矜持のぶつけ合い
暫くするとエクゼスと子供達が訪れた。
礼拝堂の長椅子の間をエクゼスを支えながら棺まで来ると、ミネルバは縋りついて声を殺して嗚咽していたが、やがて持って来ていた桶と手巾でシェスカの顔や髪を綺麗に拭いてくれた。
「ガストン、エリザ、す、済まなかった」
「こちらこそだ。最後までシェスカの傍に居てくれたそうじゃないか」
「自分の無力さが、く、悔しい。しかも一番大事な場面で……」
「シェスカから近況を聞いていたんだ。兄姉が出来て凄く喜んでいたし、先代夫妻にも可愛がられてる、とな。シェスカを受け入れてもらったこと、本当に感謝しているよ」
離れた場所に居た二人から鼻を啜る音が聞こえ、エクゼスはいたたまれず俯いていた。
「幌馬車を、も、持って来ている」
「助かるよ」
帰邸の段取りをする中、礼拝堂の扉が静かに開かれ、恐る恐る躊躇いがちに人影が近づいてきた。
「リチャード殿下……」
◇
リチャードは躊躇いがちに前に来た。
エクゼスの家族は少し離れてこちらを見守っている。
「ダライオス伯、その……」
「「……」」
エリザと共に向かい合い、目が泳ぎ二の句を継げないまま時間が過ぎる。
「忙しいのでな、話す事がないのなら邪魔をしないでくれないか」
「いや、二人に謝りにきたのだ」
「その、すまなかった」
「ああ、じゃあな」
踵を返そうとすると呼び止められた。
「待て、待ってくれ」
「なんだ、言いたい事があるならハッキリ言え」
「どうか、謝罪を受け取って欲しい」
「謝罪だと?もしかして今のがそうなのか?」
「すまなかったと言った」
「そんなものは謝罪とは言わぬな」
「……なら、どうすれば」
「自分で考えろ!」
あまりの馬鹿さ加減に腹立ち、大声で怒鳴りつけるとリチャードはヘタヘタと尻もちをついてしまった。
「どうすれば良かったというのだ。私とてこんな事は望んでいなかった。処刑を止めるよう王妃陛下に頼んだ、法務卿に頼んだ、内務卿に頼んだ、それでも駄目だったのだ」
「お前、人を舐めているのか。望んでなかった?頼んだ?すまなかった、謝罪として受け取れ?お前は一体何をしたんだ!お前はシェスカを死に追いやった以外の何をしたのか言ってみろ!人を死に追いやった態度がそれか!」
リチャードの髪をガッと掴んで、ずりずりとシェスカの棺まで引きずって行き、そのまま棺に顔を近づけた。
「見ろ!見てみろ!目を見開いてしっかりとシェスカを見ろ!」
「っ……」
「お前が殺したくて殺した娘の顔をその目をしっかり開いて見ろ!」
言い放ち床に投げ捨てた。
床に這いつくばり、嘔吐きを必死に抑え真っ青な顔で石畳に膝と両手を付いた。
「ち、違っ、す、すまない。すまなかったシェスカ。断じて死んで欲しかった訳じゃなかった。自分の軽率な行いで死に追いやってしまい申し訳なかった。許してくれ!許して下さい!」
「……」
「謝罪をするというのはそういう事だ」
「もう立て、謝罪は受け取った。だが俺はお前を赦しはしない」
襟を掴んで立ち上がらせたが、愕然とした表情で泣きはらした目を向けて来る。
「いいか、上に立つ者は意志を外に出しただけで人が死ぬ事もある。そういった人間の恨みつらみから赦される事はない。その事を一生後悔しながら生きていけ」
「……」
何で俺がこんな事をこいつに言わねばならんのだ、とガリガリ頭を掻きながら思う。
「あとな、シェスカはお前の事を気に入っていたんだ。可愛い可愛いって何度も書いて送ってきていた。あの子にとって可愛いってのは最上級の誉め言葉だ。最後はともかく普段はそこまで酷い扱いでも無かったのだろう?今回謝罪を受け取ったのもシェスカがお前の事を可愛いと書いてきていたからだ」
「ぅ……ぐ……」
