何なのだ、これは!
残酷な表現が出てきます。
用法用量を守って正しくお楽しみください。
貴族街の中心大通りに面した一等地に、代々王国の法務を担う法曹一門の長である法務卿セア=ダフターバーサー侯爵の大邸宅がある。
玄関前や要所では夜更けだというのに篝火が焚かれ、その周りには騎士の姿が見受けられる。辺りの寝静まっている邸と違い邸内からも灯りが漏れ、まるで何者かの来訪を待っているかのようであった。
雲が垂れこめ月明りのない深夜、その大邸宅の正面門に牡牛の紋章を掲げた馬車と幌馬車が連なり静かに停車した。
「王都だというのに大きな邸だな。庭に我が家が2,3件入るんじゃないか」
門守が二人、短槍を担いで横手より出て来た。
「このような夜更けに当家に如何様でございますか」
「ダライオスだ。ご当主へ礼を届けに参った」
「確認を致しますのでお待ちください。あと門前に馬車を横付けになさるのはご遠慮下さい」
門守二人は顔を見合わせ頷くと、一人が馬車に付いている紋章を確認して邸へ向かって走って行った。
停車している馬車へ向かうとトマスが馬車の下に頭を突っ込んでウンウン唸っている。
「旦那様、こちらが……んむぐぅ」
トマスが馬車の客室下にある長尺入れから布で巻かれた棒を取り出そうと頑張るがビクともしない。
「貸してみろ」
力を込めてズルリと引き抜くと、道中ずっと傾いていた馬車がギシリと普通に戻った。
巻き布を外すと大人の背丈程もあるメイスであった。
総金属誂えで持ち手も太く、頭には四条の飾り打撃板が付いており傷一つなく綺麗に磨き上げられている。
「おい、これは……いったいどこから……」
「下町教会に鎮座していたのを覚えていました。子供の頃あの辺りに住んでいて持上げられるか皆でやった事があったんです。金貨袋を渡すと快く譲って頂けて、馬車に載せるのも手伝ってくれました」
いつものように馬車の車軸で戦わされると思っていたのだが、まさか対馬上騎士メイスを持ってくるとは……恐らく作ったは良いが実用できず、教会に寄贈していた物だろう。古い年代の武具にはこういったトンデモ武具が時折ある。
飾りの剣だけぶら下げて邸を出たので、トマスに得物調達を頼んだのは夜も遅い時間だったというのに、よくぞ引っ張って来てくれたものだ。
試しに振ってみると、誂えたかのようにしっくりくる。
「でかしたトマス。最高だ」
「旦那様は、普通の剣だと振るだけで曲げてしまいますからね。お役に立てたのなら光栄にございます」
「では行ってくる」
「どうぞご武運を」
幌馬車に顔を突っ込むとエリザは姿勢を正して待っていた。
「エリザ、シェスカ行ってくるよ」
「ええ、思う存分」
メイスを担いでのそりと門前に来ると、門の内側へと下がっていた門守がぎょっとした顔をする。
「伯爵、一体何を!確認が帰って来るまでお待ち下さい!」
「押しとおる、怪我をしたくなくば退いていろ」
「そういう訳にはまいりません!」
背丈の倍程もある透かし門が門守ごと吹き飛んだ。
◇
「マークス、次期当主たるもの堂々としておかぬか」
「本当に来るのでしょうか」
ダフターバーサー邸の団らん室でセアはワイングラスを傾けつつ、先ほどから落ち着きを無くしている息子のマークスを嗜めた。
「エグゼドの領騎士がタウンハウスに入った。エクゼスは倒れて倅は小物だが先代は未だ壮健だ。用心しておくに越したことはない」
「今までもそうですが、逆恨みは止めてもらいたいものですね」
「貴族というのは面倒な生き物なのだ。やれ面子だの何だの、法の何たるやが分かっておらん」
「念の為、エグゼドのタウンハウスに詰めている兵が退くまでは警戒を続けるよう通達はしておきます」
「ああ、それで良い」
「しかし、辛気臭いエクゼスがこれ程の隙を見せるなどそう無い。仕留め損なったがどうせ首を晒す事に難癖をつけるだろうし、明日からそこを責めあげて引きずり倒す。さすれば反対派の家門は小家しか残らん」
「法案が通れば、漸く国民の飢えも緩和されますね」
「ああ、これ以上軍縮が進むと侵攻どころでは無くなると懸念していたが、今回の件で何とかなりそうだ」
セアは鼻を鳴らしグラスを飲み干した。
◇
深夜、慌ただしく廊下を走る音で目覚めた。
「騒がしい、何事か!」
ガウンのまま廊下に出て、走る騎士を呼び止めた。
「はい、門守から『ダライオス伯爵がお礼を届けに来た』と使いが来たので追い返すよう衛士を向かわせたのですが、帰って来ないのです」
「間違いないのか?」
「門守の話では馬車には牡牛の紋章が付いていたと」
「総勢は?」
「知らせではダライオス伯爵が一名だけとの事です」
「は?」
襲撃なら足が付かないようにするものだ。それを名乗った上に紋章付きの馬車にまで乗って来るとは。
窓から門を覗くが、月明りも無く暗くて何も分からない。
――エグゼドの兵ではなく、ダラオス伯爵1人で?非常識な時間だが金でもたかりに来たか?
