↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
種蒔きの聖女 【第一部完結】  作者: 遠見じゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/34

命には命を以て

暴力的な表現が出てきます。

用法用量を守って正しくお楽しみください。

 ガストンの捕らえられている牢へ向かうべく廊下を進んでいると、リチャードの部屋の前を差し掛かった時、扉が開いた。


「父上!」


 顔を見た途端、今まで何とか抑えつけていた怒りが一気に爆発した。


 ――こいつが!この馬鹿が!こいつさえ居なければ!!


 歩きながら剣を抜く、リチャードは目を大きく見開きヒッと小さく喉を鳴らし動きを止めた。

 抜剣の音を聞いた護衛騎士達も同時に抜剣し、立ち位置の外側周囲の警戒に入った。



 あと3歩


 あと2歩


 ――そうだ、そこで止まっておけ馬鹿者が!


 あと1歩


 剣を大上段に振りかぶる。

 左手を添え、捻じり込むように構えるといつも以上に力が籠り、柄の巻きがギシリと音を立てた。


 ――もうよい、死して詫びよ!


 最後の1歩で間合いに入りながら、肩口から脇腹までを袈裟斬りに一刀に断ち斬る剣威を踏み込みと共に剣に乗せ、ギリリと歯を噛み締め一気に振り下ろした!









 ―ダギンッ!!―



 後ろからするりと入り込んできたベイ卿が、後ろ手で自分の肩に鞘ごと天秤に担ぎ、振り下ろした剣をリチャードの顔のすぐ横で垂直に受け止めていた。


「グヌゥッ」


 天秤に肩に預けているとはいえ、一番力が乗る打点の剣を垂直に受けた衝撃は半端ではない。だが、叩きつけた剣というのは力を失うまでが剣なのだ。蓄えた力を失うまで、まるで弱った獲物を狙うかのように力が逃げる方に切っ先は滑って行く。

 リチャードの肩に触れるか触れないかで受けられた剣は、鞘の先が上がっていれば自分の首に、下がっていればリチャードの首へと、木と皮で拵えた鞘など簡単に削いで滑って行く。だが、ベイは垂直にこれを受け、蓄えた剣威を滑らさず後ろ手で全て受けきった。


「ベイよ、貴様どういう了見だ!」


 護衛騎士も国王に仇為すと判断したのか、挟み込むようにベイ卿に剣を向ける。そのベイ卿の前にはリチャードがしりもちをついて呆然とベイ卿を見上げている。


「なりませぬ!なりませぬぞ陛下!なりませぬ!」


 剣威が抜けたと同時にベイ卿は振り返り、面と向かって嘆願してきた。


「どけ!ベイよ!命には命を以て償わせる!でなくば儂は……儂は何のために!」

「それでも、であります。陛下に子殺しはさせませぬぞ」

「そうか……」


 ベイの右側後方にへたり込んだリチャードの頭が見えたので、頸部目掛けて渾身の突きを繰り出した。


 ―ダキンッ!!―


 腕の引き動作で突きの軌道を読んだベイが、即座に半身動かし突きの真正面に体を入れ、鍔を自身の肩に押し当てて固定しヴィクターの水平突きを鞘で受けた。


「ッ!」


 主君の剣を受けるとはそういう事だ。

 受け流したり、いなしたりは出来ない。受けるなら全てを受けねばならない。


 突きというのは基本、剣では流すかいなすかでしか止める事は出来ない。一点に全ての力が籠もる為、切っ先が滑ったり受けた刀身が傾いたりして剣は行く所まで行ってしまう。それこそ背後に届かせる剣威の突きにベイは体を入れてきたのだ。


