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種蒔きの聖女 【第一部完結】  作者: 遠見じゅん


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20/34

突入は時間の問題

 執務室のノッカーが鳴り、対応に出ると妹のミネルバだった。


 迎えに行く時間を間違えたかと思いながら扉を開けると、ボロボロの状態で転がり込んできた。口を開くなり子供の頃のように感情露わに泣き出し、過呼吸気味になりながらも頑張って何かを訴えようとしているのは分かるがそれも覚束ない。

 落ち着かせようとするが妹とはいえ背中の開いたパーティードレスで美しく着飾った成人女性を相手に、触れても良いものだろうかと父上と共にオロオロとしてしまうが、そんな場合でも無さそうだと、汚れて氷の様な冷たさになっていた足を湯で拭いてやり、子供の頃やったように背中を擦り続けているとようやく息が出来るようになって落ち着いてきた。


「話せるようになったかい?」

「シェスカが、シェスカが捕縛されました。パーティー会場で殿下がシェスカの聖女の剥奪と偽聖女の認定を行って婚約破棄を告げました。それは王命だと、退出しようとした…タイミングで法務卿…の騎士により縄を打たれました。お願いします助けて下さい!うくっ、シェスカ、うえぇぇ~ん」

「「なんだと!」」


 妹は一息に告げた後、手巾で顔を覆ってまた泣き出した。感情がコントロールできるようになったタイミングで何とか一息に伝えて来たが、また感情がぶり返してしまったのだろう。

 妹の口から絞り出すように出てきた情報だが、何とも滅茶苦茶な話じゃないか。感情が読みにくい筈の父も見てわかるほど激怒している。


――

―


 物心ついた時から我が家は冷め切った状態だったと思う。父は激務で帰って来ず、母も私達に対して距離があった。家中には、家族とはいえ他人というような白けた雰囲気が常に漂っており、当然使用人にも伝播していた。年齢が上がるにつれ、それが貴族の常だと学んだ。

 同じ境遇で育った妹だけが気の置けない関係となるのは当然だったが、その妹とも思春期を迎え学院に入学する頃にはどことなく距離を感じるようになり、貴族家なのだから白けた雰囲気になるのは当然の帰結だと飲み込むしかなかった。


 そんな中、僕に新しい義妹ができた。


 貴族家としてはそれほど珍しい状況でもない。体面を重んじる貴族としては腰かけや家柄ロンダリングは当たり前なのだ。そんな場合、大抵は出て行くまでは食客のような感じでお互い必要以上に距離は詰めないものだが、義妹は違った。


 何しろ存在感が違う、物理的に違う、なにせ僕より大きいのだ。そんな存在感のある彼女が僕なり妹なり、相手に喜びながら喜ばせようと全力で来るのだ。それは昔飼っていた大型犬がじゃれ付いてくる感覚に似ていた。

 そんな彼女が父や母や僕や妹や使用人全てに対して1対1で全力でくるものだから、もはや白けた対応など無理で全力で迎え撃たざるを得ないのだ。


 普段は領の本邸に居る彼女だが、月に1、2回、タウンハウスを泊まりで訪れる。後見人の手前、その時は流石に父も帰って来て家族一同揃って食事や団らんを行うのだが、義妹がいるだけで一気に場が纏まる。相手の良い面しか見ておらず悪い面には全く気付かない。そういう対応をずっと続けられると、こちらも返したくなるのが人というものだ。やがてそれが家族の当たり前になってきて、知らず他の家族間でもそういう対応をするようになってきていた。


 もうエグゼド家は以前のような白けた雰囲気は鳴りを潜め、時々シェスカが自信満々で作ってきてくれる得体のしれない何かに皆で一喜一憂し、やがてそれは使用人を巻き込み、どことなく暖かい雰囲気が家中全体を覆うようになっていた。

――

―


 父の親友の娘というのもあるかもしれないが、僕は我が家の恩人だと思っている。決して雑に扱って良い義妹ではないのだ。


 その義妹を衆前で晒し上げた挙句、捕縛しただと!


「王妃様への面会と法務への確認に向かう。ユノーはミネルバから詳しく経緯を聞いておいてくれ」

「分かりました」


 妹をソファーにエスコートし、落ち着かせる為に見様見真似で紅茶を淹れて出した。

 妹はカップを手に取り、香りを少し嗅いだだけで口を付けず、そのまま机に戻した。

 喉は乾いて居なかったのかと思いながら一口飲むと、これがまたとんでもない苦さで一瞬で目が覚めたのだった。

 


