縋るにしても随分と細い糸
「このダライオス、国王陛下の招聘により罷り越しましてございます」
王城の小振りな来賓室に入ると、髭面の熊のような大男が膝を付き臣下の最敬礼で迎えてくれた。その後を追って内務卿エクゼスも入室してくる。
――久しぶりにこの男を見るが、相変わらずの赤毛の剛毛だな、頭髪からもみあげで顎まで繋がっておるし、だが口回りや顎下には生えておらん、剃っているのか?生えないのか?よく見ると頬にも毛が生えておる、あれはもみあげなのか頬毛なのか?まぁ歳のせいか白い物もだいぶ混じってきているが
「随分他人行儀じゃないか ガストン!全然王都に顔を出してくれずに冷たいやつだな」
謁見の間でも無いというのに、ワザと大仰に接してくる仕草に思わずニヤリとしてしまう。
「はは、何かと忙しくてな。ヴィクター元気そうで何よりだ、エクゼスも……元気そうじゃないな、何か顔色悪くないか?大丈夫か?」
「大丈夫だ?」
「エクゼスは休みも取らないし家にも殆ど帰らないのだ。私が居る時は強引に休ませたりは帰したりするんだが、遠征の時などは目が届かない。お前からも言ってやってくれないか」
「その痩せ方と顔色はちょっと怖いぞ、また何もかも抱え込んでいるんだろう。政務が忙しいのは分かるが、お前が倒れたらヴィクターも俺も泣くからな」
「ああ、気を付ける」
普段見慣れていて何も思わなかったが、改めて言われてみると頬はこけているし顔色も土気色だ。ウェーブの掛かった髪が顔を隠し陰気臭い風貌に拍車をかけている。時々しか見ない者からするとその異常さが分かるのだろう。そして、ガストンは何故かちょっと目が潤んでいる。
近況を労いながら3人互いに駆け寄ると、おっさん3人で学生時代のノリのまま肩を叩き合った後、ガストンと私たち2人が面向かうようにソファーに腰かけた。ガストンが1人で座る長ソファーが重みに負けて弓なりにギシリと音を立てている。
ふとガストンの纏う上着の裾に目が行った。
「ガストン、その……お前の上着のそれは一体何だ?」
「ん?これか?我が領の紋章である牡牛を刺繍させてみたのだ。どうだ、良いだろう」
よくぞ聞いてくれた!みたいな口調で嬉しそうに答えてきた。
「あ、ああ、良いものだな」
「そうだろう、そうだろう、予想以上の出来で満足しているのだ。お前らも是非真似してくれ、王家だと獅子だからさぞ厳ついだろう」
言いながら、さらに子供を諭すような眼差しを向けてきた。
――なんなのだ?その眼差しは?儂は厳ついよりも格式ある方が良いな。って、いや、そもそも絶対真似しないからな
「あ、ああ、だが王家の衣装は決まりがあるのでな、エクゼス、良いのではないかな?」
「ん?あ?ああ、そうだな」
「エクゼスだと秤と水車だな。う~む、あまり厳つくなりそうにないな。デザインとして火を纏わしてみたらどうだ!きっと厳つくなる」
「あ、ああ、それだと火の車にならんか?縁起的にどうなんだ?」
「さすがエクゼスだな、細かいところまで目が届く。ならば――――」
やはり、面倒事はエクゼスに投げるに限る。
それからは、久しぶりの再会に互いの近況などひとしきり報告し合った。
「ところでヴィクター、手紙にも書いたが娘に殿下の元へ嫁ぐなど無理だ。あの子はそんな風には育っていない。政略など考えずとも我が家はお前を支える。何を思ってうちの娘なのだ」
「そのように育っておらずとも構わない、今は少しでも民からの人気がある者が王家には必要なのだ」
「何だ、それは……」
二人の顔からは、入室時のにこやかな雰囲気は消えていた。
「……何か、考えあっての事か?」
隣を見やるとエクゼスが苦い顔をしながら口を開く。
「国内では毎年のように一揆や暴動が起こっている。重税を課している領主には是正を促しているし、国税などは必要最低限しか課していないがそれでも現状は厳しい」
エクゼスの言葉を繋いだ。
「一揆といえ内乱だ、となれば討伐をせねばならん。相対してみると分かるのだが、彼らは皆ガリガリなのだ。少し小突いただけで吹き飛んでしまう。ここ数年は首謀者のみを処罰して他は解散させているが、理由が理由だけに何とも気重くてな」
「先王様は全員処罰しておられたが…」
「今そんな事をしてみろ、あっという間に田畑を耕すものが居なくなってしまう」
「お前の治世になってから、贅沢禁止とか軍縮とか色々推し進めていたろう?我らも賛同したじゃないか、それでも駄目なのか?」
暫く重い沈黙が続いた後、エクゼスが口を開いた。
「麦に……実が入っておらんのだ」
それを聞いて、ガストンも何か思い当たったのか肩がピクリと揺れる。
「我が領でもここ数年、実の入りが良くない。恐らく寒さが原因だと思って色々やってはいるのだが、よい結果ではない」
「ああ、王都でも原因究明に当たらせている。土を変えたり水を変えたり色々やってはいるのだが結果は芳しくない。寒さに強い他の食物も同様に肥えが悪い」
