これは面倒な事になった
「そろそろ殿下のご卒業ではありませんかな」
「ああ、今週だったかと記憶している。当初はこれ程までに長居するつもりはなかった」
「吾輩が後を引き継ぎますので、陛下は一度王都へお戻りになられますかな」
1村と2村から半径1日圏内のローラー捜索が終了したのは、凍土が解ける日も多くなってきて、解けた地面がぬかるみだした頃だった。
見えない相手の長期間警戒任務に、もう対象は圏外へ逃走しているのかもしれないという憶測が皆の脳裏によぎり出し、撤収命令待ちのような雰囲気が全体を覆いつつある。そんな時に報告が上がってきた。
7村が怪しい
報告してきたのは衛士捜索班だった。
彼らには危険想定箇所には突入させず、情報収集をメインに動かしていた。
「やたらと人が多いのです。遠目からですが農夫とは思えない体つきの男がちらほらいました。隠れて監視していた所、村内には女子供合わせて50名程、その内、男は半数程度居ります。隣村で確認したところ7村はもう10世帯も居ないだろうと聞いたので、村民の面通しの為、7村を管理する代官に照合を掛けましたが代官は2か月前視察中に馬車の事故で亡くなっており現在は新任代官で村民の面通しは不可能でした」
「世帯数を考えると多い気がするな、賊を匿っている可能性があるのか」
「もしくは占拠されているかですな」
「ようやく糸口を掴んだが、詳細調査に赴くとそのまま戦闘になる可能性が高い」
「戦力が不明な以上、最大値で向かうのが安全でしょうな」
待ちわびた情報に、すぐさま机上の地図を囲んで思案が始まった。
「成る程、7村は奥まった谷あいの集落だが、1村2村からだとこのルートを通ると他の街道沿いの村々を経由せずに辿り着けるな」
「2度調査隊が回っても尻尾を出してない以上、再度調査隊を向かわせても変わらず惚けられるか、感づかれて戦闘になるかでしょうぞ」
「最大編成で7村へ入り、調査して本来の村人ならそのまま撤収、賊ならそのまま戦闘とするのが妥当でしょう」
「明日には今散っている調査隊も全隊帰陣予定ですな。7村強制調査は明後日にしますかな」
「そうだな、監視は継続。明後日に全隊をもって当たる」
「「ハッ」」
◇
日の出に領主邸を進発し昼に差し掛かった頃、街道から7村へ続く分かれ道入口に部隊が集結した。
ここから7村までの山道はひたすら登り坂である。山道の右手側は険しい山、左手側は谷間を流れる川に挟まれており、その川はと言うと、山間の川にありがちなごつごつとした岩や削れた崖から成り立っており、回りの山の雪解け水が流れ込んでいるせいか川幅はそうでもないのに至る所で白波が立つほどに流れは速い。対して山側はと言うと無理やり道を開いたのか頭の高さまでほぼ垂直に近い切出しで、そこから上もかなりの急斜面で木々の間には残雪が多く残されておりロープでもないと登坂は難しそうである。
道幅は狭く荷車1台分しかない。騎士なら2人衛士なら3人並んだら終わりの道幅で、報告では分かれ道から村までに2か所広場があり馬車の離合はそこで行うようだ。
登坂開始から四半刻、1つ目の広場手前で隊列が停止した。土砂を積んだ荷車が横倒しになっているらしい。荷車と土砂をどけるのに暫く時間が掛かると隊列後方に連絡が来た。道幅のせいで隊列は長くなり前後の連絡にも難儀している。
「どうやら事を構える気のようだな」
「ふむ、足止めで刻を稼ぐからには衝突は次の広場手前でしょうな。ここからは吾輩が前衛を率いますぞ」
土砂と荷車の処理が終わりベイ卿を前衛として再進発、暫くしてまた隊が停止した。
はたして第二広場手前、山沿いに向かってカーブしている箇所にそれが姿を晒していた。侵入を拒むように、道幅いっぱいに柵が構築されており、隙間からは兵士の姿が見える。
「教本にあるような最善手ですな。そして我らにとっては最悪です。少なくない犠牲が出ますでしょうな。まずは吾輩が交渉します故、陛下はこの場でお待ちくだされ」
この道幅だと兵が横展開できないのでこちらは数の優位を生かせない。少数迎撃の基本は数が生かせない箇所に布陣することであり、ベイ卿が言うように正に教本通りであった。報告通りの人員なら落とせるが、力押しすれば大きな損害が出るのは間違いない。
柵からクロスボウ射程手前で隊が停止し、両者睨み合った。
その中を胸を張り出し背筋をピンと伸ばした老人が1人柵へと歩み寄る。
「吾輩は王国第一騎士団長、ベイ=ヴァン=ゲリングである!7村調査で参ったがこれは如何様な事であるか!説明せよ!」
谷あいをベイ卿の雷鳴のような声が響き渡る。空気がビリビリと震え、木々の梢に残っていた露が振動によりサァっと地面に落ちた。今日はなぜか直角に上がったトレードマークのカイゼル髭はピクリともしていない。
すぐに柵の上にプレートアーマーを着込んだ騎士が登壇してきた。遠目には柵に見えていたが、どうやら肩の高さ程の櫓が組まれているようだ。調査隊が入った事により近々衝突もあり得ると準備していたのであろう。
「ご丁寧な挨拶痛み入る。我らはギャクシアン様よりこの村の自治を任されている者だ。現在はそちらが軍を率いてきたので防衛行動をとっており私が取り纏め役だ。先触れも無いのに軍を率いているのは如何なる理由か」
「近隣の村を違法徴税した者の追跡調査である。7村に潜伏している可能性が高いのである」
まぁ、お前達こそが容疑者なのだが。どう返してきても衝突は避け得ないか。
「徴税は我々が行った。だが違法とは言いがかりも甚だしい。1村2村の徴税はギャクシアン様の命により行ったものだ」
「ギャクシアンとは誰であるか」
「この村の領主、ボガード=ギャクシアン男爵である」
2月前に馬車の事故で死んだ代官の名前こそ、ボガード=ギャクシアンであったはずだ。おかしな方向へ話が進んでいないか?