「法務卿は聖女に関する容疑で取り調べると言ったんだね」

「はい、確かにそのように」


 ならば、法務卿の根拠を調べなければならない。


「僕は王宮図書館へ行ってくる。ミネルバは父上と入れ違いにならないよう執務室で待機しておいてくれ」

「承知いたしました」


 僕は妹を執務室へ残し、暗い廊下を王宮図書館へと向かった。



 ◇


「シェスカは?シェスカは一緒ではないのですか?」


 僕が王宮図書館から帰ったすぐ後に父が帰ってきた。父は帰るなりミネルバに詰め寄られていた。


「ああ、王妃様の耳にも既に届いていて確認を進めている最中だった。シェスカは貴族牢へ収監されたようだが、取り調べが終わるまで面会すらできない状況だ」

「そんな」


「父上、王宮図書館で調べてきました。恐らく法的根拠はこれでしょう」


 僕は手帳を出し、メモを父に見せながら話した。


「300年前の王国法典別冊です。禁帯出指定図書で奥の棚で埃を被っていました。


 1項 聖女と偽りし者は詐欺罪とす

 2項 聖女に非ず、偽りを認めぬ場合は動乱罪とす


 他にも全部で10項程ありますが、他は聖女に対しての罪の記述です」

「300年前……死文ではないのか」

「いえ、行使は250年以上ありませんが法律解除はされていません。当時は本当に聖女の騙り(かたり)や扇動があったのかもしれません」


 法的根拠があるのなら、確定されてしまえば陛下でも覆すのは難しい。


「父上、申し上げにくいのですが」

「何だ?」

「ご存じの通り、動乱罪は2親等連座です」

「分かっている。急ぎ手紙を書くので早馬の手配を頼む。軍用で2方面だ」

「分かりました」


 父から預かった計4通の封書を騎士団逓信隊へと持って行った。

 通常逓信と異なり、軍用逓信は正副の2騎での行動となり昼夜問わず駆ける。逓信隊専用の騎乗鎧を羽織った騎馬が駆け出て行ったのを見届けて執務室へと戻る。


 執務室へ戻る途中、普段は西棟に居ない筈の衛士を複数人見かけた。チラリと襟元の識別章に目をやると天秤と目。


 官憲だった。


 ――そういうことか?!


 執務室へと駆け込み、父に告げた。


「父上、法務卿の狙いは我が家です!」

「「!!!」」


 入るなり大声を出した僕に、父と妹が驚いた顔をしている。


「……そういう事か」

「はい、西棟に複数の官憲を見かけました。動きが早すぎます」

「っ……リチャードの宣言の瞬間に絵を描き切って……突入は時間の問題という訳か」

「父上、今ならシェスカとの絶縁もまだ間に合うかも知れません」

「ちょっと!シェスカと絶縁って、どういうこと!?」


 慌ててソファーから立ち上がったミネルバは、僕に詰め寄ってきた。


「ミネルバ、時間がないんだ、落ち着いて聞いてくれ」


 ミネルバは不穏な空気を感じとったのか、胸の前で手を握りコクリと頷く。


「恐らく、シェスカは動乱罪へと誘導されるだろう。反逆罪と動乱罪は王国法でも別格で、刑が確定した時点で強制執行可能となる。裁判等一切飛ばして官憲のみでの執行が可能なんだ。この場合、刑が確定した時点で連座として僕たちを捕らえる事が可能という事だ」

「つまりは?」

「確定した時点で親族が居ない場合連座は適応されない」

「シェスカを助ける話をしてるんでしょ!連座とか絶縁とか何を言ってるのよ!」


 ミネルバは真っ赤な顔をしながらセンスを机に叩きつけ声を張り上げる。


 ――分かってる。分かってるさ。僕も怒鳴り散らしたい。こんな事言いたい訳ないじゃないか。だけど……恐らくもうどうしようもないんだ


「父上!王妃様は動いて頂けるとは仰いましたが、時間がありません。もう一度王妃様に会って、シェスカとの絶縁宣言をなさって下さい。王妃様なら手続きの全てを飛ばせます」

「ぐ……」


 父は手に持った羽ペンを握りつぶしながら、顔を顰めている。頭では分かっていても、仮にでも切り捨てるような決断をしたくはないのだろう。


「父上!僕たちだけなら構いません。ですが、お祖父様、お祖母様、邸の仕様人全てが対象となるのです」

「シェスカはあいつの娘なんだ。それを……」

「冷静になって下さい。もしかすると詐欺罪だけで終わる可能性だってあります。そうなれば助けようはいくらでもあるんです。その為にも僕達の足元を固めない事にはシェスカを救うことさえできないのですよ」


 ミネルバは顔を真っ青にして二人の成り行きを見守っている。


「それに我が家が倒れれば、第2王子の開戦派が力を持ちます。抑えが効かなくなればここぞとばかりに侵略戦争に舵をきられるでしょう。父上が常日頃から言われているように王国全体が意味のない戦いに引きずり込まれてしまうのです。リチャード殿下が下ろされても同じです」

「っ……」


 いつもは土気色の顔色の父上が、顔に太い血管を幾つも浮かび上がらせ、人とは思えない程赤黒くなっている。


「父上!この際はっきり言います。シェスカは政争に巻き込まれてしまっています。もう陛下以外は助けようが無いのです!」

逓信とは郵便配達員です。

お馬さんは夜目も効きますが、やはり夜は危険が伴うので余程の事がないと動かしません。

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