「植物の病気なのだろうか?」
学者をもってしても未だ糸口すら掴めないのだ。3人とも口をつぐんでしまい沈黙が覆った。
「で、だ。先ほどの話に戻るが、なぜそこでうちの娘なのだ」
「……聖女と呼ばれておるのだろう?」
ガストンはマジか?という顔で私をみた。
絶対にバカにされるのは分かっていた。
「そんなのは領民の戯言だぞ」
「だがその戯言を、王宮に嘆願書として送ってきておるのだ。近隣領を巻き込んでの連名でな。お前の娘には民から慕われる何かがあると見た。為政者をやって噂を流したり拾ったりしているからこそ分かる、宗教や詐称ではこういう広がり方にはならん」
「なら当初の予定通り卒業後は領主跡取りで婿を迎える方が嘆願書にも報いる事ができるだろうに」
「王国全体の事も考えてみてくれ。王妃となれば話は別だ、そちらの領民にとっても誉れであろう」
思わずうわずってしまった声にガストンは瞠目して見つめてきた。それを見てはたと冷静になり、一段声を落として続ける。
「もう……貴族だけでどうこうできるのも限界が近い」
「すでに幾つかの国は統治者が倒れ無政府状態だ」
「無政府って……」
「食うに食われずの民衆の暴動だ。統治者を引きずり落としたところで、どうこうなる物でもない。悪戯に国土が混乱して更に酷い状態に陥り、混乱の為田畑を耕す事もできず。北方の国は餓死者の嵐、まさに地獄の有様らしい」
「この国に生きる者達に同じ苦境を味わわせるに訳にはいかぬ!皆が苦しい中、少しでも希望を与えながら今を耐え忍ぶより他はないのだ」
「噂では聞いていたが……」
実務者からの重い現実を聞いたからか、ガストンは二の句を継げないでいた。
「そこで……聖女とまでは言わずとも王宮に嘆願書まで送られるほどに民草に慕われるシェスカ嬢に縋りたいという訳なのだ」
「あの子は聖女なんかではないし……縋るにしても随分と細い糸だぞ」
「それは、重々承知の上だ。聖女なんて者が居て、ましてや不思議な力が存在するなんて事は考えてはいない。縋りたいのは自然に民草に慕われる、人徳とでも言うのだろうか?良く分からないがそういう何かなのだ」
頭を下げる二人を前にして、ガストンは困惑したように答えた。
「友の頼みなら喜んで答えたいのだが、あの子の特性がな……素直に育ってくれたのは嬉しいのだが、要領も悪いし大人しくて前に出るタイプでもない。
まぁ、俺はそんな所が愛おしくて仕方ないのだが、王族はおろか貴族ですらやっていけるか不安なのだ。しっかりした婿さんを迎えて田舎領を細々やっていくのがあの娘の幸せだと思っていたのだが」
「そこは儂らが家族としてフォローしていく」
ガストンは暫くの間、顔を天井に向け両手で覆いながら逡巡していた。
「なぁ、頼む」
沈黙が部屋を覆う中、ガストンは俺の目をじっと見つめていたが、やがてゆっくり目を閉じた。
「ああ……、分かった、分かったよ。そこは義父殿を信頼しようじゃないか。でもって一人娘なのだが?」
「二人の間に生まれた子の一人を領の跡継ぎとしよう。それに、娘や孫の顔を見るのに頻繁に王宮を訪れても良いんだぞ」
「やれやれ、孫が育つまではくたばれないのか、そろそろ隠居する計画だったのだがな」
「シェスカ嬢はエクゼスが一旦、本邸にて養子受けしてくれる。寄宿舎と違って警備もし易いし生活の世話や家庭教師なども受けてくれる」
「ああ、高位への伝手もあまり無いから助かる。だがエクゼスは良いのか?お前の娘は婚約者候補だと聞いているぞ」
「候補だっただけだ。それに我が家から婚約者を出させて貰うんだ。エグゼド家としては何ら問題ない。妻とミネルバは、あれで貴族の心得は弁えている」
「お前が良いなら構わないのだが……愛娘を宜しく頼むぞ養父殿」
「ああ、任せてくれ実父殿」
3人は話し合いを固い握手で締めくくった。
「寒くなってきたな。今日は城に泊まって行くだろう?久しぶりに皆で朝まで呑もう」
「なぁヴィクター、立場は変わっても孫は抱きに来ても良いよな?」
「ああ勿論じゃないか、何なら王都に住んで貰って毎日通ってもらっても構わんぞ!そうだ、タウンハウスを用意しよう。そして、王都に本拠地を移して側近に戻ってきてくれ!娘にも孫にも毎日会えるぞ!それが良い!そうしよう!」
ヴィクターは体をのりだして、圧が急に強くなった。
「ちょ、おい待てよ。そんなのすぐには決められない」
「いやもう領地も長いだろ、任せられる奴も育っているはずだ!だから越して来い、側近に戻って来い!それが良い!いつにする?今日からにするか?」
「だから、おいって!かってに進めるな。後早口なんだよ」
「あ、ああ、つい高ぶってな、済まなかった」
翌朝、自分とエクゼスは酷い二日酔いのまま政務に取り掛かっていた。
昼前に、熊のような貴族がのそりと食堂に入ってきて食事を強請られたので、あまりの恐ろしさに提供せざるを得ませんでしたと報告を受けた。




