クルクル回ってみなさいな!
遠くから馬の駆ける音が響いて目が覚めた。
日は昇ったようだがまだ早朝の雰囲気で、どうやらそのままソファーで寝ていたようだ。体を起こしカーテン越しに門の方を見ると、早馬が2騎入ってきて衛兵に何かを伝えている。この時間に入ったという事は夜駆けたはず、よほどの緊急か。
暫くするとノックがして護衛騎士が顔を出す。
「失礼します。陛下、王都より急ぎの書状との事です」
封を開き書状に目を通した。寝起きでボンヤリしていた頭が、一瞬で全て怒りに上書きされた。
「ベイ卿をここへ」
「は、ただちに」
すぐにベイ卿が入室してきた。
私の顔を見た瞬間に武人の顔付きになった。
「早馬の件ですな。して、如何いたしましょうぞ」
「至急王都へ戻らねばならん。手配を頼む」
「ハッ、承知しました」
支度をして下に降りると、すでにベイ卿を前に騎士が整列していた。
「同行する者は吾輩を含めて20騎、念のため幌馬車を同行させますがすぐに離されるでしょうから後追いとなりましょう。衛士は後から帰させます。お言葉は発せられますかな?」
ベイ卿が小声で確認してきた。恐らく雰囲気を汲み取ってくれたのだろう。
「いや、ベイ卿頼む」
コクリと頷き整列している騎士団の前に出ると、ベイ卿が号令を掛ける。
「総員、傾注!」
馬場に面する邸の窓がビリっと震え、ザッと騎士が直る。
「陛下が急ぎ王都へ戻られる。従って休暇は返上である。何故なら陛下の大事は即ち王国の大事、陛下の意に沿う事が王国民の使命だからである!その為に万難を祓うのが騎士の使命だからである!脱落者を拾う余裕はない!よいであるかっ!」
「「「ハッ」」」
「総員!騎乗!」
そうして、来た時と同じく帰りも慌ただしくアールタイク領を後にした。
◇
本邸の一室に仕立て屋を招き入れ、シェスカと先代夫人は卒業パーティー用ドレスの最終確認をしていた。先代夫人は、頬を上気させながら全身をぷるぷるさせている。
「んまぁ~思った通りよ~シェスカ、素敵だわ!最高だわ!」
「ありがとうございます。お祖母さま」
「ほら、クルクル回ってみなさいな!」
そう言われて、シェスカはその場でクルクル回る。
ターンする度にパッと裾が開いて華やぐシェスカに、先代夫人は両手を胸の前で握りしめ、右に左にと忙しなく動いて細部のチェックに勤しみながら思う存分シェスカを堪能していた。
「シェスカは背が高いから迷ったのだけれど、卒業パーティーだからと王道のAラインのドレスで仕立てて良かったわ。それに藍と白の色合いは聖女様っぽいじゃない。いいわ~とってもいいわよ~」
「聖女様は藍と白なのですか?」
「そんなことは~知らないわ~♪」
喋りに声楽まで交えだしてきた爆上がりの先代夫人に、シェスカと仕立て屋は互いに顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
ドレスだけは自分にセンスが無いと感じていたシェスカは、先代夫人のドレス選定に何一つ希望を言うでも無く、まるっとお願いしていたのだ。
「少し待っていて頂戴」
そう言い、宝石箱を抱えて戻ってきた先代夫人は中からネックレスを取り出してシェスカにかけた。
それは原石の大きさを損なわないよう卵状にファセットカットされ、見るからに重量のある見事に真蒼なサファイアのネックレスと、対を為すこれまた見事なサファイアのイヤリングだった。しかも、石の大きさとシェスカの大きさが完全に合っていた。
身に付けられたそれらはシェスカが姿勢を変える度にキラキラ煌めくのだが、カットのせいか粒の大きさの割に煌めきは控えめで清楚な雰囲気を醸し出している。ドレスの所々にあしらわれた紺糸の刺繍とも相まって素晴らしい調和であった。
「んまぁ~思った通り、とっても似合うわ~、これはね、私の女系の家から代々受け継いできた物なの。シェスカに貸してあげるから当日はこれを付けて行きなさいな」
先代夫人は両手を胸の前で握りしめ、ついにクネクネし出した。