 命を懸けたベイの申し出に剣威を抜いた。


「やれ王国の為、民の為とやりたくもない沙汰を下して自らの手を穢し、帰ってくればこの有様だ!この怒りをどこに向ければ良い!なあ!答えよベイ!」

「陛下のお怒りはごもっともでありますな。ですが、どうかこの場は吾輩に免じて」

「貴様の何に免じろというのだ!」


「そうですな……」


 ベイ卿は髭を撫で付けながら少し思案し、唐突に髭を握りしめバヅンと一息に引きちぎり、血肉の付いた白い髭束を差し出してきた。


「吾輩の髭に免じては頂けませぬかな。首でも腕でも構わんのですが、そうなると、この先陛下をお守りできませんからな」

「……」


 ベイ卿の上唇は皮が剥げ血が滲む。口は閉じてはいるが一か所唇が縦に裂けており、その奥には血まみれの歯が覗いている。


「っ……ベイに免じる」

「忝くぞんじますぞ」


 ジャコッと剣を鞘に戻すと、護衛騎士も剣を収めた。


「さ、殿下、お部屋に戻りますぞ」


 ベイは腰を抜かしたリチャードを立ち上がらせると、目の前の部屋へ送り届けた。


「それでは陛下、ダライオス伯を迎えに行きますかな」


 そういうと、血まみれの裂けた唇でニカッと笑う。


 ベイは懐から血沁みのついた手巾を取出し、その汚い手巾で傷口を拭こうとしたので手を掴んで止めた。


「まて、そんな物で拭くな。いつ洗ったのだ!」

「遠征前に洗っとります!まだ使えますぞ」

「いや、傷口に汚れた物を当てるとそこから腐ったりして悪化するのだ。知らんのか!」

「陛下こそ、そんな迷信を信じておられるのですかな!」


 ベイは全く分からないという顔をしている。


「よいからコレを使え」


 自分の懐を探って手巾を取り出すと、真新しい手巾には聖獣様の刺繍が綺麗に施してあった。


「……」


 一抹の逡巡があった。

 強く目を瞑った後、ベイに手巾を手渡した。


「これを当てておけ」

「いや、忝い。こんな綺麗な手巾を汚すのは気が引けますな」


 一行は暫く無言で歩く。


「ベイよ、済まなかった」

「陛下の豪剣は老骨に沁みますぞ」

「余裕綽々で何を……止めてくれた事と大事な髭の事だ」

「なに自分でやった事ゆえ陛下はお気に召されるな。それに、あと60年もすればまた生え揃いましょうぞ。それまでは片髭隊長とでも名乗りますかな、カッハッハッ」


 この老人は本当にいつも……。



 ◇


 牢の中でガストンは憔悴した顔で蹲っていた。


「ガストン!」


 呼びかけるといつもの人懐っこい瞳は鳴りを潜め、虚ろな目をこちらへ向けて来た。


「ガストンすまなかった、間に合わなかった」


 ガストンの前に跪き目線を合わせたが、焦点があっていない。


「さ、ここから出よう」


 手を掴み引っ張るが、蹲ったガストンはピクリとも動かない。


「ほれ若駒!出るぞ、陛下は反対側を頼みますぞ」


 ベイはそう言うとガストンの腋に体をいれ、腕を肩に担いだ。私も反対側の腕を担いだが身長差から二人で立って担いでもガストンの膝は地から離れる事はなく、仕方なく二人で両腋を担いでズルズルと引きずって行く事となった。


◇


 礼拝堂までガストンを引きずって来ると、ガストンの妻エリザが棺により縋っていた。


「エリザ……」


 未だピクリとも動かないガストンを担いだままエリザに声を掛けたが、こちらをチラリと見ただけで返事もせずに目をそらし、エリザはスッと立ち上がってガストンの前に来た。


「あなた、何をしているのかしら」

「……」

「ぼんやりしている暇があればシェスカとの別れを惜しみなさい!」


 言うや、ガストンの両頬をバシンと思い切り叩き、頬を挟んだまま俯いている顔を持上げ目線を合わせた。


「ほら、シェスカを見てあげなさいな。穏やかな顔をして綺麗なドレスを着せてもらっているわよ」

「間に……合わなかった」

「何にかしら、貴方の呼ぶ名にシェスカは答えたと聞いているわ」


「シェスカの顔は他の人みたいに恐怖に歪んでいないの。貴方は間に合った。体は間に合わなかったかもしれないけれど、シェスカの心には間に合ったのよ。だからキチンとシェスカを見てあげなさい!」


 途端に目の焦点が戻り、腕を振りほどきまろびながら祭壇に辿り着き棺に縋りついて大声で泣き出した。


「あああああ!シェスカ!シェスカ!済まなかった!必ず助けに行くと誓ったのに!済まない、赦してくれ!ああああああああ!!」


 ――魂の慟哭なのか、胸が握りつぶされる


 目の前に残ったエリザに腰を折った。


「エリザ、すまなかった。この通りだ」


 エリザはこちらを一瞥して、返事はせずに二人の元へと踵をかえしていった。


 ――謝罪は受け取って貰えぬか


 侍従に指示を出し燭台の明かりの中、礼拝堂を後にした。

 逃げる訳ではないが、今は家族の邪魔をするべきではないと思ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。