
「通してくれないか?」
「通す訳にはいかない」
「そうか」
問答が終わり半円形に包囲されている状況を見渡した奴は、メイスの頭を体の後ろに引き脇構えに構えた。対して指南役は右半身を斜めに盾を上げ剣を水平に引き、中段突きに構えた。
これで奴は指南役に対し、叩こうが薙ごうが側面はがら空きになる。そのタイミングで包囲している騎士達が突き入れれば終わりだ。
圧倒的力だとしても数には敵わない。エントランスホールでは上を取られたが、ここを通りたくば我々を倒すしかなく、そして半包囲の中心にいる指南役に攻撃した時点で奴は詰む。
「ガアアアアアアアアア!!!!」
絶叫と共に一歩で間合いを詰め、奴は無謀にも指南役に対してメイスを振るってきた。
そうするしか無いのは分かるが、これが我が家を恐慌に陥れさせた賊の最後だと思うと何だか酷くありきたりな結末だと感じた。
奴のメイスの打撃は盾の左下の縁にきた。盾重心が捉えられた上にメイスの打撃板で捲られ、流しきれずに盾の腕抜きごと体が右側に大きく捻られて膝をつく形となり、結果右側に控える騎士達の動きが封じられる形とされた。
――常日ごろから盾の扱い方に重点を置いて指導している指南役をもってしても……
メイスを振り抜いた機を逃さずに左側の騎士二人が必殺の突きを放ったが、柄を使用した返しでハルバードは2本とも巻き上げられた。
奴は指南役を捲ったそのままの流れで1回転し、振り抜き速度を落とさぬまま最初から左側騎士の巻き返しを狙っていたのだ。
そこからは訓練でも見た事のない動きだった。
突きを巻き上げられた左側の騎士達の1人は蹴り飛ばされ、壁に激突し、視線を戻すともう1人は踏みつけられ、左わき腹の金属鎧を貫いて深々と突き刺さったメイスの打撃板を引き抜かれているところだった。
指南役を躱して中央に出て来た右側の騎士が突きを放ったが、返す刀で振り下ろされたメイスに柄を叩き折られバランスを崩した所に、メイスで胸を突かれ尻もちをつかされた。
その事によって後ろに続いていた騎士が前に出られなくなっていた所に、水平にフルスイングされたメイスが尻もちをついている騎士のヘルムの頭頂を掠め、チュインと火花を散らしながら襲い掛かかる。軌道を読んでいた騎士はハルバードを立て防御を試みるが、枯れ木のように容易く粉砕され、メイスの頭を胸部装甲にまともに受けて窓を突き破って吹き飛ばされていった。
更には立ち上がろうとしていた指南役を思い切り踏みつけて床に張り付けさせ、踏みつけたままその隣で立ち上がろうとしていた騎士のヘルムを叩き潰した。
目の前で大きく陥没したヘルムのバイザーから血が溢れ落ち、ビクリビクリと四肢が痙攣するのを見せつけられた左側の騎士は既に戦意喪失していたが得物を向けたままだった。
奴はまるでハエでも払うかのようにメイスを軽く振るうとガントレットがへしゃげ、得物を手放し蹲ったことにより、騎士はそこで初めて戦闘から解放されたのだった。
ホワイエと書いてあるのは、ホールの通路等にある椅子を置けるような少し広まった空間です。