「とにかく追い返せ」
「はっ」
言うや騎士は走って行った。メイドに父上への連絡を任せ、侍従に鎧の装着を手伝わせる。
ヘルムを脇に抱え、吹き抜けのエントランスホールの2階フロアに到着すると、すでにクロスボウを構えた兵士が階段を挟んで5人おり眼下に狙いを付けて警戒していた。
1階の階段前にはプレートアーマーを纏った騎士が複数人おり装備の確認をしている。
――何だ?すでに邸の玄関前に来ているのか?外を警戒させていた衛士や騎士はどうした?なぜ続報が無い?
「状況が不明ですが警戒指示は出しております。若はこちらでお待ち下さい」
階段を降りようとすると、指南役の子爵に止められた。
「邸に入られそうなのか?」
「分かりません。外に確認に遣った誰もが戻ってこないのです。窓からだと確認が――」
轟音と共に邸大扉が吹き飛び、大扉の前に居た騎士数人が巻き込まれた。
土煙と共に入って来た人影に向かい、2階の兵士が一斉にクロスボウを射出したが、金属音を立てボルトが弾かれたのが見えた。
遅れて土煙を纏いながら入って来た熊のような人影が騎士を弾き飛ばし、スプリット階段をこちらとは反対側のフロアに駆け上ったかと思うと次弾のボルトを捩じ上げていた兵士の1人を殴り倒し、1人を蹴り倒し、1人を階下に放り投げた。
やっと理解の追い付いた騎士達が階段を登って、熊男を向こう側フロアの隅へと追い詰めた。
奴のすぐ後ろには東翼廊下へと続く入口が薄暗く口を広げている。フロアでは既に騎士が2名登りきって交戦しており、階段には10名程の騎士が詰めて圧を掛け、東翼廊下へ押し込もうとしているようだが奴はそこには入って行かない。だが有利は確実、そのまま多勢で2階の東翼へ押し込んで行けば当主の部屋からは離れる。
――気取られないよう指示を出す指南役も、そう考えているはずだ
どういう訳か先ほどから圧を掛けまくっているのにも関わらず、奴は一歩も引かない。
この乱戦の中、兵の配置から当主部屋の位置は西翼と当たりを付けたのだろう。
向こう側のフロアでは、切り込んだ騎士が二人纏めて薙ぎ払われ一階へと落下していき、1人は頭から落ちて動かなくなり、1人は足が変な方向へ曲がってのたうち回っていた。
奴が階段から詰めて来た騎士目掛けて2撃目を振りかぶった瞬間、奴の左腕にボルトが生えて動きが止まる。私の隣に居る兵士が放ったボルトが命中したようだ。兵士は急いで欄干に身を隠し、クロスボウの弦を捩じ上げる。
そうだ!敵は一人なのだ、全然あせる必要はない。じわじわ削っていくだけで良い。
「焦らずとも良い、奴を向こう階段に封じ――」
隣でしゃがんでいた兵士に声を掛けた瞬間、オークの欄干が破裂したかと思うと兵士の胸からクロスボウのグリップが飛び出て動かなくなった。
向こう側のフロアからクロスボウ本体を投げて来たのだ。投げてきたのか?そんな事が可能なのか?
ツーっと冷たい汗が垂れたのが分かった。
「若、ここは危のうございます。さらに西翼廊下へ、ご当主の執務室までお下がり下さい」
指南役が西翼廊下へ押し込んでくる。
「何を言う!賊は一人だ!下がる必要などない!」
見ると、問答をしていた僅かな時間で騎士はすでに半数ほどになっている。
腕が千切れた者、背中が反対側に折れている者、絶対に頭が入らない形になったヘルムをどうにか外そうと藻掻く者。更に1階には落とされた騎士達が重なっている。
そもそも生き残る為のプレートアーマーなのだ。重装備の騎士を即座に行動不能にさせる事など鎧通しで急所を突かれない限りは難しい筈なのだ。それなのに殆どの騎士が一撃の元に戦闘不能に追いやられている。
「何だ、これは…」
更に騎士が立ち向かって行ったが、盾で熊男の剣を受けるやそのまま吹き飛び、壁に打ち付けられ倒れ伏した所を剣で殴られ床でヘルムが破裂した。
いや、よく見ると剣では無い。片手で打ち合っているから剣に見えたがサイズ感が合っていない。錯覚で同じ間合いに見えたが槍程の長さの物を片手で振り回しているのだ。あれは?メイスか?あのような長いメイス見た事が無い。
剣は勿論、盾でも受けられない。そもそも剣では奴の間合いに入れないのではないか?
先頭の騎士が盾で流しきれずにメイスをヘルムに受けた。ヘルムが胴体の前にだらりとぶら下がり体がゆっくり倒れ込んでいった。
「何なのだ、これは!」
作中のボルトとはクロスボウから発射される矢の事です。
クロスボウは弦の力が強く装填に時間が掛かります。巻き上げ式やテコ式などがあるようですが、作中では捩じ上げると表現しています。
スプリット階段としているのは、途中から左右に分かれている階段です。
2階部分のエントランスに面して見下ろすようは廊下をフロアとしています。




