貴族学院卒業式の日
貴族学院卒業式の日
残雪があちらこちらに残り、いつもと同じく曇天でとても寒い天気の中、貴族院の卒業式典は執り行われた。
主席はリチャード殿下で、学院長を務める王弟殿下が壇上にある席から嬉しそうに拍手を送っておられる。次席は私。シェスカは丁度真ん中あたり30位くらいかしら?それでも嬉しそうに証書を受け取り帰ってきた。
夜の卒業パーティーまでは時間があるので、我が家はタウンハウスで待機する事になっている。シェスカもタウンハウスで待機して私と一緒に王宮へ行く予定だ。
「ミネルバ様、次席おめでとうございます。凄いですわ」
目を輝かせながら興奮気味に話しかけてきたけれど、こういう時この子はいつも自分の事のように喜んでくれる。
「ありがとう。一生懸命勉強したもの」
「ええ、存じておりますわ。結果を出して上に立てるというのは間違いなく努力の賜物ですもの。ミネルバ様はエグゼド家の誇りでございます」
掛け値なしの褒めだから何だか座りが悪い。兄の「ああ、そうか」くらいの方が私には丁度良いのかもしれない。
シェスカが最初家に来た時「お義姉さま」と呼ばれて少し面食らった。同い年だし、もう腰かけだからという事で「ミネルバ」呼びをお願いしたら、兄妹に憧れていたとカミングアウトされた。私だって妹は欲しかったけれど、成人直前で頭1つ半大きく見上げないと目線の合わない義妹が急に出来てもちょっと困る。
何事も一生懸命にやるのだけど色々ズレているし大雑把。話をすると親身に考えてくれて共にに泣いたり怒ったりしてくれる。要するに一緒に居て楽で友達甲斐のある子なのだ。そんな子が義理とは言え妹になったのだからタウンハウスに泊まりにくる日が楽しみで仕方なかった。いつも夜中までおしゃべりが止まらず、寝坊してはお兄様に一緒に怒られてた。
幼馴染で初恋相手でそろそろ婚約者として話を進めるのも良いかと話し合ったばかりの相手に、陛下からの依頼を受けて婚約者として収まりさえしなければ、と最初の頃はモヤモヤしていたけれど、今では義妹になってくれた事に色々感謝している。
◇
「か、かわいい~、ミネルバ様とっても素敵ですわ~」
感極まった風で、涙目で言われました。
同い年の成人女性に「可愛い」はどうかと思うのだけど、シェスカにとって「可愛い」は最高の誉め言葉だという事を知っているので、素直に受け取ることにした。
私は背が高くないから、お母様と相談してプリンセスラインのドレスにして裾ボリュームを稼いだ。ブロンドの髪色に合うように白のドレスに刺し色はベージュにして全体に柔らかい雰囲気に仕上げた結果、部屋から出るなりシェスカに萌えられたのだった。
「ええ、ありがとう、このドレスはお母様と決めたの。私も自分に似合ってると思ってるわ、って、ちょっと頭の匂いを嗅ぐのを止めなさいよ!」
シェスカはミネルバの頭をクンクン嗅ぎ、恍惚とした表情を浮かべながら、その言葉に笑顔でウンウンと頷く。
逆にシェスカは裾を抑えようとしているのか、ドレスのドレープは少なめにしているけれど背が高い分スカートの起点も高いから裾が広くなる。結果、私もシェスカも似たような裾の広さとなっていた。
濃紺の刺し色を難しい縦のラインで上手く使い、全体的に締まって清楚に見える。
「シェスカもとっても素敵ですわよ」
「うふふ、ありがとうございます。私ドレスだけはさっぱりですので、お祖母さまに全部お任せしたのです」
エントランスには、すでに準備の出来たお兄様が待たれていました。
「ミネルバもシェスカも今日はとびきり綺麗だね」
「ありがとうございます。ユノー兄さま」
「ありがとうございます。ユノーお義兄さま」
二人揃ってお兄様に挨拶をします。王城勤務のお兄様ですが、今日は二人のエスコートの為に一度邸に帰ってきてくれたのです。私達をエスコートした後はそのままお父様のお仕事の手伝いをし、式が終わる頃にまた迎えに来てくれます。結局今週もお父様は帰ってこられず、一度差し入れと着替えを持って行った時にお顔を見ただけでした。その時はお父様の目のハイライトが消えていましたけれど、内務卿の王城勤務って住み込みの仕事なのでしょうか?お父様のお体が心配です。
馬車に3人向かい合って座り、お兄様の時の卒業パーティーの様子などを聞いてみました。
「僕の時は同級に王族も居なかったし無礼講だったな。最初の陛下の挨拶だけ神妙に聞いて、後はどれだけ料理を食べられるか競っていたかな。僕は全種類食べたよ」
「ユノーお義兄さまのお勧めは何ですか?」
シェスカが喉をゴクリと鳴らしながら食い気味に質問をした。
「僕はローストビーフが良かったな。王宮シェフの技術なのかして我が家のシェフのとは一味違うんだよ、柔らかくてジューシーで何度もお替りしたよ」
――シェスカの口が半開きで涎が溜まっているけれど、馬車の中は兄妹3人だし良いのかしら
