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種蒔きの聖女 【第一部完結】  作者: 遠見じゅん


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吾輩も同行してよろしいですかな

 ―カコカコッ―


 ―カコッカコッ―


 王宮前広場に集う全ての目が扉前の大立ち回りに目を奪われていたが、何処からともなく石畳を踏んだ時のような音が聞こえだし、耳を澄ませて辺りを見渡した。


 ―カコカカコッカコッ―

 ―キシッ―

 ―カサッカサッ―


 するとどうだろう?緑の光とでも言おうか、向こうが薄く見える緑色のレースの様な光の壁がいつの間にかそこにあった、それはまるで水面を伝う波紋のようにゆっくり広がってくるのを皆が見たのだが、それが何時、何処からきたのか分からなかった。


 緑の光は静かに、リチャードを、処刑人を、衛士達を通り過ぎた。

 騎士達を、群集を、広場に面する建物を通り過ぎた。


 ダライオス伯を光が通り過ぎた時、ハッと目を見開いて静かになった。


 誰も何も喋らない。動かない。動けない。

 緑の光が迫って来ても恐怖も何も感じない。ただ通り過ぎるのをその場で待った。


 緑の光がゆっくりと通過している最中、目地から石畳みを押しのけてニョキニョキと雑草が顔を出すのを見た。

 街路樹が動き出したと錯覚する程に枝が伸び、若葉が芽吹いていくのを見た。

 窓の外に枯れたまま放置していたプランターから花が咲き零れるのを見た。


 それらは緑の光の中にいる間だけの事で、通り過ぎると元通りピタリと動かなくなった。



 緑の光が広がって消えた後、石畳やレンガはズレたり浮いたりし、街路樹を囲っていたタイルは根に沿った部分が捲れあがっていたりと、普段は王国の顔として常に綺麗に整えられている王宮前広場は、何年も手付かずの放棄地のような様相となった。


 庶民が熱狂するはずの公開処刑であったが、皆完全に覚めてしまい、それどころか軽々しく口を開く事さえ憚られた。

 それを何と呼ぶのかは分からない。畏怖に近いが、ならばそれは何に対してか分からない。


 街を、王宮を、城壁を、王都を通り過ぎて行った。

 程度の違いはあれど、どこも王宮前広場と同じような有り様となった。


 ある人は通りを歩きながら、ある人は食事の支度中、ある人は鍛冶の鎚を振るいながら、ある人は洗濯物を干しながら、皆がそれぞれ仕事や生活をしている場を通過していった。

 光の壁に気付いた人も居れば気付かなかった人もいた。

 ある者は緑の光と言い、ある者は光の壁と言い、ある者は日差しが強くなった気がしたと言い、ある者は気付きもしなかった。


 そして光を感じた者は皆、大変なことになったという事だけが分かった。



 ガストンは騎士達に山のように覆いかぶされ踠いていた状態で緑の光の通過を迎えたが、本人は気付かなかった。だが耳元で「ありがとう」と聞いた。間違いようのない娘の声で確かに聞いたのだ。

 大切にすると、駆けつけると誓ったにも関わらず、肝心な所で間に合わないこんな俺にシェスカは「ありがとう」と言ったのだ。


 そして一切の抵抗を止め、伏したままむせび泣いた。


 巨馬の突撃や立回りに気を取られ、殆どの人は刃の落ちた瞬間を見ておらず、気付けば高舞台に誰も居らず、処刑は何時終わったのかも分からず、トインビーは7本の槍を体にぶら下げたまま倒れ、ダライオス伯は捕らえられ牢に放り込まれた。



 ◇


 夜更けに一騎、北城門に飛び込んできた。

 かがり火が焚かれているが明るく見通せる訳ではない。


「開門せよ!」

「誰だ!」

「吾輩である!陛下が戻られる。急ぎ準備するのである!」

「ハッ」


 大門が開かれ、帰城の準備が行われつつあるところに、先触れの通り本隊の騎馬が続々と帰城してきた。


「すまぬがベイよ、あとは頼む」

「ハッ、吾輩にお任せ……いえ、吾輩も同行してよろしいですかな」


 城内で護衛騎士も居るので心配には及ばん、と言おうとしたが、私の顔を見て言い違えるベイ卿も珍しい。


「ああ、好きにせよ」


 ベイは副官に後の事を任せ、私の後についた。



 ◇


 着替えを勧められたが時間が惜しい、すぐにエクゼスを呼び出し封書の内容を聞くことにした。どろどろの外套を侍従に預け、泥の付いた鎧のままソファーに沈むとその瞬間寝てしまいそうになる。


 エクゼスは息子に支えられ入室してきた。


 ――何があった?


