火山のような物
定刻となり、壇上に王妃様とリチャード殿下が侍従達と共に姿を現しました。
その圧倒する姿をお見掛けした瞬間、みんな膝を付き臣下の礼でお迎えします。
王妃様はティアラを冠り錫を携えビロードの赤地に金獅子をあしらい貂のファーで縁取られたマントを羽織っておられます。錫は普段は国王陛下がお持ちですが、今日は留守を預かる王妃様が持たれています。即ちこの場に於いて国王陛下と同等という意味での正装です。
「貴族院を卒業した皆、おめでとう。今日より皆を王国を支える成人貴族の1柱として迎え入れます。王国によく尽くし共に王国を盛り立てて行く事に期待します」
皆の空気が引き締まったのが分かりました。正装された陛下と謁見したことのある同級生など数える位しか居ません。我々貴族は国王陛下の臣下であるという自覚が高まったのでしょう。
お言葉が終わったタイミングで、サッと皆の手元に少しだけワインが入ったグラスが配られました。王妃様がワイングラスを掲げ、皆もそれに倣います。
「王国に栄えあれ」
「「「王国に栄えあれ」」」
王妃様はグラスをキュッと煽り、皆も倣ってキュッと煽ったところで「それでは楽しんで頂戴ね」と王妃様は侍従の半分を引き連れて退出して行かれました。
自然な感じで楽団による演奏が始まり、順に壇上へおられる殿下への挨拶に伺います。
リチャード殿下への挨拶の最初は、婚約者であるシェスカから始まりました。
「王国の輝ける太陽でありますリチャード王太子殿下のご卒業を寿ぎ、心よりお慶び申し上げます」
シェスカの次には私が続きました。後ろにたくさん並んでいますからこういう場面は長々とした挨拶はよろしくありません。それでも人数が多いので結構時間が掛かるでしょう。挨拶を終え、壇上から降りるとシェスカが待ち構えていました。
「ミネルバ様、お酒は食事と一緒なのでしょうか」
「どうかしら、ダンスの時に酔っていると目が回ってしまうのではなくて」
「うふふ、ならお菓子とお酒はダンスの後に楽しみに取っておきますね」
今回のビュッフェは、シェフに食べたい物を伝えると綺麗に盛り付けてテーブルに持って来て貰えるようです。お家騒動の渦中に居る子は毒などに注意して食事をしているようですが、王家が準備した料理に大多数の子は警戒すらしていないようです。
それを考えると、今のシェスカは重要ポジションなのだから警戒しなくてはならないはずですが本人は全く気にしていない様子で、シェスカの手元には火山のような料理が運ばれてきました。
「え、何これ?こんなのあったかしら」
「ローストビーフですよ。一番端のシェフテーブルにありました」
目を凝らして見ると、火山のような物はマッシュポテトで中の火口部分はローストビーフだと分かりました。そうです、ローストビーフを平らに限界まで重ねて倒れないようにマッシュポテトで固めてもらっていたのです。
――いくらユノーお兄様にアドバイスを受けたからって、本当にこの子容赦ないわね
あからさまに自分の皿よりも量も質も違うのだけど、なぜか私の皿が減る割合でシェスカの皿の割合も減って行く。マナーも変ではないし、口に無理やり押し込んでる風でもない。何がどうなっているのか分からないけれど、ローストビーフを数枚づつ纏めてその上にマッシュポテトを塗り上げ嬉しそうに口に運んでいる彼女を見ると、何だか羨ましくなってきました。
――私もローストビーフ貰って来ようかしら
「ミネルバ!ミネルバ=フォン=エグゼド」
「はい、こちらに」
給仕に皿を預け、リチャード殿下の元へ向かいました。
◇
殿下に会場近くのバルコニーに連れられて、告げられた。
「ダンスの始まる前にミネルバの聖女宣言を行う」