「同級生しか居ないのだし、あまり気負う事も無いのではないかな。今年は殿下がいらっしゃるが、食い意地張ったくらいでどうこう言わないだろう。学生の特権だ、楽しめば良いんだよ」
お兄様は、話の合間にはたと私の腰に視線を留めて話を続けられました。
「あ、君たちは扇に付けたんだね」
シェスカがくれた編みぐるみを私は扇に付けているのです。初めは不気味だったのですが、見慣れると愛着が沸き、今では扇に付け肌身離さず持ち歩いています。シェスカもそれを見て扇に付けるようになり、二人お揃いのようになっています。
「僕は剣の柄に付けているよ」
「ぷくくく」
お兄様は普段は帯剣しない方で、儀礼の時しか剣を吊らないのですが、真面目な儀礼の席であの不気味で可愛い編みぐるみがゆらゆらする光景を想像すると可笑しくなってきて思わず吹き出してしまいました。何とかギリギリの所で、扇で口元を隠すのは間に合いましたけれど。
「何だい、唐突に」
「だって、お兄様が真面目な顔をして儀礼に臨んでいる時に、剣からこの編みぐるみがぶら下がっているのを想像したらつい可笑しくなってしまって。ぷくく」
「はは、そうかな、僕はシェスカがくれたあれは格好良くて気に入っているのだけど」
シェスカがくれた時に皆で見比べましたけれど、私達のはドングリに触手が生えた感じでしたが、お兄様が貰ったのは何だか全身うにょうにょした物でした。
そうですか、あれは男性の方から見れば格好良いのですか。
久しぶりの兄妹3人は楽しいものでしたが、あっという間に王宮へ到着しました。
◇
年に一度の建国夜会の時は入場順序が厳格に決まっていますが、学生の卒業パーティーではそのような事もなく、受付の終わった順に美しく着飾った子達がバラバラと中に入って行きます。
エスコートしてくれた家族達とはここで別れ、開宴までの時間を学友と談笑しながら過ごします。卒業式典にはちらほら顔を出していた家族も卒業パーティーには殆ど来ません。卒業パーティーに父兄がいると楽しめませんものね。
受付の終わった私達はお兄様にお礼を言い、二人で中に入りました。
何人かと視線は合いましたが、気にせずに話を続けている子達もいます。けれど、皆受付から入ってくる子達に意識を振っているのが分かりました。気のない素振りはしていても、みんな服装チェックに余念がないのです。
大シャンデリア下のフロア中央は大きく空間がとってあり、壁近くに背の高い丸テーブルが幾つも用意されています。ダンスをしても良い、ビュッフェで食事をしても良いという学生向けのラフなスタイルのようです。
各扉の外にはこちらに背を向けて騎士が立っており、卒業パーティーに参加する貴族子女の警護に当たっています。
何人かの騎士好きの娘達はお目当ての騎士の側に寄って何やら話しかけたりしているようですが、騎士の皆さんは鼻の下を伸ばしたり、真面目で目も合わせなかったりと多種多様でそこが何とも可笑しく感じます。
知った子の集団がこちらに近づいて来てくれました。
「ミネルバ様、凄くお綺麗だわ」
「シェスカ様、聖女様の雰囲気が醸し出されておりますわね」
お互いに挨拶して褒め合って次の子の所に行きます。貴族院の卒業パーティーとはいえ立派な社交場です。一通り挨拶が落ち着いたところでシェスカと共に少しホールを見て廻ります。
奥の壁沿いには幾つかの角テーブルが並んで置かれ、1つのテーブルに1人の料理人が待機しています。シェスカに連れられ料理の確認にきましたが、開宴前なので殆どがクローシュに隠れていました。
「ミネルバ様、あれ、あれ見て下さい」
シェスカの目線の先には、宝石のようにキラキラ光っているタルトやパウンドケーキ等の菓子が所狭しと並んでいます。一品一品ならそう珍しい物ではありませんが色とりどりの物が並べて置かれているのを見ると圧巻です。さらに一際目立つのは2段になっているケーキでしょうか。
「ミネルバ様、後から一緒に取りに行きましょうね。あ!あれは!」
返事を待たず、さらに手を引かれてその先を見るとワイングラスが並べてあり、奥にはワインボトルを載せたワゴンがありました。王国法では卒業パーティーがある今日から飲酒解禁となるのです。
「ミネルバ様、私達、今日からお酒飲めるようになったんですよ。後で一緒に飲んでみましょうね」
「ええ、楽しみね、お酒に酔ってお父様みたいにホールで寝たりしないでよ」
「その時はベッドに運んで下さいね」
「私じゃ持てないからね」
「なら私がミネルバ様をベッドまで運びますわ。そして思う存分嗅がせて頂きますわ」
「ぷふふ、何よそれ。って、だから嗅がないでよ!」
「うふふふ、楽しみですねぇ」
私達は一度離れ、各々のクラスの子達のところへ挨拶に向かいました。
最初はリチャードの事もありギクシャクしていた二人ですが、今では性癖を隠す事もしないくらいの仲良し姉妹となっています。