 久しぶりに見たエクゼスは悔しそうな顔をしながら、息子に支えられつつぎこちなく床に膝を付いた。


「も、申し訳ございません、か、体もですが口が時々、も、もつれるもので」

「っ……!」


 驚きの余り言葉が出ない。


「陛下、失礼ながら発言をお許しください。昨夜と今朝に父は倒れました。会話の詰まりが見られ歩行が上手く出来なくなっております。ご報告は僕から行いたいのですが宜しいでしょうか」


 父親の傍らで同じように床に膝を付きエクゼスを支えながらユノーが口を開く。


「申せ」

「ハッ、我が義妹シェスカの事でございます。卒業パーティーにてリチャード殿下に聖女剥奪、偽聖女認定、婚約破棄を申し渡され。法務卿にて捕縛されました」

「ああ」

「父はこの時点で陛下とダライオス伯に封書を送りました」


 頷き、続きを促した。


「抗議及び釈放の為、法的根拠を調べ王国法典別冊に基づいての捕縛と推測しましたが、取り調べ中は一切の面会が拒絶されておりました」

「まて、王国法典別冊に基づくならばシェスカ嬢は!?」


 堪らず立ち上がってしまったが、嫌な予感に手汗が滴る。

 この報告は聞きたくない。


「動乱罪が適応され……本日朝方……刑が執行されました」


 ――刑が……執行された?


 預かっていた娘を死なせてしまった?は?誰がそのような事を?倅か?あいつが殺したのか?どういう事だ?儂が居らずして可能なのか?何故だ?儂は王国の最高権力者ではないのか?


 気づけば剣を抜いていた。


「お前が、お前が付いていながら何故だ!!」

「陛下!!」


 ベイ卿の声が耳に刺さり、ふと我に返る。

 エクゼスに斬りかかるも寸での所でどうにか留まっていたが、激情と理性が交錯し合い、剣先がプルプルと震える。

 儂は一体何を?どうかしている。


「すまぬ、帰城したばかりでまだ高ぶっておった」


 剣を鞘に戻したが、怒りの行き場が無い。

 机の上の一切を叩き落とし、机を蹴り飛ばした。


「アア!」


 収まらず、再度剣を抜きマホガニーの机に叩きつけた。


「アアアア!!」


 何度も何度も叩きつけた。

 やがて息が上がり、肩で息をしながら剣を納めた。


 首筋まで抜き身が迫ったというのに、この親子は一切避けず顔色も変わらなかった。


 ――そうか、怒っているのは私だけではなかった


 息を大きく深く吸い込む。


「それで?」

「昨夜、王妃様ご配慮による遡及宣言により連座は回避。晒されるはずだったシェスカの遺体は刑場のゴタゴタに乗じ内務卿命令で王宮教会の礼拝堂に運び入れました」


 ――晒されてはおらんか


「また、処刑現場に居合わせたダライオス伯は処刑妨害と衛士への暴行により捕縛されています」


 ヒュッと息が詰まった。


 ――娘が処刑される場にガストンが居たのか?


「ガストンが?妨害と暴行とは一体何を?」

「妨害は殿下が居られる前で刑場扉を破壊した容疑。暴行は騎士1名、衛士7名を殺害、他5名に怪我を負わせた容疑です」

「斬ったのか?」

「いえ、ダライオス伯は茫然自失として扉をこじ開けようとしていただけです」

「どういう事だ?」

「兵士の犠牲の全てはダライオス伯の騎乗してきた馬によるものです」

「重装で突撃したのか?」

「いえ、乗りつけた後にダライオス伯が取り押さえられ、その傍らで馬が暴れ出した結果です」


 ――馬が暴れてこのような惨事になるのか?


「ならばガストンは剣を抜かず、兵士に手を挙げていないのだな」

「はい」

「ガストンを牢から出しに行く」


 部屋を出ると、若干離れた前後に護衛騎士が、すぐ斜め後ろにベイ卿が続いた。廊下を歩きながらベイ卿をチラリと見る。


「ベイよ」

「何ですかな?」

「どの顔して奴に会えばよいのか分からん」

「ふむ……ですが、行くしかありますまい。吾輩もお供しますぞ」


 ガストンの捕らえられている牢へ向かうべく廊下を進んでいると、リチャードの部屋の前を差し掛かった時、扉が開いた。

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