夜のとばりの中
「王妃様にお願いにあがりましょう」
「……ああ」
父上は項垂れたまま立ち上がると、そのまま椅子を抱え込むようにして倒れた。
「父上!」
「お父様!」
慌てて二人駆け寄ったが、手で制される。
「大丈夫、す、少しフラついて、し、しまっただけだ」
そういうと椅子を支えに立ち上がろうとするが、力が上手く入らないようで中々立ち上がれない。
「医者を呼んで参ります」
「ま、まて、じ、時間が、な、ない」
言葉が詰まっている!
同じように異変に気付いたミネルバの顔は、蝋人形のように白くなっている。
父が止めたが、実際そうなのだ。口実が固まれば奴等は突入してくる。そうなれば問答無用で連座となり、医者どころか命の心配が必要になってくる。
向こうが動いている以上、こちらも手を尽くさねばならない。今出来るのは最高権力者に助力を願う事。無理をしてでも行かなくてはならない。
「肩をお貸しします。ミネルバ、反対側を頼む」
ミネルバは黙って頷くと反対側の父の肩を担ぐ。
「参りましょう」
◇
王妃様はボロボロの姿で謁見に臨んだ僕たちを小部屋に招き入れ、僕達以外を退出させた。迎え入れてくれた王妃様は疲れ切って沈痛な表情を浮かべている。
「時間がないから手短に申します。私の権限では法務の判断を覆せません」
父から急ぎの報告を受けた後すぐに動いたようだが芳しくないのであろう。
「もう、法務の手に渡ってしまっているわ。元々リチャードの言動を虚偽とするか、シェスカの言動を虚偽とするかの2択しかなかったのだけれど……」
「「……」」
「リチャードを虚偽とすれば聖女に対して粗相を働いたという罪が発生します」
「誤りを認めるだけではないのですか?」
「簡単な話ではないのよ。王国法典別冊を読んだのよね。あれは聖女を護る為の法でもあるの。囲い込みや隷属などを警戒しての事ね。そして聖女の身体や名誉を傷つけた殆どの場合極刑となるわ」
「極刑……」
「王族平民関係なくね。恐らく当時は国を救う存在と信じられていたのでしょう。だけど自分を聖女と偽ったりする者達も現れたので、それを防ぐ為の法律が制定されたのでしょうね。もちろん勘違いもあるからと詐欺罪という道も残してあるけれど、聖女案件は全てに於いて王国の最上位に位置するような法案なの。大昔の死法とは云え誰も廃止していない、生きているのよ」
――どちらか片方は必ず……
「あの子が馬鹿な事をしたのは分かっています。私はシェスカが大好きで早くお嫁に来てくれるのを楽しみにしていたわ。けれど、あの子は王太子で、私はあの子の母親で、王家には王国を護る責任があるの」
王妃様は悔しそうな泣きそうな顔で僕達に告げた。
「分かってちょうだい」
――シェスカが連れられた時点で詰んでいたのか
―ドサッー
視界の隅に動きがあると思った途端ミネルバが倒れた。
王妃様も心配げに見るが、時間が無いので話を止める訳に行かない。
僕はミネルバを抱き上げ介抱しながら王妃様へ頷き、会話を続けてもらう。
「あの人が帰ってくればどうにかできるでしょうけれど、今できるのは詐欺罪で終わらなかった最悪を考えて、あなた達を連座から救う以外の手は打てません。シェスカが捕らえている以上どのタイミングで刑が確定したかなんてどうにでも書けるでしょう。ですから、私に出来るのは、私にしかできない遡及宣言を使ってエグゼド家だけでも助けることだけです」
王妃は、シェスカのエグゼド侯爵家離籍を昨日に時間を遡って受理した事を宣言してくれた。
◇
既に遅い時間になり、暗くなった廊下を行きと同じく歩くこともままならない父上を兄妹で支えて3人並んで歩く。
行きに見かけた衛士達は、もう居なくなっていた。
「ガストン、済まない、済まない…」
僕達の前で泣いたことのない父が涙声で謝罪を呟く。
「大丈夫です父上。我々に連座が適応出来ないと分かった時点で即座に執行する意味は無くなりました。早馬も送りましたし陛下さえご帰還頂けたら元通りです。明日更なる手を考えましょう」
陛下が強引な判断を下されるとは思うが、陛下にとってもダメージのある判断になるかも知れない、と思いつつも父に語り掛ける。
真ん中で支えられた父親の悔し涙を見て、今度はミネルバが泣き出した。
「シェスカ、シェスカ…ぐすっ……」
僕も頬に涙が伝うのを感じながら、底冷えのする冷たい廊下を3人で歩いて帰った。
無力さを痛感する事になったが、後は陛下に縋って何とかしてもらうしかない。
◇
深夜、遠くから響く蹄の音で目が覚めた。
