さらばだ、我が友よ
控室で着替えを済ませ、隣の執務室へ戻るとエクゼスとユノーが詰めていた。
暫くすると騎士儀礼服に着替えたベイ卿が入って来た。
「エクゼス、調子はどうなのだ?」
「か、会話はまだしも、あ、歩くことが」
「……すまん、無理をさせ過ぎた。ユノーから報告してもらおう、私の遠征中エクゼスはどうだったのだ?」
「ええ、1日しか帰って来ませんでした。父には2日おきに着替えや何やらを届けていました」
「明日から暫く来るな、そして医者に診てもらえ」
「父とも相談しました。快方に向かうまで僕が名代として立たせて貰います」
一刻程すると、付けていた侍従と共にいつもと変わらない様子でダライオス夫妻が入って来た。
その顔を見た瞬間、皆が苦い顔をして俯いてしまった。
ユノーだけが急に様子の変わった皆をキョロキョロ見渡す。
陛下が立ち上がり腰をおった。
「ガストン、エリザ、本当にすまなかった。儂が願って誓ったにも関わらず此度の不始末、断腸の思いだ。すまない」
「エリザが少し聞いただけで俺達は詳しくは知らないのだ。まずは顛末を聞かせて貰えないか?」
全員がソファーに腰かけ、ユノーが事の顛末を説明した。
「そうか、リチャードの宣言を足掛かりに死文書を引っ張り出し、開戦派の法務卿が穏健派のエグゼド取り潰しを狙った可能性があると」
「はい、200年以上も執行されていない法律ですし態々執行する必要も無い。それを陛下不在にかこつけて強引に執行するなど普通ではありえません」
「奴らはそれ程までに侵略戦争をしたいのか?」
「戦わない奴ら程、戦争をしたがるものでありますからな」
ガストン夫妻は遣り取りを黙って聞いていた。
ひとしきり説明が終わったので、改めて向き直る。
「ガストン、リチャードは処分する」
「いや、それは望まない。何をしても娘は帰らない。子供の好いた惚れたに大昔の法律を持ち出してイチャモンを付けた結果だ。リチャードは発端かも知れないが、聞いた限りだと彼なりに止めようとしていたのだろう?ならば処分は望まない」
「ならばどう償えばよいのだ」
ガストンはエリザを見た。
「シェスカを返還して貰いたい」
――勿論、何が何でも返還はする。だが、表立ってとなると王家はダライオス家に対して処刑は間違いであったとの理由が要る。ならば聖女を処刑した王家は何なのだと国が割れる事になる。政治的には難しい
「……すまない、政治的にそれは出来ない」
「そうか」
「ならば爵位を返上したい」
――ああ、恐らくはもう……
部屋の空気は粘りつくような重さとなり、永い沈黙が部屋を覆った。
「……あい……分かった」
「それでヴィクター、我が家は断絶するので王家から領主を派遣するだろう?領民との引き繋ぎをするんで1週間猶予をくれないか」
「分かった、承認した」
「それとな、何かあった時使用人を保護してもらえるか」
「分かった、保護しよう」
話は終わったとばかりに夫妻は立ち上がる。
「夜中に発つよ。それまではシェスカの側に居る」
夫妻は執務室を後にした。
「父上……なぜ爵位を……止めるべきではないのですか」
エクゼスは強く目を瞑り息子に答えた。
「いや、奴は……それに、あ、あんな顔をした奴に、み、水を差す事など私には出来ない」
夫妻が出て行った後も重い沈黙が続いていたが、やがて皆部屋を後にした。
◇
最初に礼拝堂を訪れたのはベイ卿だった。
「若駒、奥方、シェスカに別れを告げてよいであるか」
「勿論です隊長。シェスカも喜ぶでしょう」
「ええどうぞ、お別れしてあげて下さいな」
差し込む月明りと燭台だけの薄暗い灯りの中、ベイ卿は棺の横に跪いた。
「シェスカよ、名づけ親の吾輩より先に逝くとはけしからん……けしからんぞ」
そう言うと、棺の横に跪き、時折鼻を啜る音だけが礼拝堂に流れる。
暫くの間、隊長の後ろ姿をぼうっと眺めていた。
やがてポンポンッと優しく棺を叩くと、隊長は立ち上がり向き直った。
「若駒、奥方、吾輩とシェスカとの別れは済んだ」
「ありがとうございました。ところで隊長、もう俺は若駒と呼ばれる歳でもないのです」
「カッハッハッ、すまんすまん若駒よ。いつまでも吾輩が鍛えていた頃のままではなかったであるな。仮にも人の親に対……して……すまぬ」
バツの悪そうな顔をしながら髭を撫でつけたが、その髭はというと先端は垂れ下がり、そして片方の髭は何故か無い。
「……相変わらず、もう好きに呼んでもらったらいいですよ」
いつもと変わらないノリに苦笑で返す。
「ところで……うむ、悔いのないようにな」
隊長は昔通りにニカッと笑うと、強く背中を叩いて去っていった。
◇
暫くするとヴィクターが訪れた。
「ガストン、エリザ、改めて謝罪をさせて欲しい。済まなかった」
礼拝堂の長椅子の間を通り、俺達の前まで来るとおもむろに膝を付いた。
「……」
「ヴィクター立ってくれ。強行軍で駆け付けてくれたと聞いた。ありがとう」
「そうではない。そうではないのだ。俺は……俺はな、お前に傍で支えて貰いたかったのだ。何度要請しても中央の士官はずっと断られていたがな。だが家族想いのお前の事だ、シェスカを通じて両家が近づけばもしかしたらと、俺は、そんな理由で……お前から……」
「俺もな、急な形でお前の元を去った事がずっと心残りだったんだ。だが当時はエクゼスとゲモイスの奴が居たから何とかなると思っていた。まさかゲモイスがあんな早くに死んでしまうとは思わなかったがな」
二人膝を付き合わせていたが、腕を軽く掴んで立ち上がらせる。
「ほら、立ってくれ。国王の政務は過酷なのだろう。どんどん変わっていくお前の顔付きを見ていただけで十分伝わっていた。だから外様として協力できるところは全てしてきたつもりだ」
「ああ」
「だが済まない。俺はここまでだ」
ヴィクターは泣きそうな表情を浮かべた。
「俺は、こんな事を望んでいた訳ではないのだ」
「分かってる。忙しい中シェスカの面倒を見てくれていた事も知っている」
ヴィクターは小箱を懐から出し手渡してきた。
「なぁ、本当に要るのか?」
「無理を聞いてもらって悪いな」
ヴィクターはグッと目を瞑った後、目を見合わせて肩を叩きながら言った。
「さらばだ、我が友よ」
「さらばだ、我が友よ」