「泣くな!お前はまだ色々足りてない。後は親父にでも教えてもらえ」
リチャードは深く礼を取ると礼拝堂を後にした。
◇
それを見送った後、長椅子に座っていたエクゼスの隣へ腰かけた。
「俺も7人、ひ、率いる」
「率いるって、お前歩けないじゃないか」
「別に、た、大したことじゃあない」
「ありがとう、だが手出し無用だ」
「そういう訳には、い、いかん、我が家が的にされたのだ。い、家の面子もある」
「それでもだ。俺の手で落とし前をつける」
「……」
「つけさせてくれ。友の願いだ」
「そんな言い方は……」
「面子を奪って悪いが、傍から見れば同じに見える。エクゼスは俺が下手を打った時に動いてくれ」
「っ……」
「すまない。子供の諍いに首を突っ込んだ大人が許せなくてな」
「……」
親友同士の当たり前の沈黙が二人を覆う。
「それでも、な、何か手伝える事くらい、あ、あるだろう」
「シェスカを幌馬車に乗せるのを手伝ってもらえるか」
「ああ」
エクゼスはもう多くは語らんよという顔をして返事をすると、皆がシェスカの棺を丁寧に幌馬車に収めるのを長椅子に座って眺めていた。
「ありがとう、じゃあ行くよ。ヴィクターを頼んだ」
エクゼスは肘掛に縋りながらよろよろと立ち上がると、そのままふらりと身を預けた。
慌てて一歩踏み出し、体を支えてやると掻きむしるようしながら手を背に回してきた。
「さ、さらばだ、我が友よ」
「さらばだ、我が友よ」
牡牛の紋章の付いた馬車と幌馬車が連なり、王宮教会から中庭へゆっくりと進み出る。
途中、敷地内で幾人もの警備の者とすれ違ったが、馬車の紋章を見た瞬間、皆申し合わせたように後ろを向き、誰にとがめられる事無く車列は王宮正門から出て行ったのだった。
◇
車列を見送りながらユノーはエクゼスに尋ねた。
「父上、陛下はシェスカを帰すことは出来ないと仰っていましたが、王宮から出られるのでしょうか?」
「陛下が取り計らって、く、下さっているだろう」
「では、何故一度断ったのでしょうか?」
「どんな手を使っても、へ、陛下はシェスカを家に帰していただろう。だがあの場でガストンが最初に切出したのはダライオスに返還という事だった。となれば、お、王家としての理由が要る。それは政治的判断から無理だと答えたのだ」
「爵位を返還したから理由も要らなくなったと」
エクゼスは息子に向き合い首を横に振った。
「ガストンも当主だ。は、話の順序や落しどころ等は読み切る。だが、あれはガストンが俺達に別れを告げる機会を作ってくれたんだ。じ、順序が逆だと俺達は別れを告げられるか分からなかった。あいつは部屋に入って来た時点ですでに覚悟を決めていた」
「一体、何を」
「貴族としてのケジメ、ち、父としてのケジメだ」
「それは、法務卿への……」
「我が家も準備していたのだが断られたよ」
「先代様が兵を引き連れてタウンハウスに来たのは、そういう事だったのですか!」
「ああ、先代も、お、落とし前を付ける気だ」
「ガストンとの約束が、あ、あるので初撃は、み、見送るが、奴が失敗すれば、わ、私が2陣を率いる。心づもりだけは、し、しておいてくれ」
「分かりました。武具を用意しておきます」
「皆そう思うという事は、陛下もご存知なのですよね?」
「だろうな」
「なら、協力してくれても」
「なぜだ?」
「何故って、陛下も憤っておられたではないですか」
目を丸くして息子を見た。
「お前は、陛下の何だ?」
「何って……臣下です」
「そうだ。私も、法務卿も臣下だ。立場上、へ、陛下はどちらかの肩を持つことはできないし、法的にも覆せない」
「……」
「あとはもう矜持のぶつけ合いだけだ」
余程の事が無い限り王国内の役職はそれぞれの家門で世襲します。