耳を澄ませば邸に入って来たのが分かり、暫く待っていると寝室がノックされる。
「旦那様、逓信士が来られましてございます」
「ああ、会おう。部屋と食事と馬の世話の手配も頼む」
「かしこまりました」
辿り着いた逓信士には報告後、休養を与えて帰還させるのが作法である。
ガウンだけ羽織って応接室へ入ると、セバスと逓信士2名が待っていた。よく見ると1人は怪我をしている。
「どうした?何があった?」
「一頭足を挫いて放棄して参りました」
「それは、セバス至急手当の段取りを」
「畏まりました、ところで旦那様」
「どうした?」
「ナイトキャッブはお外しになられた方が宜しいかと」
「最初に言え」
怪我をしている逓信士をセバスに任せて下がらせ、2通の封書を受け取った。
軍用なので正副で齟齬がないか付き合わせるのだが、今回は確実に届ける為のものだろう。
「中を確認させてもらう」
封を切り、内容を確認した。
――急がねばならん
「逓信士殿、頼みがある」
「何でございましょう」
「急ぎ王都へ赴かねばならん。無理を承知でお願いしたい。夜間疾走の並走をお願いできないだろうか」
「……」
「私の馬は夜間訓練をしておらず夜駆けの速度が出せん。一刻も早く向かわねばならぬのだ。非礼なのは重々承知だが、どうか重ねて頼みたい」
突然伯爵に頭を低く下げられ、逓信士は困惑する。
「伯、どうか頭をお上げ下さい」
「……」
「夜間の疾走は非常に危険なのです。訓練している私達でも事故の可能性が高いのでペアで行動するくらいなのですよ」
「……」
「私のような者に頭を下げねばならぬ程、急ぎの内容なのですね。分かりましたお受け致します。ですが半刻程馬を休ませて頂きたい」
「ありがとう。恩に着る。馬には乾しリンゴも与えておこう。逓信士殿も暫し休まれよ。準備が出来たら声をお掛けする」
侍女のマリーに取り次ぎ、エリザを急ぎで起こしに行ってもらう。待つ間に身支度を整えるが、エリザは思いのほか早く来た。髪が纏まりきれていない所をみると急ぎを優先してくれたのだろう。
「どうしたの?」
「シェスカが捕縛されたらしい」
「っ……」
一瞬で目を覚ましたエリザは寝起きも相まって、顔が真っ白になってよろめいた。すかさず支えてソファーに座らせたが、小刻みに震えていたので手を肩に回して落ち着かせた。
「詳細は分からないのだが、捕縛されて取り調べを受けていると書いてある。陛下は不在でエクゼスが動いてくれているようだ」
「そ、それで、どうしたら」
「俺は今から出る。夜間の馬車は危ない。君は日の出を待って馬車で王都に向かって欲しい」
「ええ、分かりました」
扉がノックされセバスが入室してきた。
「旦那様、ご用意が出来ましてございます」
「セバス、朝にエリザの馬車の手配を手伝ってくれ。暫く不在となるかもしれぬから邸の事は頼む」
セバスが了承したので、逓信士殿の所へ向かった。
「逓信士殿、よろしいか」
「はい、参りましょうか。伯は私のランタンを目印として下さい。決して馬を制御しようしないで終始馬任せで、暗闇でも馬は見えてますから信頼して下さい。私も伯のランタンが追走しているか確認しながら駆けます」
「ありがとう、助かるよ」
歩き出す逓信士殿の手を掴み、小袋を握らせた。
「伯、これは」
「無理を通した詫びだ。任務どうこうは関係ない。貰ってくれねば俺が気兼ねするのだ」
「ありがたく頂戴します」
逓信士は軽くお辞儀すると手荷物を纏めた。
厩舎に付くと、既にトインビーが鞍を掛けられてソワソワしている。
「伯、この馬は……」
隣に並ぶ逓信用の馬は軍馬の中でも足が速く大型のはずだ。それよりさらにトインビーは一回り二回り大きい。
「相棒だ。俺が乗って潰れないのがトインビーしか居ないというのもあるが」
「ハ、ハハ」
トインビーに近づき、バシッと叩くとこちらに顔を向けた。
「トインビー、お前が頼りだ。シェスカの為に宜しくたのむぞ」
「ぶひん」
了承か叩かれた文句かは分からないが、トインビーも準備が出来たようだ。
「では行ってくる、君もどうか気を付けて」
「あなた、シェスカをお願いします」
「ああ、必ず助けに行くと約束しているからな」
深夜、完全に寝静まり月明りしかない領都の中を、邸から駆け出た2騎が夜のとばりの中へと滑り出ていった。
遡及宣言は両陛下しか出せないズル技ですが、拒否権のような強さは無く「え?あ!それ聞いてたわゴメンゴメン」くらいの後出し承認技です。