「それほど由緒あるお品でしたら、ミネルバ様に付けて頂いた方がよろしいのではないですか?」
「勿論あの子にも渡すわよ、だけど違う宝石。あの子は童顔でフワフワしているからルビーとか暖色の宝石が似合うのよ」
扉がノックされ、侍女が先代の来訪を告げる。
「入ってもらって頂戴」
許可が出たので侍女が扉を開け、先代を招き入れた。
「うお!シェスカ、なんとも素晴らしい美しさではないか」
入ってくるなりシェスカに目を留めた先代は、驚嘆の表情を浮かべたままその場に立ち尽くした。
「うふふ、ありがとうございます。お祖父さま。お祖母さまのお見立てのおかげでございますのよ」
「あ、シェスカが付けているそのネックレスは、デビュタントで僕と踊った時に付けていた物だね」
胸元の輝きが目に入った先代は、少し目を細めて当時の懐かしい光景を思い出しているようだった。
「あら、よく覚えてらしたわね。そうだわ!あなた、シェスカと踊ってあげて頂戴な」
さも良い事を聞いたとばかりに先代夫人はパンっと手を叩く。
「え、いや君何て事を、シェスカの迷惑になるような事を言うものではないよ、それにこんなに背中の空いたドレスで……」
「お祖父さま、是非お願いします」
先代は思わずアタフタしながら逃れようとしたが、シェスカに手を取られて口籠ってしまった。先代夫人がワルツのテンポで手拍子を始めてしまったからもう逃げられない。おずおずとシェスカの腰に手を回し、お爺と孫娘のワルツが始まった。
先代は自分より頭半分大きいシェスカを年の功で完璧にリードして行く。
「うふふ」シェスカはさも楽しくて仕方ないという風で、ダンスの途中からは満面の笑みで笑い声を零しながら踊っていた。
ダンスが終わり、その場の皆から拍手が起こった。
「うふふふ、私、ダンスがこんなにも楽しいものだなんて知りませんでした。お祖父さまのリードが凄くお上手で、まるで浮かんでいるような夢心地でした。ありがとうございます」
「そうなのよ、この人ダンスだけは得意なの」
「君、ダンスだけって」
「うふふふふ」
二人のやりとりを見て、気持ちが上がっていたらしいシェスカは堪えきれなかったように笑い出した。
「褒めてくれるのは嬉しいが、リチャード殿下もダンスはお上手だろう」
「殿下は私とはあまり踊ってくださりませんもの。それに、お城での舞踏会の参加は3回しか経験がないので、楽しさよりも緊張の方が勝ってしまうのです」
シェスカは言いながら悲しげに目を伏せた。
「殿下は一体何を考えておられるのか」
「……背の高い女性と踊るのが嫌だと仰せでした」
今までの場の明るいテンションが一気に沈んでしまった。
「ま、まだ若いからね。安心しなさい、歳が行けば殿下の器量も育つ」
「そ、それに結婚してしまったら、そういうのは気にならなくなるものよ。相手の体型なんて気にしても仕方なくなるものだし、ねぇあなた」
「うん、君は僕の体型は仕方ないと思っているのだね」
先代夫人は返答に対し淑女のスルーで華麗に無視し、手をポンと叩いて、明るい声で話題を振った。
「先代王様の時は夜会や舞踏会が多かったのよ、王宮主催だけでも年に10回は下らなかったかしらね」
「そういう時代だったね。今王になられてからは、夜会だけでなく色々な箇所が絞られておるから」
「私達の世代はそこで鍛えられているから、ダンスだけは上手なのよ」
ウンウンと話を聞くシェスカに先代夫人は話を続ける。
「ところでシェスカ、ドレスはどうだった?引っ掛かったり突っ張ったりするようなところは無かったかしら?」
「はい、大丈夫でございます」
「そう、ではその卒業パーティー用ドレスは、私達二人から孫のシェスカへ贈ります」
「お祖父さま、お祖母さま、このような素敵なお品を贈って頂き、誠にありがとう存じます」
シェスカはスッと立ち上がり、二人を前に綺麗なカーテシーを披露すると胸元がキラリと煌めいた。
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