ベイと騎士との応酬は続いている。
「この辺一帯の領主はアールタイク伯爵である。決してボガード某という名前ではない」
「おかしな事を言うな!我らはギャクシアン様との約定により家族と共にこの地で自治を許されておるのだ」
これは平行線だな。ベイが攻撃命令を出す前に一旦止めるか。伝令をベイの元へ行かせるついでに、分かれ道を固めているアールタイクにも登ってくるよう伝令を出した。
武器を持たない伝令が両手を上げてベイ卿の元へ駆け寄り耳打ちした。
「吾輩の主君が話を聞きたいと仰せである。貴殿一人、吾輩と共に参られよ」
「悪いがそのような策に乗る訳にはいかない」
「小細工など意味がないと貴殿なら見てわかるであろうぞ?」
動けるように兵の間にはスペースは確保しているが、それでもココから後ろを見ると道には延々と兵が犇めいている。
騎士は納得したのか隣の騎士に何かを伝え、柵のこちら側へ降りてきた。
武器を預け、騎士はベイ卿と共にこちらへ来た。程なく後方より馬を飛ばして山道を駆け上がってきたアールタイクも合流する。
騎士は私が国王だと知ると大慌てで膝を付き名乗りを上げ非礼を詫びた。
「そもそも卿らは何者なのだ?」
「はい、我々は西国ヴァルガード辺境伯の領騎士でありました」
「元騎士とはいえ王国で作戦を行ったのだ。西国との国際問題となるが」
「西国の中央政府は倒れ、すでに国としての体をなしておりません。私の居りました辺境領は崩壊後自治を行っておりましたが、中央から落ち延びた近衛兵残党により……」
「辺境伯は?」
「一族諸共殺されました」
――内戦による敗残兵か。我が国に連絡する暇すら無かったとしたならば、西国王家に嫁いだ伯母上は恐らくもう……
「辺境伯最後の指令により、残った少数兵と家族を従え王国に保護を求めて山越えをしてまいりました次第です」
「ベイ卿、可能か?」
「この山脈は両国に跨っておりまする。言われたように尾根沿いに南下したなら最初に到着するのは山脈終焉のボガードが務めていた町となるでしょうな」
「家族共々落ち延びて、幾つか山を越えて最初に辿り着いた街で代官邸のボガードに保護を求め、洗いざらい説明した結果、納税とたまの依頼をこなせば自治を認めると言われたと」
「仰せの通りであります」
もし説明通りなら、完全にボガードの反逆ではないか。私兵を手に入れて私腹を肥やしたかったのか、どのみち本人の居らぬ今確認のしようもない。
代官の約定など無意味だが、かといって家族と共に7村に根を下ろしている者達をどうこうすると言うのも考え物だ。
「其方らの境遇は分かった。先に言ったようにボガードはそのような権限のない代官であり2か月前に死んでいて確認のとりようがない。3つ答えよ。ボガードからの徴収命令は如何様なものであったのか?」
「指定されたルートを通り、二村から秋徴収不足分の麦を徴収してくるよう命じられ、その後は手続きが済むまで村から出ないように言われました」
「種麦は徴収しなかったと聞いているが」
「種麦を徴収すれば本当に次がありませんので免除しました」
「そういう指示だったのか?」
「いいえ、私の判断で行いました。故に命令された不足分には届きませんでしたが、特に何も言われませんでした」
――村長の言っていた通りか。
「次に1村2村から徴収した物はどこにある?」
「代官邸の離れの倉庫に運び入れました」
「アールタイク、新任代官からその事は聞いていたか?」
「いえ、報告はありません」
「運び入れたのは地下でした。構造的に隠し階段になっていたと思います」
「確認しておきます」
アールタイクが頷きながら答える。
「最後に1点、7村の元居た住人はどこにいる?」
「……ギャクシアン様の命により殺害しました」
「どういう命なのだ?」
「反乱を企てている村を制圧せよとの命でした」
「殺したのは何人だ?」
「13名です」
――これは面倒な事になった
話の途中までは受入れても良いかと思っていたが、住人殺害だと話は変わる。侵略者が住民を殺害したのだ、国家賠償か皆殺ししか有り得ないが、しかし指示したのは我が国の死んだ代官だ。何か良い案はないのか?
「ゲリング」
「ご下命に従いますぞ」
「アールタイク」
「陛下の御心のままに」
2人とも妙案無しか。賠償は無理、強制送還は可能だが意味がない、皆殺しも出来れば避けたいが、殺害された住民の仇も取ってやらねばならぬ。さて、どうしたものか。
少しの沈思の後、口を開いた。




