お前は聖女と偽ったか?
遠くで響く槌の音で目が覚めた。
――早朝から勤労なのは良いが、こちらの迷惑も考えて欲しいものだ
侍女が朝の支度に来るまで、もう一度微睡むかと思案しつつ昨夜の事を思い返す。
――昨夜はミネルバが出て行ってしまって、結局ダンスは他の者と踊る事になってしまった。婚約破棄宣言にミネルバは慌てていたが、外堀が埋まる前に動くしかなかったのだ。それについて怒っていたように見えたが、二人の為だというのが何故分からん。
シェスカには悪かったが私にも好みがある。まさか官憲に連れて行かれるとは思わなかったが、あとで良いように口聞きしてやればミネルバの機嫌も直るだろう。
そのような事をベッドに寝ころび天蓋を眺めながらぼんやり考えていると、扉がノックされ朝の支度に侍女が入ってきた。湯で顔を洗い身なりを整え終えると、自室に用意された朝食を食べる。
食後の茶が淹れられたタイミングで、侍従が入室して懐からメモ帳を取り出し本日のスケジュールを述べた。
今までとは違う新たなルーティンの追加に思いを馳せる。
――そうだった、学院は昨日で終了だ。今日からは王太子として政務に勤しまねばならん。ミネルバを妃に迎え、父上に負けない良い王国を築いて行かねばな
そのような事を考えると、身が引き締まる思いがした。
「本日のスケジュールでございます。3の刻に処刑立会。4の刻にコナム侯爵を招いての昼餐。6の刻からは西部方面領主方の謁見及び意見交換となっております」
数枚の紙が丁寧に机に置かれる。
「処刑立会にお言葉は不要です。コナム侯爵は親睦です。西部方面領主方は恐らく水利問題の調整依頼だと思われますので資料を纏めてございます」
「朝から処刑立会とは穏やかではないな。そのような大罪を犯した者が居るのか」
「はい、法務から回ってきた資料によりますと、動乱罪に対する刑執行、罪人の名はシェスカとあります」
一瞬手から力が抜け、持っていたカップが落ちてしまった。侍女が近寄り後始末するが、それらが遠くでの出来事に感じられ、ひどく現実感がない。
「どういう事だ?」
「私も見間違えかと思い法務に問い合わせました。聖女と偽り民心を動乱した罪と答えられました。何度かこちらを訪れておられたシェスカ様で間違いございません」
「止められないのか?」
「私には、分かりません」
「は、母、王妃様へ至急謁見願いを出してくれ」
侍従は了承を告げ、退室していった。
酷く寒気がして手足の震えが止まらない。
時間を空けず、侍従が帰って来て告げた。
「王妃様のお部屋にてお会いになられるとの事です」
すぐに部屋を出て、速足で王妃の私室へ向かった。
「母上、リチャードです」
「お入りなさい」
部屋へ招き入れられ、ソファーに腰を落とす。
「母上!シェスカに刑が執行されようとしています」
「ええ」
「どうにか止める事はできませんでしょうか」
「なぜ?あなたが望んだ事でしょう?」
「そんな事!私が望むわけがないでしょう!」
「聖女と偽ったのですから当然罰はあります」
「で、ですが、ただの間違いで済むことではありませんか」
今まで顔半分を覆っていた扇をパシッと畳んだ瞬間、今まで見た事も無いまるで凍り付くような王妃の顔が現れた。
「王家が認めたものを王家が覆し断罪した。なぜただの間違いで済むと思うのです」
「っ……」
「王宮前広場で処刑が行われるようです。娘になる予定だった子の処刑を見る趣味はありませんから、立会の要請は貴方に回すように言いました」
「い、嫌です」
「これは貴方が為した行動の結果です。責任を持ってきちんと向き合いなさい」
どうやって部屋まで戻ったか記憶にないが、気が付くと朝食べた物は全て吐いていた。
槌の音が聞こえる度に震えが来て、吐く物はとっくにないのに吐いた。
――ど、どうすれば、そうだ法務卿だ
急ぎで法務卿へ面会を取り付け、彼の執務室へ赴いた。
「殿下、如何なるご用件でしょうか」
「うむ、シェスカの処刑の中止を頼みたくてな」
「ほう、それは一体どのような理由での中止なのですか?」
冷たい感情の無い目で見られると身が竦んでしまう。
「いや、昨夜はただの取り調べと申したではないか、いきなり執行というのも……」
「ええ、取り調べて罪が確定したので執行されるのです。昨夜殿下が断じられましたでしょう?その容疑が確定したまでですよ」
「あ、あれはだな私の間違いというか勘違いというか……だな」
ほとほと呆れたような顔を向けられ言葉に詰まる。
「殿下の間違いであろうが、虚偽の王命であろうが、発端はどうあれ偽聖女の罪は確定致しました。殿下が問題提起して下さらなければ危うく見逃すところでした。改めてお礼申し上げます」
虚偽の王命という言葉に、一瞬胸がドクリとして早々にこの男の前から立ち去りたくなる。
「いや、だから執行を中止せよと」
「王国に仇なす者を速やかに排除するのは法務の務めです。それに偽者は平民ですから、尚更、執行を遅らせる理由はありません」
「平民?彼女はエグゼス侯爵の義娘だろう」
「エグゼス家とは、卒業式の前日に縁切りしております」
――どういう事だ?卒業式前日に縁切り?私を平民と縁付けようとでも思っていたのか?