今日の会場で宣言するとは聞いておりましたが、いざとなると心臓がキュッと締め付けられるような何とも言えない罪悪感に苛まれる。
「承知しました」
「そしてその場でシェスカとの婚約破棄とミネルバとの婚約宣言も行う」
「え?」
――そんなの話が違う。私も聖女と認定されて、陛下から許可を得て婚約を同家移譲させる話だったはず。こんな場で婚約破棄なんかされたらシェスカの瑕疵は酷い事になってしまう。そんなのは絶対駄目だわ
「リチャード殿下お考え直し下さい。大勢の前で婚約破棄など普通ではありません。それにあの子に婚約破棄される理由なんてありません。今日は私の聖女認定だけにして婚約移譲は両家を交えて談判すると仰ったではありませんか。陛下にお伝えすると聞いていましたが、もしやされていないのですか?」
リチャード殿下は目を泳がせながら答えた。
「父上は遠征が長引いておられて話は通っていない。だが輿入れ準備は貴族院卒業後すぐに動き出す。いつ帰るか分からぬ父上を待って、その間に輿入れ準備が動き出してしまえば遅いのだ」
「ですが、このような騙し討ちみたいな事は絶対に承服できません」
「婚約破棄を機にシェスカにはダライオスに戻るよう申し渡すつもりだ。好きな家族と別れて泣いたりもしていたのだろう?それもなくなるのだ」
――それは良い、先代と私は寂しくなるけれど、ダライオスに戻れるならシェスカは喜ぶだろう。けれど何だろう?何か引っ掛かっているのだけど、冷静じゃない今、その何かを突き止められない
私は首を振った。
「そのような事は談判の席でも十分でございます。何度でも申し上げますが、あの子に婚約破棄される理由などございません。待てば良いではないですか、話し合えば良いではないですか、こんな事をしてしまえば誰からも祝福されません」
「だが、君もシェスカが私達の婚約の邪魔をしていると納得していたではないか」
「それは先日も申し上げました。当初はそういう思いがあった事は否定しませんが、今は違います。シェスカは大切な義妹です。無用にあの子を傷つけるような行為は到底容認できません」
リチャードは「クッ」と喉を鳴らして爪を噛んで何かを考えている。
――この人は爪を噛むような人だったかしら
「……分かった、君もそのように振舞ってくれ」
「承知致しました」
◇
「お帰りなさい。そろそろダンスが始まりそうな雰囲気ですけれど、お腹空いていませんか」
「少し空いているけれど、ダンスの後のお菓子用に空けておくわ」
――なんでこの子はしまった!という顔をしているのよ。お腹いっぱいに詰め込んでしまったのかしら?いえ、それよりも貴方の婚約者に呼ばれて席を外しているのに何も気にならないの?
「ねぇ、シェスカ」
「なんですかミネルバ様」
「これから分かる事だから言っておくけれど、私も聖女認定されるわ」
「え、凄いじゃないですか。ミネルバ様はちゃんと麦の収穫量を上げたと聞いていますから間違いなく本当の聖女ですわ。認定されて当然のことですわね」
シェスカは満面の笑みで、恐らく本心から祝福してくれている。
――どうして?あなたの価値が薄まるのよ?何も思うところはないの?
そこで、はたと気が付いた。
――そう言えば、この子の口から自分が聖女なんて言葉一度も聞いたことがなかったわ。余りにも話題に出ないからこちらも忘れかけていたくらいだもの。それに本当の聖女って何?自分の事は偽物だと思っているの?私だって土と種を撒く手伝いをしただけだもの、それで聖女だなんて、おこがましいという事は分かってる
「ダンスの前に皆に聞いて欲しい。ミネルバ嬢、前へ」
リチャード殿下の声が響き、何事かとホールはしんと静まった。
静かに人垣が割れ、殿下の前に歩み出た。
本邸で猫を被っていたシェスカは、初めて食べ放題に行った子みたいになっています。