「ふ、ふむそうか、邪魔したな」
新たな疑問が増えただけで、何ら手ごたえが無いまま法務卿の執務室を後にした。
――ど、どうすれば、そうだ内務卿だ。いや、だが縁切りするくらいだから親身にもならぬだろう。そうだミネルバ、隣にミネルバが居れば共に良い案を出せるかもしれない
「急ぎでこの封書をエグゼド家のタウンハウスへ」
侍従に封書を頼んだが、やはり待つ時間が惜しい。
急遽、馬車でエグゼド家へ向かったが、邸に到着しても家人は誰も帰っていないという。馬車が2台共無かったので本当なのだろう。
◇
早朝に刑が確定し、即日執行と連絡が来た。急遽抗議に赴いたが法を盾に取り付く島も無く追い返されたが、取り調べは終了との事で牢での面会が可能となっていた。
牢番に小銭を渡し、しかも回りを私兵で牽制させたので、シェスカの牢前にはエグゼド家が陣取り、別れを惜しんでいた。シェスカの顔には泣き後が浮かんでおり、目には隈が色濃く残る。
「シェスカ、陛下とガストンには早馬を送っているが間に合わないかも知れない」
「はい」
「取り調べは、ら、乱暴にされなかったか?」
「ええ、牢から出され『お前は聖女と偽ったか?』と聞かれたので『いいえ』と答えましたら取り調べはすぐに終わりましたから、後は貴族牢から通常牢へ通されて夜通し泣いておりました」
――どう答えようが結論ありきだったのだろう
「守って……やれなくてすまない……」
「あまり無茶をして、お祖父さまやお祖母さまに迷惑が掛かってもいけませんし、大丈夫……ではありませんが、何とか……」
「そうか……こんな場所では、や、休むこともままならなかっただろう。そ、それなのにこんなに気丈に」
「ずっと泣いていただけですからどこでも一緒です。それにダライオスのお母様に中央に近づくとこういう事がある、というのを聞き及んでいましたから多少は心構えがあったのかもしれません」
――心構えも何もスタートすらしていないではないか、しかも一番近くの者からの仕打ちとは
「それよりもお義父さまのお顔の色が凄く悪いですわ、必ずお医者に掛かって下さいませね」
「ああ……連絡が来るまでの間、す、少し仮眠を取って良くなったつもりだったのだが、こんな時まで、ひ、人の心配をしなくともよいのだ」
◇
「シェスカ済まなかった」
「お義兄さま、何も済まないことなどございませんよ」
「いや、違う、ありがとうだな、シェスカに礼を言いたかったのだ」
「お礼ですか?」
シェスカは皆目見当がついていないようでキョトンとした。
「ああ、君が家に来てくれてからエグゼドの家中の風通しは凄くよくなった。君が来る以前は、ここまで家族が近く無かったんだ。だから家族を纏めてくれたお礼を言いたい」
「うふふ、ではお義兄さまからのお礼は受け取っておきますね。あら、もうお義兄さまと呼んではいけないのでしたね」
「馬鹿言うな、連座対策で縁切りをしただけで、今でもお前は僕の大事な義妹であり、家族の恩人だ」
「うふふ、心当たりが無いのに感謝されるのって何だかこそばゆいけれど、私もお義兄さまにお礼を申し上げたいのです」
「何だろう?」
「私、ずっと兄妹が欲しかったのです。想像した通りの素敵なお義兄さまで凄く嬉しかったのですよ。だからお義兄さまになってくれて本当にありがとうございました」
「ハハ、僕もシェスカのような可愛い義妹ができて嬉し……かった」
ユノーは明るく努めてはいたが、過ぎた事のように話すシェスカに対し、ついに堰をきったようで黙って後ろに下がり静かに泣いていた。




